07 仲間との遭遇
「──うぐっ!?」
ドゴンッ! という音と共に、ヴァルドの呻き声が聞こえる。
俺は再び、拳を振り下ろした。狙った場所はヤツの股間。
気絶させるつもりで、思いっきり殴る。
「~~~~~ッッ!!」
ヴァルドが悶絶している間に、俺は素早く身を起こす。数本の髪がヴァルドの服のボタンに絡まっていたが、構わず引きちぎった。
足が痛い?
そんなことを気にしている場合じゃない。
(一刻も早くここから逃げないと……!)
奥歯を噛んで、痛みに耐える。身体を前に少し倒し、つま先に力を入れて、地面を蹴った。
戦士であるヴァルドは、あれくらいじゃすぐ復活する。
その前にできるだけ離れなければ……!
(ヴァルドの反応を見る限り、俺が『アルス』だとは気づいてなさそうだな)
女の姿になった俺のことがバレていないことにホッと安堵しつつも、絶倫俺様が『誘い』をかける対象になってしまった。
あのままあの場にいたら、あの手この手で落としにかかられ、万が一にでも、セッ……なんてことになったら、勇者の力を失ってしまう。
(──失ってたまるか……!!)
俺は絶対、男に戻る。戻って魔王を倒し、姫とラブラブな未来を迎えるんだ。
何のためにこれまで『童貞』を貫いたと思っている。甘々な新婚生活を謳歌するためだぞ!
「──ふっ!」
もう一段階、加速する。
チラリと後ろを確認すれば、地面にうずくまったままのヴァルドがこっちを見て、手を伸ばしていた。
『待て』
まるで、そう言っているようだった。
(待てと言われて待つヤツがいるか!!)
俺は前を向いて、全速力で路地を駆け抜ける。
駆け抜けた先に神殿らしき建物が見えた。通りを歩いてる人も、そこそこ多いみたいだ。紛れ込んで逃げるには、最高の状態と言える。
最後にもう一度後ろを確認する。ヴァルドはヨロヨロと起き上がっていたが、身体にダメージが残っているのか、背筋はまだしっかりと伸ばせないようだった。
逃げきれる──そう確信した俺は、徐々に加速を落とす。
通りに合流すると、人と人の隙間を縫うように歩きながら神殿を目指した。
**
「ウソだろ……マジかよぉ~」
神殿の前で、俺は頭を抱え込む。サラサラとした長い髪が顔の前に垂れた。
ヴァルドを振り切り、痛む足を引きずって、やっとここまで来たというのに、神殿の扉は固く閉ざされていた。
今日は何でも、高位の神官様が全員不在らしい。
こぞって王都へ出掛けているとのことだった。今、ここに残っているのは下っ端神官と見習いのみ。
つまり、俺の状態異常を治せるような人物はいないということだった。
文字通りの『門前払い』を受け、そのまま地面に脱力する。我慢して耐えていた痛みがズキズキとぶり返してきた。
ポツポツと空から雨が降り始める。踏んだり蹴ったりというのはこのことだろうか?
俺は神殿の屋根の下にまで移動すると、大きな柱を背にしてずるずるとしゃがみ込んだ。
「イテテ……」
痛む左足のブーツを脱ぐ。足首の辺りを見ると膨らんでいた。黒いタイツの上から触ってみると熱を持っている。何かで冷やした方がいいかもしれない。
(ここにカイエルがいたら、魔法で氷を出してもらうのにな)
いや、カイエルに氷を頼むんだったら──
「どうしましたか?」
痛みと考えごとに気を取られていた俺は、声をかけられるまで、人が近づいていたことに気づかなかった。今となってはだが、気づかなかったのも仕方なかったのかもしれない。
顔を上げると、優し気な顔をした男が立っていた。
その男の顔は、神殿前に飾られている女神像にも負けないほど整っており、白く長い髪を緩く三つ編みにして、右肩に流している。琥珀色の瞳が俺を捉えていた。
紺色のローブに白いマントを羽織ったその姿は、〈聖人〉──フィノだった。
先ほどヴァルドと出会ったときと同じように、フィノにも気づくのが遅れた。これは足の痛みのせいというだけでなく、長いこと一緒に旅をしてきた相手だったことが関係しているかもしれない。
ヴァルド、カイエル、フィノ。
この三人は俺の背中を預けてきた仲間だ。
そんな彼らに警戒心を向けるなんて、これまでなかった。
仲間を信じる──その感覚がまだ自分の中にあって、それで遅れが発生したのだろう。
フィノが俺の足元を見る。見た目からも腫れていることがわかったのか、こいつは「失礼」と言ってしゃがみ込んだ。
「……ずいぶんと腫れていますね。相当痛いのではないですか?」
「あ、えっと、はい」
俺がそう言うと、フィノが手をかざす。淡い光が俺の足を包んだ。ズキズキとした痛みが徐々に消え──光が消えると共に痛みが完全に消えた
ポカンと口を開けていると、フィノはにっこりと微笑み、俺の足にブーツを履かせてくる。
目の前に手を差しだされ、その手を掴むとぐいっと引っ張り上げられた。そのとき、花のように甘い香りが、鼻の奥にふわりと届く。
「美しいお嬢さん。この後、一緒にお茶でもどうですか? 実は良い茶葉が手に入りまして」
……そうだった。こいつは、そういうやつだった。
困っている相手を先に助け、その後で誘うのはフィノの常套手段。
〈聖人〉であることは服を見ればわかるし、こいつは外見からも『優しくていい人』だと思われやすい。フィノはそれをわかって、武器にする。
俺は慌てて手を放し、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございました! すみませんが、用事があるのでここで失礼します」
フィノは仲間の中でも一番口が上手い。
こいつのテリトリーに入ったら最後、あっという間に言いくるめられてしまう。
気づけば、『イエス』の言葉しか言えなくなっている女の人たちを、俺は何度も見てきた。
言葉の糸が、蜘蛛の巣のように張り巡らされる前に、逃げるしかない。
幸いにも雨は止んだ。俺はくるりと踵を返す。
神殿の屋根の下から、外に出ようとしたとき、俺の腕をフィノが掴んできた。
「待って下さい!」
腕を掴まれた反動で振り返る。琥珀色の瞳と目が合った──その瞬間、拳に力を込めた。
「ふんっ!!」
フィノの腹に右拳を埋める。
ぐふっとフィノの口から息が漏れた。
足を治してもらっておきながら、こんなことして申し訳ないと思う。
でも、俺だって自分の貞操が大事なのだ。死守しなければならない。
お前の毒牙にかかるわけにはいかないんだ……!
(男に戻って、甘々エンドに進んだら、そのときに謝る。だから今は──ごめん!)
左拳も腹に埋める。
フィノが目を見開き、腹を押さえて、その場に膝をつく。
「ごめん……!」
俺はフィノに向かってそう告げると、神殿から走り去ったのだった。
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