第5話 灯台の梯子と波間の手紙
港町の外れに立つ白い灯台は、海霧の中で静かにそびえていた。
近くまで寄ると、古い鉄の匂いと、波が砕ける音が肌を打つ。
「二十五年前……この場所だよな」
凛が、写真立ての裏に書かれた日付と場所を見ながら呟いた。
五月の肩には、廃教室から持ってきた工具袋と磨き上げられた革鞄が掛かっている。もしここで手がかりが見つかれば、あの手紙を返す相手も近づくはずだ。
灯台の入り口には、小さな格子扉があった。
だが、その蝶番は潮で固まり、少し開いただけでギギ……と悲鳴のような音を立てる。
「開かないな。」
凛が力を込めてもびくともしない。
「任せて。」
五月は膝をつき、蝶番に持参した防錆オイルを数滴垂らす。
小さな刷毛で油をなじませながら、錆びの粉を布で丁寧に拭い取る。
古い鉄は、まるで眠りから覚めるように少しずつ光沢を取り戻していった。
再び押すと、扉は抵抗を失い、ゆっくりと開く。
中には、らせん状の狭い梯子と、壁に掛けられた木箱があった。
五月が木箱を手に取る。蓋は半分浮き、中から薄い封筒が覗いている。
封筒の角は湿気と塩で丸くなっていたが、宛名はかろうじて読めた。
《──くんへ》
あの日、時計の裏で見つけたメモと同じ呼びかけ——。
心臓の鼓動が、波のリズムとは違う早さで打ちはじめる。
「これ……同じ人が書いたのかもしれない。」
凛の声が低く響く。
灯台の上へ上ると、町と港が一望できた。潮風に翻る髪を押さえながら、五月は二通の手紙を見比べる。筆跡は似ている。だが日付は数年違っていた。
「まだ繋がっていく……」
呟きは風に攫われたが、胸の奥で確かに残った。
帰り際、灯台の管理人らしい老人とすれ違った。
その眼差しが、一瞬だけ五月の肩の革鞄に向く。
「それは……」
老人の言葉の続きを、波の音がさらっていった。
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