第2話 さびついた鍵穴の影
五月の指は、次の壊れ物へと迷わず伸びた。
廃教室で腕時計を直した翌日、放課後の彼女は学校の裏通りを歩いていた。肌に触れる風はまだ湿気を含み、遠くの海鳴りが静かに響く。
「五月、こっちだよ。」
声は幼馴染の風間凛からだった。彼は機械工房の見習いで、町の修繕仲間でもある。小さな手提げ袋を持って二階の窓辺に立つ五月のところへ駆け寄る。
「これ、持ってきたんだ。」
凛が差し出したのは、古びた鍵と錆びついた鍵穴のついた小箱。
「町の資料館の入り口にある展示ケースが壊れて、鍵が引っかかってしまってるんだって。直せばまた中身が見られるんだけど……」
そう言いながら、凛は少し困った顔をした。
五月はゆっくりと鍵穴の錆を見つめ、僅かな光の反射を感じ取った。
「錆びついた部分は慎重に。鍵穴の形とピンの位置を正確に合わせないと、かえって壊れる。」
父の教えが、あらためて胸に響いた。
廃教室の作業場へ移動し、五月は細いピンセットやオイル缶を取り出す。細部まで観察し、柔らかなクロスで錆を少しずつ落としていく。
作業は根気がいる。だが、一つ一つの部品を磨き上げる度に、胸の奥がなんとも言えない心地よさで満たされていった。
「直る、きっと。」
小箱の鍵穴が僅かに滑る感触を返した瞬間、五月は微かに笑みをこぼした。
すると、ふと壁の向こう側からかすかな声が聞こえた。
「ありがとう……あの鍵、ずっと開かなかったんだ。」
声は資料館の管理人だった。
五月は鍵穴と小箱を結ぶ、人と人の小さな繋がりを感じた。
翌日、修繕した展示ケースが開かれ、中から古い写真や手紙が現れた。その中には、かつて町を支えた職人の若き日の姿が収められている。
「あの日々も、少しずつ戻ってくるんだね……」五月は静かに呟いた。
町に刻まれた記憶を、また一つ紡いだ午後だった。