43 救出へ / ヴァルド視点
「どうやらここのようですね」
フィノが目的地にたどり着いたと合図する。俺とカイエルは足を止めた。
山の中腹の辺りだろうか?
少し開けた場所があり、小さな小屋が建っている。
ここは登山者が休む山小屋だろう。周囲を見回す。フィノはここだと言ったが──。
「誰もいねぇな?」
「もしかすると、小屋の中にいるのかもしれない」
カイエルが言った言葉にフィノがうなずく。
となると、俺たちの取るべき行動は戸を叩くことか。
それとも、物陰に隠れ、小屋から人が出てくるのを待つべきか。
俺はひとまず、小屋の周囲を探ることにした。
建物の裏側に小さな窓が一つ。それ以外に出入りできそうな場所は、ドア以外にはなさそうだ。
窓へ近づき、そっと中を覗く。
カイエルの予想した通り、小屋の中にやつらはいた。
子どもの姿とリリアナとかいうシスターの姿が確認できた。手は縄で拘束されている。
床に座り込んでいる彼女らを、領主らしき男と神殿関係者の男が見下ろしていた。俺は耳を澄ませる。
「ああ、忌々しい。まだ痛むわい」
「まったく災難でしたね。よろしければこちらで冷やしてください」
「うむ。すまんな」
神殿長が右手の人差し指を気にしているようだった。
領主の男がハンカチのようなものを差し出し、受け取った神殿長がハンカチで指を包む。
「そろそろやつらは戻って来るのか?」
「そうですね。あの四足獣ならばそろそろ戻ってきてもおかしくはないかと……」
(四足獣……って、あれか。あの荷馬車のことか)
アルカと一緒に戦った際に、子どもとリリアナを連れ去った獣と荷馬車のことを思い出した。
しかし、ここへ戻ってくるとは、どういうことだ?
俺は一度窓を離れ、カイエルとフィノの元へと戻った。
この小屋へ、四足獣の小型荷馬車が来ることを伝える。
「ここに四足獣の荷馬車が戻ってくるらしい。どうする? まずは隠れるか?」
「そうですねぇ……このまま隠れず、対面しても特に問題はないと思いますよ」
「確かに。どの道、沈めなければいけない相手です。それに、あいつらだけ小屋から出てくれば、儲けものですね」
下手に小屋に籠られているよりも、表に出てくれたほうが俺たちも動きやすい。
しばらくすると、四足獣の荷馬車が近づく音がしてきた。ドドドという音がどんどん近づいてくる。
その音に小屋の中にいたやつらも気づいたようだ。
ドアが開き、中から人が出てきた。
「なんだ、お前らは!?」
俺たちの存在に気づいた領主の男が声を上げる。
領主の声に釣られて、神殿長と冒険者崩れの男が出てきた。
フィノが俺たちの前に出て、自分の存在をアピールする。
「こんにちは。神殿長様、昨日ぶりですね」
「お前はっ!!」
神殿長が声を荒げる。苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
その表情に、フィノが昨晩言っていた『神殿長とお話した』内容が、このおっさんにとって好ましいものじゃなかったらしいことを察する。
「ここにシスターと子どもたちがいるのでしょう? 神殿長様、申し訳ありませんが返していただけませんか?」
フィノはニコニコと笑顔でそう告げる。彼らはギョッと驚いた表情を見せた。
なぜそのことを知っているのか、と顔に書いてあった。
「何のことだ? シスターと子ども?」
神殿長がしらばっくれる。領主の男も「そうだ。何のことだ」と後に続いた。
「おや、知らないフリですか。ここに、そこにいる男と戦った相手がいたとしても?」
フィノが冒険者崩れの男を指さす。俺は「どーも」と挨拶をするように一歩前に出た。
神殿長と領主は俺の顔を知らない。二人は怪訝な顔をしていたが、冒険者崩れの男は俺に向かって「お前はっ!!」と反応した。
