49 フィノの忠告
「もうそろそろ寝るかぁ~! っとその前に風呂に入るかな」
俺はふわぁ~とあくびをし、荷物の中からシャツを取り出す。
そのまま部屋に備え付けてある簡易浴室へと向かった。
白熱のベッド争奪戦を終えると、カイエルは魔力回復のために布団へ寝転ぶ。
俺とヴァルドは剣の手入れをし、フィノは一度部屋を出るとお茶を持って戻ってきた。
お茶を飲んだあとは、部屋に運ばれてきた夕食をつまみながら、俺が女になって以降の話を改めて語り合った。
ヴァルドたちがリューエンさんと会った話や、クラッグボアとの戦いまで、積もりに積もった話題は尽きない。
気づけば夜更けをとうに過ぎていた。
そこでようやく、俺は風呂に入ることにした──というわけだ。
濡れた髪を拭く。ある程度水気を取ると、男物サイズの服を上から被った。
男服ってダボッとしてて、楽チンなんだよな。
俺は脱衣所のドアを開ける。
すると、こっちを見た三人が絶句した。
「……なんだよ?」
俺がそう言うと、ヴァルドを含めた三人が、同時に右手で眉間を押さえ出す。
「アルス。お前なんで男モンの服を着てるんだ……?」
「え、楽だし。あと男に戻ったとき用の服を持ってないと困るんだよ」
「でしたら、ズボンはどうしたのですか? 戻ったとき用というのなら、あるのでしょう?」
「ズボンはデカすぎて、ずり下がるんだよ」
「アルス。いくらなんでもシャツだけで出てくるのは……」
カイエルがそう言いかけて「うっ」と右手で口元を押さえる。
チラチラとこっちを見ては、視線を逸らしていた。
フィノが立ち上がって、自分の荷物を漁り出す。白い布地を持って俺に近づくと、それをふわりと肩からかけてきた。
「アルス君。あなた……?」
フィノがピクリと眉を上げる。
俺は「ん?」と返した。
「シャツの下に……もしかして、下着を身に着けていないのですか?」
「え……? だってあとは寝るだけだし。つけてると苦しいし……あ。パンツは履いてるから!」
俺がそう言うと、「ぐっ!」という声が聞こえてきた。
カイエルが下を向いて、背中を丸くしている。
フィノが「ふーっ」と大きなため息を吐く。
「これは困りましたね……」とボソリとつぶやいた。
「アルス君。君は女性の身体になっているんですよ?」
「……それが?」
「私たちは男です」
「知ってるけど」
「万が一、間違いがあったらどうするんですか?」
フィノが真剣な顔つきで問いかけてくる。俺はアハハと笑ってみせた。
「万が一の間違いは起こらないだろ? だって、そんなことをしたら『勇者の力』がなくなる。それはフィノたちも知ってることじゃないか」
「それはそうですが。しかしですね──」
「それに、いくら外見が女でも、お前らが俺に勃つとは思えない。お前らなら、美人美女よりどりみどりだろ? わざわざ俺とどうこうするとか、考えないだろ~」
「なっ?」とフィノに返す。
フィノはもう一度大きなため息を吐いた。
「私たちへの絶対的な信頼は大変とても嬉しいのですが……いらぬ刺激をすると、狼になる日が来るかもしれませんよ」
「いらぬ刺激?」
「ちょっとこっちへ来てください」
フィノが俺の手を取り、脱衣所へと戻る。
鏡の前に立たされ、自分の姿をしっかり見るように言われた。
「アルス君。いえ、『アルカさん』の君を客観的に見てください」
「客観的に……」
「美しい女性だと思いませんか?」
「……まぁ、整っててキレイだと思う」
「肉体も魅力的だと思いませんか?」
「おっぱいでかいよな! リリアナさんにも触ってみたいって言われたことある! 女の人でもそう思うんだな~!」
フィノがゴホンと咳をする。
俺の両肩をぐっと掴んだ。
「では、そんなにも美しく、豊かな胸を持つ、魅力的な女性が男物のシャツ一枚で現れ、しかも下着を身に着けていない、としたら?」
「…………」
「男の理性って、そこまで強固だと思います?」
「……すみませんでした」
「よろしい。アルス君はそのままここにいてください。私が君の荷物の中から下着とズボンを持ってきます」
フィノはそう言うと洗面所を出て行った。少ししてすぐに戻ってくる。
「ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
渡されたズボンと下着を広げる。
下着はフィノが選んで買ってくれた白いレースの下着だった。
「……寝るときにガーターつけるか?」
丁寧にガーターベルトも忘れずに添えられていたが、ズボンを履くのであればいらないのでは……?
とりあえず、ズボンを履き、裾を折り曲げる。シャツを一度脱ぎ、下着を身につけた。
やっぱり寝るときに苦しくなりそうなんだけどな、と思いつつ、先ほどフィノに言われた言葉を思い出す。
『男の理性って、そこまで強固だと思います?』
(まさか、ヴァルドもカイエルも……大丈夫だよな?)
いくらキレイでも、魅力的な肉体の持ち主でも、中身が『俺』なら性欲なんて湧かないと思ってた。
あいつらは俺のことを『男』として認識しているだろうって、そう思ったんだ。
(それに俺たちには共通の……魔王と倒すという目的がある)
だから、魔王を倒すまでの間は、俺の貞操は守られていると考えていた。
でも、フィノは俺の気の緩みが危ないと忠告してきた。
何かをきっかけに理性を吹っ飛ばすこともあり得るということを伝えてきたのだ。
ふっ、と脳裏にエロエロエンドが浮かぶ。
(そういえば、エンディングを迎える前……なんかあったよな?)
女勇者で魔王を倒したらエロエロエンドになった印象が強すぎて、その前にどんなイベントがあったのか記憶がおぼろげだ。
(あいつらと個別イベントがあった気がする。夜に出かけて、丘の上で……なんか話をしたりして)
ヴァルドは魔王を倒した報奨金で孤児院を建て直したい。
フィノは神殿の頂点に登りつめ、神殿のあり方を変えたい。
カイエルは世界に一冊しか存在しない魔法書を見つけ、家族を見返したい……だったか?
(あのとき、妙な音が鳴ってて『何だこれ?』って思ったんだよな)
着替え終わった俺は、部屋に戻るとベッドにダイブする。
一分も経たないうちに寝てしまった。
翌朝起きると、ゲームであった個別イベントのことなど、俺の頭の中から消えていたのだった。




