46 バレた
「…………え?」
俺が鞘を掴もうとすると、ヴァルドがそれを上げてかわす。
掲げた鞘に刻まれた紋章を俺に見せつけてきた。
「勇者の剣の持ち主は、アルスだ。この特別な剣はあいつしか使えない」
「え……えっとぉ~」
額から、一筋の汗が流れる。
これは冷や汗ではなく、きっとさっきまで戦っていたからだ。きっとそうに違いない。
「アルカさん……いえ、アルス君。これは一体どういうことでしょう?」
フィノが一歩足を踏み出した。ヴァルドの隣に並ぶ。ニコニコと笑顔を浮かべているが、その笑顔の奥にある瞳が笑っていないことは知っている。
「わ、私の名前はアルカです。アルスなんて人のことは──」
「そうです! 二人とも何を言っているんですか! こんな可憐な女性と、ポヤヤンな天然ワンコ勇者アルスと一緒にするのは失礼です!」
「誰がポヤヤンだ! 誰が!!」
思わずカイエルにツッコミを入れる。直後にハッとした。
カイエルが眼鏡をクイッと上げる。
してやられた……! と気づいても後の祭りだった。
「本当にアルスなのですか……?」
「いや、それは、その……」
どうする。どうする。あいつらが一歩踏み出すたびに、俺の脳裏にエロエロエンドが蘇る。
待て待て、待て。それはダメだ。どうにかして回避しないと……!
俺は子どもらを脇に抱える。
この場を逃げ出すことにした。
「アルス! 待て!!」
「待てと言われて待つやつがいるか!」
逃げろ、全力で。
最初からフルスロットルだ……!
ある程度距離を稼いだところで、俺は足を止める。指を噛み、血を溢れさせると剣に血を吸わせた。
「来い!」と言って鞘を呼ぶ。クモ足の生えた鞘がここへ到着すると、子どもらを乗せ、中腹にある山小屋へ向かった。
小屋に到着し、リリアナさんたちと合流すると彼女らも鞘に乗せる。
鞘は俺たちを乗せ、急いで孤児院へ戻った。
「はぁっ……はぁっ……これで、ちょっとは時間稼ぎできるか?」
孤児院へたどり着き、俺は後ろを振り向いた。俺を追いかける気配はない。
よし、リリアナさんに挨拶したら、早々にここを離れよう。
「時間稼ぎ、できそうですか?」
「あ、はい。何とか──」
後ろから声をかけられ、俺は振り返りながら返事をする。
そこにはフィノとカイエルがいた。
「──っっ!?」
俺は逃げきれていなかった。
そういえば、カイエルは一度訪れた町へは『転移魔法』を使って戻ることができるんだったな。
ジリジリと後ろに下がる。すると、ドンッと何かにぶつかった。
振り返る前に、頭上から聞き慣れた声が降ってくる。
「おっと。今度はどこに行くんだ? アルス」
「ヴァ……ヴァルド」
完全に囲まれた。ヴァルドには肩を掴まれ、もう逃がさないと言わんばかりに、指が食い込んできた。
俺は、はーっと特大のため息を吐く。観念して、白旗を上げる以外の選択肢は、もうなかった。
**
「それで、私たちに言うことはありますか?」
「……心配かけてすみませんでした」
子どもたちが寝静まった夜。
孤児院の大部屋を借り、俺は仲間に謝った。
お説教モードになったフィノの話は長くなる。ここは素直に謝るのが得策だった。
「アルス。その姿は一体何があったんですか?」
カイエルが早く知りたいと聞いてくる。ここまできて隠すというのはムダな行為でしかない。俺は素直に吐くことにした。
「実は……前にダンジョンボスを倒したことがあっただろ? あのときに、俺がボスから浴びた謎のブレス。あれが原因だったみたいで」
「ブレス……ああ、そういや、そんなもんあったな」
「あのブレスは相手の性別を変えるみたいでさ。皆で酒飲んで、宿に戻って寝て起きたら、この姿になってた」
俺は少し俯く。サラサラと肩から流れ落ちてくる長い髪を右手で摘まむと、人差し指にくるくると巻きつけた。正面に座るカイエルが「うっ」と呻く。どうしたんだ? と俺は顔を上げた。
「貴女が女性になった理由はわかりました。では、なぜ私たちに相談もせず、突然いなくなったのですか?」
「それはぁ……」
目が泳ぐ。やっぱ言わなきゃダメか?
三人の視線が肌に突き刺さる。うう……言いたくない……。
「秘密ってことには」
「ダメだな」
──ヴァルドが即答する。
「断じてダメです」
──カイエルがきっぱりと言う。
「ダメでしょうねぇ」
──フィノが肩をすくめた。
やっぱりか。ダメ元で言ってみたけど、やっぱりダメか。
仕方がないので、俺はまず『前世』の話をすることにした。
自分にはこの世界以外にいた頃の記憶があり、そこで今いるこの世界のことを知っていることを。
自分が勇者であり、魔王を倒すとどんな未来になるかも知っている。ただ、その未来は勇者の性別で少し変わることを告げた。
(ふぅ……エロエロエンドのことは隠せたぞ)
我ながらファインプレーだ。女勇者で魔王を倒すと、あまりいい未来じゃないと伝えたが、概ね事実だ。『俺にとって』とつくこと以外は。
チラッと三人の反応を伺う。三人とも腕を組み、右手は顎に添えられていた。
「前世の記憶ってのは信じらんねーが、でも、お前がウソをつくとも思えねぇしな」
「もしそれが本当であれば、男の姿に戻って魔王を倒すほうがいいのでしょうねぇ」
ヴァルドに続きフィノが口を開く。俺は彼らに言っていない、もう一つのことを告げる。
「あ。実は男に戻る方法はある。と言っても、月に一回くらいではあるんだけど」
「月に一回、男に戻れる? どういうことですか?」
カイエルが食いついてきた。こいつは魔法に関連してそうな話題には目がない。
俺は立ち上がって身を乗り出した。カイエルに向かって顔を突き出し、瞳を指さす。
「目を見てくれ。瞳の中に月があるだろ? こいつがなくなった──つまり、『新月』になったとき、俺はその日一日だけ、男に戻れるんだ」
カイエルがゴホンッと咳払いをする。その後で「失礼」と言って、顔を近づけた。両手で俺の顔を挟み込む。瑠璃色の瞳が俺を見つめた。
「本当に……ありますね」
「実は、〈西の魔女〉って言われてるリューエンさんに、男に戻れる薬を作ってもらったんだ。それで一日だけだけど、戻れるようになったってわけ」
「ああ……なるほど。そういうことだったんですか」
カイエルの手が顔から離れる──その瞬間、こいつの指が俺の耳たぶを、すっと撫でた……気がした。
なんだ……?
なんか、こう、一瞬背筋がゾワッとした気がするんだけど……気のせいか?
こうして、俺たちはまた朝まで話し合いを続けた。
こいつらに事情を打ち明けることにより、俺はもう逃げ回る必要がなくなった。
(こんなことなら、さっさと打ち明ければよかったな)
はぁっと息を吐く。俺のため息に気づいたフィノが「どうしたのですか?」と聞いてきた。
「いや、何でもない」
首を横に振って、にっこりと笑ってみせる。
俺はまだこのとき、気づいていなかった。
エロエロエンドの未来はまだ回避できていないということに──まだ、気づいていなかった。




