第九話 俺の×と君の空
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俺に覆い被さる瑠惟佳。それを見る茜さん。
この状況はどんな人でも誤解する。そしてやはりこの人も誤解したようだ。自室にドタドタと逃げ込んでいった。俺は瑠惟佳の体勢を起こさせて自分も起き上がった。
「茜さん!」
返事は来なかった。人見知り+恋愛耐性ゼロの茜さんには刺激が強すぎたし、明日からとても気まずい。
「やらかしたか、これ」
「ほんとだよ。はーくん」
俺の横には瑠惟佳の怒った顔があった。
「雰囲気台無しだよ。少し音聞こえただけでやめるとか。まあ家の人に見られたら嫌かもだけどさ」
「それはほんとにごめん」
ちょっと不機嫌にさせてしまったが、仕方ない部分もあるから大目に見てほしい。瑠惟佳は俺の目をじっと見つめた後、目をそらしてこう言った。
「…いいよ。その代わり、明日は覚悟しててね」
いつもの含みを持った笑みだ。
「お手柔らかにお願いします…」
俺と瑠惟佳はただの友達でも恋仲でもない。幼馴染であり、初恋の相手であり、いじめた相手だ。この関係が簡単に終わることはないだろう。
俺はこの興奮が冷めぬまま、眠りについた。
朝起きて顔を洗い、朝食を作っていると瑠惟佳も起きてきた。少し乱れた髪の毛もまた趣がある。
パンを追加でもう一枚焼く。今は朝の七時過ぎ。もう少し寝ているかと思って起こさないでおいたのだが、俺の予想に反して起きてきた。そして瑞羽が起きてきたのは、その後二人で朝食を食べているときだった。
洗濯機を回すと茜さんからメッセージが来ていた。
『いま時間大丈夫?』
絶対昨日のことですね。
『大丈夫ですよ』
『じゃあ私の部屋に来てもらえる?』
『りょうかいです』
一応謝った方がいいか。居候の身として迷惑をかけてはならない。
重い足を上げて茜さんの部屋まで行き、ノックをする。
「入りますよ」
「いいよ」
自室の椅子に座っていた茜さんは、大きなパーカーに着せられているようだった。
「羽緒くん…その…昨日のこと、だけどさ」
「昨日は___」
そう俺が言いかけると、それを遮るように話を続ける。
「昨日はほんとごめん!」
「え?」
「いや…だ、だって。その、キ、キスしようとしてた、じゃん?絶対」
「ああ、まあ、その…」
「だから、私邪魔しちゃったかなー…なんてね」
確かに邪魔をしたのは事実かもしれないが、茜さんが謝る必要はない。
「べ、別に年頃の男女二人が一緒に部屋にいれば当然あのようなことは起きるのであって!してもいいよ!?なんならしないなんておかしい、みたいな!?」
声が若干上がっている。茜さんが壊れた。初めてこういう話をしたがこんなことになるとは想像もつかなかった。
「ちょっと声大きいですよ」
「あ、ああ、ごめんね…」
「いや、俺の方こそ、軽率な行動本当にすみません」
「いいんだよ。あ、あのくらい当然だよねーハハハ」
「てか、何で覗いてたんですか」
少し気になって聞いてみたが、案の定目が泳ぎ始めた。
「そ、それはね…なんでだろうね」
「理由もなく覗いてたんですか?」
「いやー…」
少し黙ったあと、こう答える。
「仕方ないじゃん!高校生の恋愛ってどんな感じかなって思って!今まで想像で描いてたから実際はどうなのか気になったの!」
すると瑠惟佳が部屋をのぞき込んできた。それに気づき茜さんは俺を掴み寄せ盾にして瑠惟佳に話しかける。
「あのー、どちら様、でしょうか~」
「新戸瑠惟佳って言います。羽緒くんの幼馴染です」
「あー、そうなんですね~」
人見知りの子供のような茜さんを何とかしなければ。
「隠れることないですよ」
「いや、だって私、かわいい子見るの慣れてないし?なんかあの子キラキラしてるし」
「どんな理由ですか。茜さんだって顔いいでしょ」
「え、何、羽緒くん私を口説いてるの?」
「そんなわけないでしょう」
さらに瑠惟佳が茜さんに話しかける。
「この部屋たくさん漫画あるんですね。好きなんですか?」
「あ、えーっと…うん。好きなん、ですよ」
「見てってもいいですか?」
「ダメ!やっぱ部屋汚いし…部屋に女の子入れたことないし!?」
いや俺の妹は女の子カウントされてないのか?
