53 魔王のオーラの正体は
「……ん……っ」
俺は目を開ける。すると、白い天井が見えた。
ここは宿屋か? にしては、随分と天井が高い気もする。
眠い目を擦りながら、俺は身体を起こした。
まるで二日酔いのように頭がぐらぐらする。思わずおでこに手を当てた。
「……あれ?」
腕にサラサラとしたものが当たっている。……そういえば、声も高い?
目を開ければ、銀糸の長い髪が目に入り、豊かに盛り上がっている胸も目に入った。
「………………?」
女に戻っている。
ああ、そうか。『新月』の効果が切れたのか。
(って、ちょっと待て)
……俺、魔王倒したよな?
あれ……? あの後どうなった?
(魔王を男姿のままで倒したら、エロエロエンドの回避が成立。つまり、強制的な力で、ずっと男に戻れるって思ってたんだけど……違うのか?)
長い髪をクイッと引っ張ってみる。
痛い。これは夢ではないらしい。
コンコンという音がして、すぐにドアが開く。
ヴァルド、フィノ、カイエルの三人が中に入ってきた。
「アルス!! お前、目が覚めたのか!?」
「うるさっ……!」
ヴァルドの大声が頭に響く。俺は耳を押さえた。
「ああ、すまん。悪ぃ……」
「いや、いい。それよりもここはどこだ?」
俺の問いに、フィノが答える。
「ここは王城の中ですよ。アルス君」
「王城……?」
俺は首をかしげる。すると、カイエルがうなずいた。
「アルスが魔王を倒したあと、俺が転移魔法でここへ運びました」
俺が気を失ったあとのことを、こいつらが話す。
転移後、城にある魔力回復薬をフィノが飲み続けながら、俺にずっと魔法をかけ続けたことを。
「アルスに見せてやりたかったぜ。フィノが貴族どもに向かって『城にある回復薬を寄こせ!』と怒鳴りつける姿は見物だったぞ?」
「フィノが?」
怒鳴りつけた……貴族を?
まばたきをしながら、フィノの顔を見る。こいつはニッコリと笑って、いつもの表情を浮かべていた。
「ヴァルド君、無駄に誇張しないでください。ちょっと語気が強くなっただけです」
「……あれが『ちょっと』ですか?」
「カイエル君も。あれはちょっとですよ」
ヴァルドだけでなく、カイエルもそう言うのなら、フィノが怒鳴ったというのは事実なんだろう。
まじか。ちょっとその姿見てみたかったな。
(守銭奴で打算でしか動かない、あの『フィノ』が怒鳴るなんて……)
三人は魔王戦直後の話や、俺が気を失って一週間ほど経っていたことを語り始める。
話を聞きながら、俺自身も魔王との戦いを振り返っていた。
なぜ、魔王があんなにも強かったのか。
その強さの裏側には勇者と密接な関係があったことも。
『ここで断ち切れ』
俺は彼の願いを──闇に落ちた勇者たちの願いを叶えることができたのだろうか?
魔王の紫色の瞳と、彼の言っていた言葉が脳裏によみがえる。
『なんだ、怖気づいたのか? ならば、貴様には死よりも屈辱を与えてやろう』
(……ん?)
ちょっと待った──と、俺は右手でおでこを押さえた。
俺の様子に気づいたヴァルドが声をかけてくる。
「アルス、どうした?」
俺は「待て」と左手を上げた。
ヴァルドたちは、顔を見合わせる。
(あのとき、魔王は何て言った?)
