第十話 俺の×と君の奥
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四人の男女が集うリビング。勉強を教える愛菜と教わる瑠惟佳。
自室で瑠惟佳と勉強しようかと考えていたが、愛菜が来ることになったのでリビングで勉強することにした。それにより瑞羽も勉強会に参加してきた。
愛菜はこの学年で、そしてこの学校でトップクラスの学力を誇っている。つまりめちゃくちゃ頭がいい。というわけで分からない問題は愛菜に聞いている。
「…だから、n!/p!q!r! になるんだよ」
「なるほど。やっぱ愛菜ちゃんすごいね」
「そんなすごいことじゃないよ」
「それはそれで俺らに喧嘩売ってるだろ」
そのレベルですごくないなら俺らはカスも同然だろ。
「いや私は羽緒と違ってバイトとかしてないし、塾も行ってるから」
瑠惟佳は意外そうな顔を見せる。
「この時期から行ってるんだ」
「いや、意外と行ってるやつ結構いるよ。それでも愛菜はこの成績とってるんだから、努力量が半端ないんだろ」
すると愛菜の目は急に陰りを見せた。
「全然違うから。自分から入りたいって言って入ったわけじゃないし、勉強好きじゃないし」
「勉強好きな人なんていないでしょ?好きじゃないことを頑張れるってすごいと思うけどな」
「そうだけど…」
何か陰のあるような言い方をしている。ただ単に表情が冴えないだけかもしれない。そこに瑞羽も混ざってくる。
「いつもうち来るときは私たちと遊んでるのに頭いいってすごいことでしょ」
「そりゃ私だって休息が欲しいわけであって」
「やっぱり、はーくんと遊びたいんだ」
なぜここで俺の名前が出てくるのか。まあ瑠惟佳のことだから愛菜に揺さぶりをかけているつもりだろう。もちろん何のためかは知らない。案の定、愛菜には若干の動揺が顔に表れていた。
「別に羽緒と遊びたいわけじゃなくて、瑞羽ちゃんに会いに来てるだけだし?」
「そっかー。私ははーくんに会うためにお泊りしたんだけどね」
「え、お泊り?いつ?」
「昨日から泊まってるよ」
愛菜から冷気を感じる。目の色が単調になり、俺の目を貫いている。瑠惟佳が泊まっていると先に言うべきだった。
「へえー。瑠惟佳ちゃんお泊りしてたんだー知らなかったー」
「はーくん言ってなかったの?」
「言う必要ないだろ」
いつもの表情に戻してから愛菜が話す。
「そっか。二人ともそんな仲良かったんだ。友達としてはうれしいものだよ」
「なんだそれ」
「てか、私今日来て大丈夫だったの?」
「何も問題ないだろ。瑠惟佳もいいって言ってるし」
もう少し愛菜のことを考えてから家に呼ぶべきだったか。いや、その必要はないだろうし、愛菜から家に来たいと言ってきたのだから大丈夫だろう。
「そっか。ならいいんだけどね」
そのまま四人は黙りこくり、再び各々の手元に目を向けた。
勉強に集中していると時間が経つのはとても早い。簡単な手料理で昼食を済ませ、勉強と休憩を繰り返していた。夕方になると愛菜は家に帰った。夕飯を食べていくかと聞いたが塾があるから、と断られた。だが愛菜の帰る時間はいつも早いので特に気にしていない。勉強会はそこでお開きになった。
俺は夕食の支度を始め、瑞羽が自室に戻ると瑠惟佳が俺の許にやってきた。
「愛菜ちゃんって、よく家に来るの?」
「月一くらいで来てるかも」
牛と豚の合い挽き肉を炒める手を止めずに言葉を返す。
「そうなんだ。理由とか聞いたことある?単純に遊びたいからかな?」
瑠惟佳の目は見えない何かを見ているようだった。そして俺の目から情報を抜き取るべくじっと見ていた。目は口程に物を言うということだろうか。
「さすがに聞いたことない」
「そっか。ならさ、はーくんは何で愛菜ちゃんを家に入れるの?だって遊ぶため、とかそんな理由じゃないんでしょ。理由もなしに家に上げてるの?」
確かに今までは理由を告げずに家に来たい、とだけ聞いて家に上げていた。その理由は半年ほど前に遡る。
暑さもようやく落ち着き、ワイシャツにベストがちょうどいい季節になってきた頃だ。
その日の愛菜は少し様子がおかしかった。遅刻したこともそう見えた一因なのかもしれない。さらにマスクをしていたのでそのせいもかと思ったが、それにしては雰囲気が暗いように感じた。昼休みになると一人で教室を出て行き、授業前に一人で戻ってきた。普段ならお弁当を持参して友達と食べているが、どうやらお弁当を忘れたらしい。適当な話を吹っ掛けても魂が抜き取られたような反応しか返ってこない。少し心配になり、放課後に一人で帰宅している愛菜を取っ捕まえて話を聞いた。
「今日なんか元気ないけど大丈夫?風邪ひいた?」
すると愛菜はマスクを外して俺に笑いかけて言った。今日はメイクをしていないらしいが十分にかわいらしい顔をしている。
「いや、別にそんなんじゃないから」
「そうか」
これ以上詮索していいものか、と悩んだ。今思えばこの時に“愛菜が暗くなる原因”を聞いた方が良かったのかもしれないが、聞かなかったことが不正解だとも思えない。電車の音が少し奥の橋脚から響き、俺たちの間を抜ける。何とかして元気づけられないか考え、一つの結論に至った。
「この後、暇じゃない?」
「え…まあ、暇だけど。どこか行くの?」
普段の愛菜なら「私とデートでもしたいの?」とか巫山戯たことを言うだろうが今回は違った。軽口が言えないくらいの何かが愛菜を襲ったのだろうか。
「でも、あんまりお金使いたくないかも」
「うーん、じゃあ、俺の家はどう?」
「羽緒の家!?」
「あ、いや、ちゃんと家主いるし妹もいるから俺は無害だ」
「…何それ」
ようやく心の底からの笑みを浮かべてくれた。外面だけの笑みは居心地が悪い。
「羽緒が私を襲うほど肝が据わってるようには見えないけどね」
「馬鹿にすんな。俺はやるときはやる男だ」
「へんたーい。私家で襲われちゃうかもー」
「そういう意味じゃねえよ」
そして、この時から愛菜が時々家に来るようになった。俺は愛菜のことを何も知らないまま。
「愛菜が家に来る理由なんて知らなくてもいいんだよ。愛菜が“何か”に悩んでいることは想像がつくけど、それ以上詮索する必要はないだろ」
「まあ、はーくんがいいならいいけどさ、はーくんも気づいてるでしょ?」
「何のこと?」
瑠惟佳は突き刺すような視線を俺に向けている。
「愛菜ちゃんがはーくんのこと好きなこと」




