08 占い師
「これでよしっ!」
神殿からさほど遠くない店に入って、新しい靴を買う。
また足が痛くなっては元も子もないので、履き替えることに決めた。
踵が低く、底も少し厚みのあるブーツを選んでみた。
足先に体重がかからない。
(……うん。これで足の平和は守られる)
今まで履いていたものは下取りに出し、お金も少しだけ節約できた。
もしここで、馬車で一緒だったおっさんやヴァルドたちに再び会ったとしても、すぐに逃げることはできるだろう。
「ありがとうございました~」
お店の人の声を背中で受け止めながら、俺は再び通りを歩き始めた。
雨上がりの石畳の道を、パシャッと水音を立てながら、つい先ほどのフィノとの再会を思い出す。
(あいつ大丈夫だったかな? あ、でも……痛かったら、自分の魔法で治してるか?)
フィノと再会したとき、焦って腹を殴って逃げてしまったけれど、よく考えたら、あのままお茶の誘いに乗って、折を見て状態異常の相談をしてもよかったんじゃないか……?
けれど、それはハイリスクハイリターンの賭けになる可能性が高い。
(いや、やっぱり安全第一……!)
そう、何事も安全第一だ。すべてのことをやり尽くして、それでもダメだったらフィノを頼ることにしよう。
俺はウンウンとうなずきながら、商店街へ続く道を歩く。
次の目的地は宿だ。今日泊まる場所を確保することに決めた。
**
「ああ……! これは女神の導きだ! ねぇ、君。オレの宿に寄ってかない?」
「いえ、結構です。お断りします」
宿が立ち並ぶ通りを歩いていると、俺はナンパをされてしまった。
丁重にお断りをして、ナンパ男の横通り過ぎると──
「そこのお嬢さん! ちょっと俺の部屋にある“魔獣のソーセージ”に興味ない?」
──またナンパされた。
断っても断っても、そこら中から湧いて出てくる。
一人、二人と増え、気づけば俺は三人の男に囲まれていた。
(こいつらはモンスターか何かか?)
俺の脳裏に前世の記憶──ゲームの画面が蘇る。
『モンスターAは仲間を呼んだ』というテロップが見えるようだった。目をゴシゴシと擦れば、さらにもう一人増えていた。
「お断りします。そこをどいて下さい」
「まぁまぁ、そんなこと言わずに。ついてきて良かった! って言わせてみせるからさ」
ダメだ。言葉が通じない。こういうときはどうすればいいんだ。
街中で剣を抜くわけにもいかない。
睨みつけても効果なし。あと残された俺の手段は……。
(金的。これしかない)
ぐっと握りこぶしを作る。喧嘩は基本的に、ご法度だ。しかし、目撃者がいなければ証拠はないも同然だ。
幸いにも人の目は、まばらの状態だ。
周囲を歩いている人たちが、こちらに背中を向けた瞬間を狙うことにする。俺は感覚を研ぎ澄ませた。
「──ふんっ!!」
ナンパ男たちに金的をお見舞いする。
「~~~~~ッッ!!」
四人まとめて、その場にうずくまった。
パンパンと手を叩き、銀色の髪を揺らしながら、俺は何食わぬ顔をして颯爽と歩く。
このまま真っすぐ宿屋に入ってもいいのだが、万が一ということも考えられる。馬車に乗り合わせたおっさんのように、彼らにあとをつけられても厄介だ。
俺は一度、脇道に入る。
少し遠回りをしてから宿屋に入ろう。
靴がコツコツと石畳を叩く。足はまったく痛くない。
やはり買い替えてよかったと笑みがこぼれる。
背後から声が聞こえてきた。その声はナンパしてきたうちの誰かの声だった。
俺はすぐに角を曲がる。そのまま男の声を振り切った。
**
「……ん? なんだあれ?」
ひと気のない通りで、ポツンと露店を構えている人物がいる。
その人は黒いローブで身を包み、フードを深く被っていた。目の前の机には大きな水晶玉が置いてあり、どこからどう見ても『占い師』にしか見えなかった。
二人の女性が小走りに俺の横を通り過ぎていく。その二人は占い師のところで足を止めた。占い師は水晶に手をかざす。彼女たちは、何かを占ってもらっているようだった。
(女の子ってのは、どの世界でも占い好きなんだな……)
前世では、母親が情報番組のお天気コーナー後に流れる星座占いで、一喜一憂している姿を見ていた。
俺は特に気にすることなくテクテクと歩き、露店の横を通り過ぎようとしたとき──突然、占い師に声をかけられた。
「──そこのあなた。『絶倫メロメロあっふん男難の相』が出ていますよ」
俺は驚き振り返る。黒いローブから出ていた手がこちらを指していた。女の人たちも振り返り、俺を見ている。
占い師の顔はフードで隠れており、その表情はわからないが、唯一見える薄い唇がさらに動いた。
「あなた、数日前に自分自身に大きな変化が起きたでしょう? その原因を知りたくはないですか?」
(──!?)
ピタリと言い当てられ、驚きのあまり目を見開く。
薄い唇はそんな俺の反応を見てからなのか、ニィと口角を上げた。
占い師は、目の前にいる女の子たちに顔を向ける。薄い唇が動き、耳に届く会話の内容から、彼女たちを占った結果を伝えていることを察した。
女の子たちは占い師にペコリと頭を下げて、この場を去って行く。
彼女たちの背中を見送った後、俺は占い師に近づいた。
「……あんた、俺のことがわかるのか?」
「長い話になりそうですから、まずはお掛けください」
どうぞ、と差し出された手の先に小さな椅子がある。俺はその椅子に座って、占い師を見つめた。目線は同じ高さになったのに、フードが邪魔をして、やはりその顔はわからなかった。
「先ほども言いましたが、あなたに『絶倫メロメロあっふん男難の相』が出ています」
思わず額に手を当てたくなる──そんな相の名をもう一度聞いた俺は、ゴクリと喉を鳴らしたのだった。
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