『貴様には死よりも屈辱を与えてやろう』
そう。
そう言って、ヤツの身体からオーラが出て、俺の視界はそのオーラで覆われたんだ。
「………………」
俺は即座にベッドを下りる。部屋の大きな窓に手をついた。
ガラスに反射した自分の姿は『女勇者』。見覚えがあって有り余る、女の姿だ。
(あれは、まさか──)
思わずつぶやき、すぐに頭を振った。そんなバカな。ありえない。
だって、魔王は人だったはずだ。魔物じゃない。
「アルス君? 一体どうしたのですか?」
「なぁ……フィノ。魔王に止めを刺したとき、俺の性別ってどっちだった?」
「はい?」
「俺の性別……ッ! どっちだった!?」
振り返って仲間たちを見る。ヴァルド、フィノ、カイエルと三人を順に見た。
三人は怪訝そうな顔をしている。俺はゴクッと唾を飲み込んだ。
「性別って言われてもな……俺様は覚えてねぇ。何しろお前、ボロボロだったし」
「そうですねぇ。カイエル君の魔法と魔王も何か放っていたでしょう? だから、アルス君の周りはモヤがかっていて、はっきりとは……」
ヴァルドもフィノも顎に手を当て、記憶をたどってくれたが思い出せない様子だった。
カイエルは一歩前に踏み出す。
「アルス、あなたは『新月』の力で男に戻っていたのだから、男のはずでは? 魔王を倒したときは一日経過していなかった……なぜそれを聞くんですか?」
カイエルの言葉にハッとする。
そうだ、新月……!
窓ガラスの反射では、瞳の中をはっきりと見ることはできなかった。
俺は窓から離れ、部屋の中を見回す。
「なぁ! ここに鏡はないか!?」
「鏡ですか? でしたら、ここに」
フィノが指さしたのはベッドの隣に置いてあったチェスト。
その上に手鏡が置いてあったようだ。
フィノが鏡を手に取り「どうぞ」と差し出してくる。俺はそれをひったくるように奪い取った。
そっと鏡に映る自分の顔を見つめる。瞳の中に『月』は、
──なかった。
「カイエル!!」
「なっ、なんですか!?」
「今すぐ俺をリューエンさんの所へ連れて行ってくれ! 早く!!」
俺はカイエルに詰め寄り、転移魔法でリューエンさんの所へと飛ばしてもらう。
何故かヴァルド、フィノもついてきた。
「ややっ!? 家の中で暴風がぁああああああ!? 書きかけの紙はどこにぃいいいいい!?」
リューエンさんの家の『中』に転移したため、家の中ではたくさんの紙が舞っている。
何やら錬金術のレシピを書き留めている最中だったようだ。申し訳ない。
だが、こちらも緊急事態なのだ。片づけなら後で手伝うので、今は許してほしい。
「リューエンさん!」
「あ、アルスさん? どうしたんですか?」
ヒラヒラと紙が舞う中、俺はリューエンの両腕を掴む。彼の身体をガクガクと前後に揺らした。
「瞳の中の『月』が消えてるんです! どういうことですか! どうなってるんですか!!」
「おお、おおおちついて、くださ──ぐえっ!?」
揺さぶられながら喋るリューエンさんが、最後に舌を噛んだ。
俺は手を離すと人差し指で目の下を引っ張り、「目を見てくれ」とアピールする。
リューエンさんは眼鏡のつるを持ち、眼鏡を掛け直した。
じぃっと見つめ合う。
彼は、「ふむ」と言って顔を離し、顎に手を当てた。
「アルスさん、もしかして『種付けブレス』をもう一度浴びませんでしたか?」
リューエンさんが発した言葉に、ひゅっと喉が鳴る。
『種付けブレス』──それには心当たりがあった。
魔王が身体から放っていたオーラで俺の視界は一度染まったから。
──ピンク色に。
『貴様には死よりも屈辱を与えてやろう』
「あの野郎ぉおおおお! 屈辱ってそういうことかよぉおおおおおおお!!」
上を見上げ、天井の向こう側に向かって叫ぶ。
「ああああ!!」と言いながら、頭を掻きむしった。
人がせっかく男に戻っている間に、魔王を討伐したというのに……!
お前が『種付けブレス』を放つのか!!
「お前は俺にやられるための『きっかけ』をくれたんじゃなかったのか!? それに、元勇者なら魔物じゃないだろ!? 何でなんだよぉおおお!!」
俺はもう一度天井に向かって叫び声をあげたのだった。