「いいじゃないですか。少しくらい漫画見せたっていいでしょう?」
「う…まあ、ちょっとくらいなら」
「いいって瑠惟佳」
「やったーありがとうございます」
茜さんは無理やりにでもきっかけを作らないと人と関わろうとしないから、ちょっと強引だったけどちょうどいいだろう。
「恋愛系の漫画が多いんですね。あ、『模倣半』だ。この作品いいですよね」
すると俺の後ろからひょこっと顔を出して答える。
「そうだよね!主人公の祐とヒロインの美羽の関係が美しいよね。死んだ姉の模倣から妹への帰着がきれいだし、背景も凝ってていいよねー。私それ大好き」
茜さんは好きな漫画の話になると饒舌になる。俺も漫画がきっかけで茜さんと話すようになった。
「ですよね!祐が凜里花の死を乗り越える、お墓参りのシーンが好きです」
「だよねー。めっちゃ分かる」
少し前の姿は別人のようだ。フランクに喋れている。
「あ、あとこの『ドーナツ・ホール・ブルー』も好きです」
「え、ほ、ほんと!?」
「はい。好きですよ?」
「どんなところが?」
「えーっと、主人公六人全員の心理描写が丁寧で、本当に実在するんじゃないかっていうリアリティがあるところですかね。あと、ドーナツホールっていうタイトルとの関係が気になります」
「うんうん、分かってるね。私嬉しいよ」
「何がですか?」
「あ、いやこれは私がその作者であるっていう意味じゃなくて…」
もうそれ言っているようなものでしょ。
「そんなこと瑠惟佳は言ってないですよ」
「え、茜さんって『ドーナツ・ホール・ブルー』の作者なんですか?」
再び俺の後ろに隠れる。ほんとに小動物かと思う。
「…うん…まあ、そんな感じ…かも」
「そうなんですか!?すご。はーくんなんでこんな大事なこと言ってくれなかったの?」
「茜さんのことを考えて言わなかっただけだ」
「ふーん。茜先生、すごい人だったんだ」
「“茜先生”なんて…いや~、そこまででもないんだけどな~」
分かりやすくうれしそうな顔をしている。俺の後ろで顔を両手で隠しているが満面の笑みだ。やっぱり瑠惟佳と話す機会があってよかった。
「あ、そうだ。ちょっと質問しても…いいかな?」
「私ですか?いいですよ」
「二人って、その…付き合ってたり…するのかなー…なんて」
最後のほうは小声で聞こえなかったが大事な部分は聞き取れた。すごいことを聞いてくれたようだ。
「付き合ってないですよ」
「!?」
瑠惟佳の回答に対して茜さんがまん丸の目でこちらを見る。
「ふ…ふしだらな関係…ッ!?」
「違いますよ」
「じゃあなんで付き合ってもないのにあ、あんなことができるの」
ダメだ。嘘でもいいから付き合っているといった方がよかったのかもしれない。すると瑠惟佳が近づきこう答える。
「茜先生は知らないかもしれませんけど、高校生なんてそんなもんですよ」
「そ、そうなんだ…」
「先生はそういう経験ないんですか?」
「な、ない、です…」
「そうなんですか?先生こーんなに可愛いのに」
瑠惟佳は茜さんの顎を手で持ち上げて顔を見る。完全に扱い方が分かっている。主導権を握っているのは瑠惟佳だ。
「だ、ダメです!こんなの、イチャイチャ百合漫画になってしまいます!」
おかしなことを言い始めたのでこのあたりで止めておくか。
「いや、なりませんから。瑠惟佳も勘弁してくれ」
「はーい。嫌だったらごめんなさいね、センセ」
「嫌じゃ…ないけど…」
「それじゃあ、下の階で勉強するぞ」
「じゃあまた今度お話しましょ」
「ま、またね。瑠惟佳ちゃん」
瑠惟佳と二人で部屋を出た。そういえば、愛菜と会ったときはあんなおかしな感じじゃなかったんだけどな。愛菜のことを可愛いと思ってないわけじゃないだろうし、発動条件が分からない。瑠惟佳の場合は完全に瑠惟佳が上の立場に立っていたが、愛菜の時は対等というか共鳴というかそんな感じがした。その理由は、今はまだ分からない。




