48 仲間たちと再出発
「リリアナさん、お世話になりました」
「いえ! こちらのほうこそ、ありがとうございました」
王妃様へ手紙を送って数日後。
俺は今日、孤児院を出る。
王家が動くという返事をもらったからだ。
これでもうリリアナさんと子どもたちを脅かすものはない。
子どもらが「バイバーイ!」と大きく手を振る。俺も振り返し、町の出入り口へと向かった。
「お待たせ」
そう声を掛けた相手は、俺の仲間たち。既に三人は出入り口前で待っていた。
町の外に出て、少し離れるとカイエルが魔法を詠唱する。
転移魔法で、俺が女の姿に変わったときにいた町へ飛ぶことにした。
魔王城へ向かうには、あの町まで戻る必要があったからだ。
風が俺たちを包み、視界がねじれる。
一瞬で風景が変わった。
カイエルの身体がふらりと傾く。寸でのところで堪えていた。
四人全員を──それも遠距離となると魔力の消耗も激しいようだった。
俺はカイエルの様子を見て、他の二人に向かって口を開く。
「今日はこの町で休もう」
ヴァルドもフィノも「ああ」「そうですね」と返事をする。
どの道、ドラゴンとの戦いで手持ちの回復薬もない。休むついでに薬を調達しに行くことにする。
「カイエルたちは宿を取って休んでて。俺はちょっと薬屋のところに行ってく──」
「俺も行きます!」
少し顔色の悪いカイエルが俺について行くと言う。俺は「え?」と眉をしかめた。
そんな青白い顔でついて行くって、お前……。
「カイエルは宿で休んでろよ。お前の回復薬も買ってくるからさ」
「いえ、俺は大丈夫です。だからついて行きます」
カイエルの圧がすごい。顔面が近い。俺は背中を反らせる。
背中を反らせても、追うようにさらに顔を近づけてきた。
すると、ヴァルドがこっちへやってきた。俺の肩にポンと手を乗せてくる。
「カイエル。アルスが言うようにお前は休んどけ。心配すんな、こいつには俺様がついてるからよ」
「結構です。ヴァルドがそばにいることの方が余計に心配になります」
「ああ? んだと!?」
「アルスから、その手を退けてください」
一瞬にして、一触即発の空気になる。
おいおいおい。何でそうなるんだよ。
そのとき、フィノがパンパンと手を叩いた。
フィノはニッコリと笑みを浮かべる。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いてください。ここは間をとって、私が付き添いましょう」
「「──は?」」
「さっ、行きましょう。アルス君。買い物を済ませたら、一緒にお茶でもしませんか? 実はここに美味しいパイのお店があるんですけど、ほら……男一人だと行きづらいでしょう?」
フィノが二人の間を割って、俺の背中を押す。
「俺も男だ」と言いそうになってハッと気づいた。そうだ。俺は見た目は女だった。
(──ということは、つまり! 甘味処も行き放題!!)
俺はフィノの顔を見上げる。
フィノは俺の言いたいことに気づいたようで「うんうん」とうなずいた。
「シェアすれば、たくさん食べられますよ?」
フィノが顔を近づけ、こっそりと耳打ちする。
シェア! そうか……! その手があった!
「行くか! フィノ!」
「ええ、行きましょう」
二人で町の通りを目指す一歩を踏み出す。
背後から「チッ!」と舌打ちする音が聞こえた。
舌打ちしたのはヴァルドか、カイエルか。
振り返ろうとした俺の背中をフィノがそっと押したのだった。
**
「あ~! 食った食った!」
久々の甘い物を食べ、お腹も心も満たされた俺は、フィノと宿屋に向かう。
たぶん今回も前回泊まった宿だろう。あそこがコスパがいいと、フィノが選んでいたから。
「……ん?」
その宿の前に誰かいる。
赤髪と青髪の二人組だった。ということは、ヴァルドとカイエルか?
(なんであいつら、宿の外にいるんだ?)
中に入って休んでればいいのに。
「おや? 二人ともどうしたんでしょう?」
フィノもあいつらに気づいた。
やっぱ、そう思うよな。
ヴァルドが俺たちに気づいたようだ。こっちに向かって歩いてくる。
カイエルもヴァルドの後に続く。二人とも顔がどこか険しい。
「フィノ。ちょっと困ったことになったぞ」
「一体どうしたのですか?」
「実は、あなたたちが甘味ツアーへ繰り出した後、俺とヴァルドで宿を取ろうとしたのですが、今日は泊まる客が多いらしく……大部屋しか空いていないそうです」
「なっ……!?」
三人の間に沈黙が降りる。
俺は首をかしげた。一体それがどうしたというのだろう?
「何が問題なんだ? 大部屋が空いてるなら、そこに四人泊まれるだろ?」
「アルス君……あなた、私たちから逃げ回った理由をお忘れですか?」
「女になったから……? いや、あのときは事情を説明する前に手を出されそうで、勇者の力を失いそうだと思ったんだ。だから……混乱してて、どうしたらいいかわからなくてさぁ」
ポロリと当時の心境を漏らす。すると、ヴァルドが「ああん?」と声を上げた。
「お前……俺様たちのことを何だと思ってるんだ。見境なく女を襲うとでも思ってるのか」
「あ、いやぁ~……でも、あながち間違いじゃないだろ? ちょいちょい隣の部屋から、あやしげな声が聞こえてきてたし……」
「バーカ、それは──」
ヴァルドが言いかけて口を噤む。
おい、何だよ。言いかけたなら言えよ。気になるじゃないか。
ヴァルドは続きを喋る気配がないらしい。仕方がないので、俺が口を開く。
「でも、今はお前たちに俺の事情は伝わってるんだし、もうその心配もないだろ? だったら別に同じ部屋でも問題なくないか?」
フィノとヴァルドが互いの顔を見合わせる。それから、カイエルの方を向いた。
カイエルは頬を赤くして明後日の方向を見ている。
「カイエル、どうした? 具合悪いのか?」
魔力がごっそり減った影響か?
薬屋で買った回復薬を巾着から取り出す。
「い、いえ……何でもありません」
「大丈夫です」と言って回復薬はいらないと断られた。
「しかし、どうしましょうねぇ。いくらアルス君がいいと言っても、傍から見ると男三人と女一人が同室に泊まるというのは、やはり……」
「でもよぉ~どうするんだ? 大部屋しか空いてないんだろ?」
「「「…………」」」
「それにお前らはいつも夜に出かけて、部屋に戻ってくるのは遅いじゃねぇか。だったら、ほらやっぱ問題ないじゃん」
フィノが「ふーっ」と大きなため息を吐く。
「……他の宿屋を当たってみましょうか」
「フィノ。それはもう俺がやりました。全滅です」
「…………そうですか。致し方ありませんね」
というわけで、俺たちは大部屋に泊まることになった。
誰がどのベッドに寝るのか──ここでもまた白熱した戦いが繰り広げられたのは言うまでもないのだった。




