50 魔王城
フィノに注意された翌朝──宿を出た俺たちは、魔王討伐の旅へ出発する。
その道中に立ち寄った村や町の問題を解決しながら、二か月。ようやく魔族たちの住む国へと足を踏み入れた。
俺たちは真っ直ぐ、魔王城を目指す。
野宿のときは、二人ずつ交代で火の番も務めた。
「アルス……お前だから言うからよ。俺様は──」
ヴァルドを含め、他の二人も旅の途中で、なぜ自分が勇者パーティーに加わったのか、と理由を俺に語り始める。魔王を倒したその後のことも同時に語った。
魔王城も目前となれば、旅の終わりを意識するのだろうか?
俺はパチパチと音を立てる焚火を見ながら、そういえば似たような話を聞いたことがあるな、なんて思っていた。
(……どこでだったっけ?)
思い出せない。
まぁ、思い出せないということは、さほど重要でもないのだろう。
ずっと座っていたらお尻が痛くなった。
俺は立ち上がって、両手を伸ばし、背伸びをする。
空を見上げると流れ星がいくつも見えた。
この世界でも通じるのか分からないけれど、願い事を三回、心の中で唱えてみる。
キラリとまた星が輝き、流れ落ちて行った。
その星が流れた先に、魔王城が見えたのだった。
***
「ここか……」
俺は大きな城を見上げる。
紫とピンクが斑に入り混じった空。空に浮かぶ雲は黒く淀んで、時折、ゴロゴロと雷が鳴っていた。
俺たちは顔を見合わせ、お互いにうなずき合う。
城の扉に向かって歩き始めた。
中に入ると魔物で溢れ返っていた。
城へ突然現れた侵入者を排除すべく、魔物たちがこちらに向かって襲い掛かってくる。
俺とヴァルドが中心となり、そいつらを次々と倒した。
一階、二階と階段を登るたび、空気が淀み、息苦しさが増していく。
フロアを上がるごとに魔物たちの強さも比例しているようだった。
「──ふぅ。ここはほとんど倒したか?」
「ああ、そうだな」
腕をブンッと振って、剣についた血を飛ばす。
フィノの回復魔法が飛んできて、重くなっていた身体が軽くなった。
「ヴァルド、まだいけるか?」
「あん? 誰に聞いてやがる。いけるに決まってんだろ」
「なら、上に向かうぞ」
俺の瞳の中の月が消えるまで、あと数時間。
(それまでに魔王のいるフロアまで行かないと……!)
俺たちは階段を上る。
次のフロアの扉をギィ……と開けた。
**
「はぁっ……はぁっ……」
休憩なしで、四フロア。戦いっぱなしだ。
そろそろ一度、休憩を入れたい。
フィノの回復魔法が飛んできた。
身体は軽くなったが、心の休息がほしい。
魔物を殲滅すると、俺は大きな柱に背中を預けた。ずるずると座り込み、ふーっと息を吐く。
三人が俺の元にやってきた。こいつらも床に座り、休憩を取る。
「あ~……疲れた。そろそろ魔王のいる玉座にたどり着けるかな……」
「アルス。お前の前世の記憶とやらでは、何階だったのか覚えてないのか?」
「ん~……確か、五階か六階……だったかな。でももう転生して二十年以上経つし、はっきり覚えてることなんて少ないんだよ」
モヤがかった記憶。
イベントが起きてようやく「ああ、これか」と思い出すことも多い。
「アルス君の記憶が確かなら、そろそろといったところですか」
「そのそろそろがキツイんだけどな! 次のフロアの魔物の強さがどれくらいなのか……考えるだけで面倒だ」
「では、カイエル君に魔物全体に魔法攻撃をかけてもらいますか?」
「いや、いい。カイエルの魔力はできるだけ温存しておきたい」
「回復薬を持っていても?」
「うん。魔王戦では、カイエルの魔力切れは死を意味する。回復薬も持てるだけ持ったが、これでもギリギリかもしれない」
おぼろげな記憶でも、最終戦はアイテムがギリギリだったことは覚えている。
俺は「よっ」と掛け声をかけながら立ち上がった。三人を見下ろしながら「そろそろ行くか」と声をかける。
皆が立ち上がったところで、俺は拳を突き出す。
ヴァルドもカイエルもフィノも、同じように拳を突き出した。
トンッと互いの拳を合わせる。
「──っしゃ! 行くぞ!!」
俺たちは次のフロアへ続く階段を上る。
五階にいる魔物を殲滅した。
六階へ至る階段を登りきると見覚えのある扉が現れる。
扉を開けようとしたヴァルドに俺は待ったをかけた。
「ここ、魔王の玉座がある場所だ」
この装飾……そうだそうだ。悪魔の顔を模したようなそんな扉だった。
「カイエル。俺の瞳の月はどうなってる?」
俺はカイエルに声をかけ、顔を見上げる。カイエルは俺の顔に手を添え、親指で目の下の辺りを少し引っ張った。
「見えなくなっています。そろそろみたいですね」
「魔王のフロアまでに間に合ってよかったぁ……んじゃ、ちょっと着替えるわ」
俺はそう言うと自分の荷物からガサゴソと男物の服を一式取り出した。
ブカブカのシャツを上から被って、腕を通す前に女物の服を脱ぐ。
プールで使う巻きタオルの中で着替えるように手早く済ませた。
そんな俺の姿を見ていたフィノが感心の声を上げる。
「アルス君。器用ですねぇ」
「そうか? ってまぁ、男だとあんまり隠して着替えることないもんな……特にヴァルドとか」
「あ? 俺様の肉体は見せるためにあるからな」
「俺は見たくもないですけどね」
「んだと、カイエル。嫉妬か? お前の身体も締まってはいるが、まぁ、俺様には負けるからな。それも仕方ないか」
「誰があなたの身体が羨ましいなんて言いました? ただの筋肉バカでしょう?」
扉を開けば魔王との戦いが待っているというのに、二人は相変わらずだ。
町中にいようと魔王城にいようと変わらないやり取りに、俺は思わず吹き出す。
男物の服に着替え終わり、数分ほどしたところで、俺はその場で「ぐっ」と呻いた。
(……来た!)
魔王城へたどり着くまでの間に、俺は二度男の姿に戻った。
そのときと同じ衝撃が俺を襲う。
心臓が大きく跳ね、節々に痛みが走る。やがてそれが収まると、骨ばった手が目に入った。
手を握ったり、開いたりして、女の姿のときとは違う感覚を確かめる。
「待たせたな。行こう」
自分の喉から低い声を発する。
俺の合図を聞いたヴァルドが、目の前にある大きな扉に手を当てる。
扉は、ゴゴゴ……と音を立てながら開いたのだった。




