45 お前、もしかして
「──くっ……! まだか……!?」
クモ足を生やした鞘に急がせる。
空を飛んでいたドラゴンが下降しだした。
くそっ……! と俺は奥歯を強く噛んだ。
そのまま山頂に降り立つと思ったドラゴンは、すぐに空へと戻って行った。
どういうことだ? と、やつの動きを注意深く観察する。
旋回して、急降下。
また空に戻り、旋回からの急降下──この動きを何度も繰り返していた。
(これは……獲物を捕らえる動きじゃなく、攻撃か?)
だとするならば、そこで戦っているのはきっとヴァルドたちだ。
あいつらは、子どもたちの救出に間に合ったのか?
ドラゴンが同じ動きを繰り返すたびに、俺は強く確信する。
(あいつらが戦っている……!)
俺は鞘を急がせる。もう一度血を吸わせ、こいつの足を加速させた。
**
山頂へ到着。
鞘の力を解除し、ドラゴンと戦っているあいつらの元へ走った。
俺も戦いに加わる──そう思ったとき、誰かの身体が宙に舞い上がった。
「なっ──!?」
そのまま落下し、地面に叩きつけられたのはヴァルドだ。
ドサッという音を立てたあと、あいつは動かない──いや、動けないのか。
身体を起こそうとしているのか、頭を少し持ち上げたと思ったら、その頭はすぐ地面についた。
血まみれの姿で咳き込むヴァルド。
一体何があったんだ……!?
ドラゴンは動けないままのヴァルへと向かってくる。
カイエルがヴァルドの名を大声で叫んだ。
地面を強く蹴る。
このときの俺はヴァルドを助けることしか、もう頭になかった。
最初からトップスピードだ。全力で駆ける。
俺はヴァルドとドラゴンの間に割り入った。
「悪い。待たせたな」
そう言って俺は鞘をヴァルドに向かって投げ、勇者の剣をドラゴンに向けた。
力を流し、剣を青白く光らせる。
黒く鋭い爪が迫って来る。
思い通りにはさせないと、俺はやつの足を薙ぎ払った。
「グァアアアアアア!!」
白き一閃──ドラゴンに傷を負わせることができたらしい。やつは翼を動かし、バサバサと一度空に逃げた。
カイエルがこの機会を逃がすまいと、ドラゴンの足に向かって火炎魔法を放ち、ぶつける。
空からボタリと落ちてきたものがある。雨ではなく、それはドラゴンの血だった。
俺はドラゴンが上空に逃げたタイミングで、巾着から魔力の回復薬を取り出した。
フィノとカイエルに向かって小瓶を投げた。二人はそれをキャッチする。
ヴァルドに比べれば傷の少ないあいつらだったが、一目見れば限界に近いことがわかった。
「次が来るぞ! 備えろ!」
俺は二人に指示を出す。二人は回復薬を煽った。
魔力が満ちたフィノはすぐさまに回復魔法を詠唱し始めた。カイエルもフィノの後に続く。
ドラゴンの黒い爪がもう一度、俺たちを狙ってくる。
俺は剣を構え、地面を蹴り、やつの爪を迎え撃った。
**
「ヴァルド! 来るぞ!」
「わーってる!」
フィノの回復魔法で七割ほど回復したヴァルドが戦いへ再び戻った。
前衛の俺たちは剣で攻撃を仕掛ける。
ドラゴンの弱点は眉間であるとヴァルドが語った。俺はひたすらそこを狙った。
頭上、目──狙いは何度も外れた。空を飛ぶ相手の弱点を捉えるのは一苦労だ。
「おらぁっ!!」
ヴァルドは俺が傷をつけたドラゴンの足を狙う。地面にやつの血がまた滴り落ちた。
硬いウロコが剥がれ、むき出しになった肉を切りつけられたドラゴンは、激しく叫ぶような声を上げる。
俺はヴァルドの後ろから、動きが鈍くなったドラゴンに向かって走り出した。
ヴァルドの背中をダンッ! と強く蹴り、空高く飛び上がる。
ドラゴンの顔が正面にある。
チャンスだ──!!
「今度こそ外さない!!」
宣言通り、俺はドラゴンの眉間に自分の剣を突き刺した。
『勇者の力』を全出力で込める。
ズズズ……と剣がさらに食い込んだ。
やつは絶叫する。
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
ブンブンと頭を振る。
剣を握ったままの俺も一緒になって振られた。
振り落とされまいと、剣を握りしめる。しかし、眉間から溢れ出た血が刃を伝い、柄へと流れ、手の隙間に入り込んだ。
「──くそっ!」
ズルッと滑り、手の中から剣が消えた。俺の身体は宙に放り出される。
カイエルやフィノから「アルカさん!!」と叫ぶ声が聞こえた。
俺は身体を捻って、うまく軌道を修正し、地面に着地する。
「やったか!?」
顔を上げる。
状況はどうなった!?
ドラゴンの頭がガクリと落ちたのが見えた。ということは、そのまま、ここへ落下してくるだろう。
「──全員下がれ!!」
俺はヴァルドたちに向かって、この場から退避しろと指示を出した。
退避した直後、ドォオオンという音と共に地面を揺らし、ドラゴンは倒れ込んだ。
警戒は怠らないままに、様子を伺う。やつはピクリとも動かなくなっていた。
辺りの空気にビリビリとした殺気がない。倒した、と判断してもいいだろう。
俺はドラゴンに近づく。やつの眉間に埋まった勇者の剣を引き抜いた。
ブンッと一振りして、血を飛ばす。剣を鞘に仕舞おうとして、そういえば鞘を持っていないことに気づいた。
「……アルカねえちゃん」
名前を呼ばれた俺は、後ろを振り返る。
子どもたちとヴァルドたちがそこにいた。
俺は子どもらに向かって微笑んだ。
「もう大丈夫だぞ。倒したからな」
そう声をかけると、子どもらが俺に向かって泣きながら抱きついてきた。
よしよし、頑張ったな、とこいつらの頭をなでる。
ヴァルドが一歩足を踏み出した。右手をすっと上げ、俺に向かって何かを差し出している。
「──あ」
そうだった。ヴァルドに鞘を投げて、そのままだった。
俺は鞘を受け取ろうと手を伸ばした。そのとき、ヴァルドが口を開いた。
「その剣に、その力……お前、もしかして──『アルス』か?」




