42 シスター『アルカ』の正体 / ヴァルド視点
「──では、改めて話をしましょう」
孤児院の大部屋でフィノが口を開く。
俺たちはあの後、孤児院へ移動した。俺は移動の道中でフィノとアルカの話を聞き、大まかに把握していたが、あとから呼び出され何も知らないカイエルのために、今回のことについて最初から説明を行う。
王家から孤児院への支援金が止められていたこと。
この地域を収める領主と神殿長が結託して、その支援金を横領していたこと。
「それから……これはまだ憶測ですが──」
アルカが王妃様へ手紙を出したことで、神殿長らが動き、シスターと子どもが攫われた──ということを。
「なるほど。そうだったんですね……」
カイエルが状況を把握したところで、俺たちは話し合いを続ける。
攫われたシスターたちをどうやって救出するべきか。
妙案が浮かばないまま、いたずらに時間だけが過ぎていく。
少し外が薄っすらと明るくなってきた。そのとき、ハッと何かを思い出した動きを見せたフィノが、懐から手のひらに乗る道具を俺たちの前に差し出した。
『──魂索の針』
この道具は髪の毛や爪など、対象となる人物の一部を中に入れ、魔力を流すとその人物のいる方向を指し示すという便利な道具だ。フィノがこれを使うと言う。
「子どもたち、もしくは、リリアナという女性の髪の毛といったものはありませんか?」
フィノがアルカに向かってそう告げる。確かに、髪の毛の一本でも手に入れば、あいつらの居場所がわかる。
アルカは「ちょっと見てきます」と言って席を立ち、大部屋を出て行った。
彼女が去ったのを確認して、フィノが俺たちを見た。
「ヴァルド君、カイエル君。あなたたちに話があります」
「ん? なんだ?」
「どうしたんですか?」
フィノは椅子に座り、俺たちに顔を寄せた。心なしか声が小さい気がする。
「あのシスター、彼女は私たちが追っていた銀髪の女とみて間違いないでしょう」
「──なっ!?」
カイエルが驚く。俺は、やはりか、とうなずいた。
「あー……だと思った」
「おや? ヴァルド君は気づいていたのですか?」
「つっても、さっきだけどな」
俺とフィノはシスターの正体を何となく察していた。そのことに、カイエルの野郎が噛みついてくる。
「二人とも気づいていたのなら、なぜ問い詰めないのですか!?」
そう──アルスのことを。
あいつのことが最優先事項だ。それは俺もわかっている。
けれど、シスターや子どもたちのために戦った姿を見て、一緒に戦って、何となくだがあの女は信用できるとそう思った。
フィノがカイエルに向かってニッコリと笑う。
「私は彼女と取引をしました。今回の件を私が解決したら『貴女の正体を教えて欲しい』と。孤児院の子どもたちに肩入れするような方です。まるでアルス君みたいな、お人好しのようですから、アルカさんが逃げ出すことはないと思いますよ。アルス君のことを問い詰めるのなら、ここで先に恩を売っても悪くないはずです」
「……アルカ……?」
カイエルがあの女の名前を口にする。こいつは右手で口元を押さえ、「どこかで……?」とモゴモゴと喋り出した。そうして、カイエルはハッとしたように肩を揺らす。フィノが「どうしたのですか?」と声をかけた。
「そういえば……俺も数日前に彼女と会っていたかもしれません。先日、ギルドに行った際にガラの悪そうな冒険者と対峙している銀髪の可憐な女性が……」
「──可憐?」
カイエルの口から出た聞き慣れない言葉に、反応してしまった。
こいつは「あ、いやっ……」と慌て始める。フィノもカイエルの様子を見て、眉をぴくりと動かした。
こいつ……耳が赤くないか?
まさか、惚れてるのか……?
まるで恋したての童貞みたいな反応を見せるカイエルに、まさか、なんて考えがよぎる。
そのとき、大部屋のドアが開いた。アルカが戻ってきたのだ。
カイエルの野郎のせいで、気配に気づくのが遅れた。
俺たちの話は……聞かれてないよな?
「お待たせしました。これがリリアナさんの髪の毛だと思います」
アルカがフィノに金髪の長い髪を差し出す。
どうやら聞かれてはいなかったようだ。
フィノは髪の毛を受け取ると『魂索の針』にセットする。針はクルクルと動き出し、山のある方角を指し示した。
アルカは席を立ち、急いで大部屋を出て行こうとする。それをフィノが制止した。
俺たちがドラゴンを倒し、子どもたちを助ける──と彼女に伝えて。
俺とカイエルが先に部屋を出た。フィノはその後にやってきた。俺たちは小走りに走りながら、町の外に出る。
「アルカさんには、約束の件を念押ししておきました。これで彼女が逃げることは絶対にないはずです。行きましょう。今は子どもたちの救出が最優先です」
フィノは『子どもを助けるのは、自分たちの目的を達成するためだ』と言っているようだった。
まぁ、その側面がないとは言わないが……こいつも素直じゃねぇな。
「……なんですか? ヴァルド君。何か言いたげな目をしていませんか?」
「いや、俺様もひねくれているが、お前も相当だなと思ってよ」
「貴方が何を思ったのか分かりませんが、多分それは見当違いですよ」
「そうか?」
「ええ。そうです」
カイエルが杖を掲げ、魔法を詠唱する。
風の力が俺たちの背を押した。足が地を蹴るたび、景色が一気に流れた──アルスが全力で駆ける時のように。
「針は動いてません。このまま、真っ直ぐ、一気に行きますよ」
フィノの言葉にカイエルも俺もうなずく。
俺たちはドラゴンが住み着いている山へと向かうのだった。