四足獣の荷馬車が小屋へ到着する。中から人が降りてきた。
そいつらも俺が昨日戦った冒険者崩れの男たちだった。やつらは俺を見た途端「てめぇ!」と声を上げた。
(──ありがとよ)
おっさんたちのすっとぼけを潰してくれて。
俺は男たちに向かって心の中で礼を言う。
神殿長が「チッ」と舌打ちした。領主が「おいっ!」と言って男たちを叱咤する。
「──バレているのなら仕方ない。ああ、そうだ。ここにシスターと子どもたちがいる。ただ勘違いするなよ〈聖人〉のフィノ。ワシらは彼女たちを保護したにすぎん」
「御託は結構です。率直に言います。彼女たちを返してください」
フィノが睨みつける。フィノに合わせるようにカイエルが前に出て、杖を掲げた。俺も剣を引き抜き、構えて見せる。
分が悪いと思ったのか、神殿長らは領主に向かって顎をしゃくった。領主は小屋へ戻るとシスターと子どもを引きずってくる。
シスターと子どもの姿を改めてみると、手に縄がついている以外は特にケガをしている様子もなかった。俺はほっと安堵の息を漏らした──その直後に、眉根を寄せる。
(……チビがいない)
シスターが連れ去られるときに抱いていた、あの小さな子どもが見当たらない。
他にも見当たらない子どもがいる。あいつらはどこだ、どこにいる?
「おい、そこのおっさん。そこのシスターが抱きかかえていたチビはどこだ?」
「なっ!? お前、神殿長様になんて口の利き方だ!!」
「うっせーな、んなもん、どうでもいいだろ。いいから早く答えろ、チビはどこだ?」
俺がそう言うと、神殿長がニタァ……と気持ちの悪い笑みを浮かべた。くっくっくと笑って、肩を揺らす。
「あのクソガキなら、ここにはおらん」
「ここにいない?」
「ああ。あのガキはワシの指に噛みつきやがった。忌々しいガキはいらん。だから山頂に送ってやったのさ」
俺はバッと上を見上げる。
山頂──そこはドラゴンが住み着いた場所ではなかったか……?
胸の奥に冷たいものが広がる。
無意識にギリッと唇を強く噛んだ。口の中に鉄の味が広がって、俺は「ブッ」と吐き捨てる。
神殿長を睨みつける。お前たち高位の神殿関係者は、なぜクズしかいないんだ。
四足獣の荷馬車が行った先は山頂だったのだろう。そこにチビたちを置いて、今しがた戻ってきた──そういうことか。
空にはぶ厚い雲が広がり、重苦しく鈍い色がこの先に起こる未来の色だ、と言っているようだった。
荷馬車が子どもたちを置いて、どれくらい経ったのだろう?
さほど時間は経過していないと……思う。
(今から向かって、間に合うのか!?)
空にドラゴンらしき姿は見えない。もし、山から離れているのなら、子どもたちはまだ無事なはずだ。
カイエルが魔法を詠唱する。周囲に風が集まった。
この風はさっき俺たちの背中を押してくれた風だ。
つまり、今から山頂へ向かう──そういうことか?
「ヴァルド君、私たちは助けに行きましょう」
「……いいのか? あのシスターたちは?」
「命の危険が高いのは、まず山頂にいる子どもたちです。ここにいる人達は、神殿長に歯向かったりしなければ、今すぐ命を落とす危険は少ないと思います」
「──わかった」
俺はシスターに向かって大声を上げた。すまないが、お前たちは後回しだ。
「チビを助けに行く! だから『大人しく』待っていろ!」
俺たちは一斉に走り出す。目指すは山頂だ。
『魂索の針』はもういらない。
背後から「間に合うものか!」という嘲笑が響く。その声を無視した。
(無事に連れ戻したら、あの野郎はぜってー殴ってやる……!)
そう決意すると、俺はただ目の前に広がる山道をひたすらに駆けるのだった。




