41 俺様の記憶とアルスの影 / ヴァルド視点
「……ん?」
ある日、町中を歩いていると馴染みのある殺気を感じた。
その殺気はアルス──あいつのものだった。
(ここにいるのか……?)
フィノの持つ『魂索の針』を使って、銀髪の女を探す。そうしてたどり着いたのが、小さな町だった。
銀髪の女がアルスを追ってこの町にやって来たというのなら──
(アルスもここにいるってんなら、女を探す必要もねぇな)
俺は口の端を上げ、ニヤッと笑う。
「あのぉ~……すみません」
「──悪ぃ、またあとでな」
二人組の女が俺に声をかけてきた。この後に続く言葉は「一緒にご飯でも」というお誘いだろう。
何もなければ、その言葉に乗るんだが、今はそれどころじゃない。食い気味に断ると、俺は町中を走る。殺気を感じたその方角に向かって、一直線に進んだ。
「んだよ……壁かよ」
アルスの殺気──それだけを頼りに進んだおかげで、町の外壁にぶつかってしまった。つまりは行き止まり。外に出るには迂回するしかない。
「迂回とかめんどくせーな」
俺はそう言うと少し後ろに下がる。周囲には誰もいない。口うるさいカイエルの野郎もいないのなら、ここで取る選択肢は一つだ。
助走をつけて地面を蹴り、壁を蹴り、両手を伸ばして外壁の上部を掴む。自分の腕力を使って、重い身体を引き上げる。縁の部分に足をかけ、俺は外壁の上に立ち上がった。
町と外を遮るものがないから、辺りの様子がよく見える。おかげで目の前で何やら小競り合いをしているやつらの姿もしっかりと見えた。
(シスターと子どもたち……もう一人のシスターがいて……男五人か)
小さな子どもを守るように抱きかかえるシスター。
その姿が幼き日の自分を守ってくれシスターの記憶と重なる。
孤児院時代の最後の思い出──それは嫌なものだった。
ああやって俺を守ってくれた年若いシスターがいた。
神殿のやつらに無理やり引っ張られそうになった俺をかばい、歯向かったのだ。
すると、俺の代わりにそのシスターが連れ去られた。それから数日経って、シスターが裸になってドブ川に浮かんでいるのが見つかった。
大きくなって──冒険者になって──なぜシスターが死んだのか、その理由を調べたことがある。
彼女が殺されたのは「神殿の高位者に逆らったから」というなんとも下らない理由だった。それがわかったときは、神殿にいるやつらを全員ぶち殺してやろうか、とすら思った。
(あの女……随分と動けるな)
もう一人のシスターは男たちと戦っている。俺は彼女を目で追った。無駄がない。まるで美しい舞でも見ているようだった。
男五人を手玉に取り、戦いを制するのは自分である、とでもいうような動きに目を奪われる。つい見入ってしまった。
感心する俺とは正反対に、男たちはイラついているようだった。一人がナイフを取り出すと、他のやつらもナイフを引き抜く。
(……クソだせぇな)
丸腰の、しかも素手の相手に得物を使う──。
やつらには戦いの美学も、プライドも、何もないと知り、俺はチッと舌打ちした。
そのとき、チリチリと肌を刺すような殺気を感じた。
アルスだと思っていたそれは、どうやらこのシスターから発せられたものらしい。
あいつじゃないなら、この場を無視したいところだが……。
孤児院での嫌な記憶が、もう一度頭をよぎる。
「…………」
俺は外壁を蹴って、高く飛んだ。シスターと彼女に襲い掛かる男どもの間へと割って入った。
「何者だ、てめぇ!?」
「死にたくなかったら、そこをどけ!」
小者が小者らしい発言をする。
俺はそんなやつらに「あ? 誰に向かって言ってやがる?」と返した。
そのとき、不意に「……ヴァルド?」と誰かが俺の名前を呼んだ。
「なんだ?」と言って振り返りたくなったのを、ぐっと堪える。
堪えた理由──それは俺の名を呼んだ女の声に聞き覚えがあったからだ。
この声は……俺の股間に拳を思いっきり叩きつけた、あの銀髪の女と──同じだ。
シスターと背中合わせになる。同時に地面を蹴った。
不思議だ。会うのはまだ二回目のはずなのに、なぜか後ろを任せられるやつだ、とそう思った。
俺が男を二人仕留める。女も一人、地面に沈めた。
残り二人──と周囲を見回したとき、ギクリと身体が動きを止める。
子どもを抱えたシスターの首に、男がナイフを突きつけている。
プライドのないやつらは、人質を取ることも厭わない。
男は首にかけていた笛を取り出し、ピーッと甲高い音を響かせる。
少しすると、灰色の体毛を持った馬に似た四足獣が、小型の移動荷馬車を引いて走ってきた。
やつらは、シスターと比較的小さな子どもを荷馬車に押し込んで、この場を去って行く。
俺と一緒に戦っていたシスターが、荷馬車を追いかけた。その走り方はどこかアルスに似ている気がした。人と四足獣、どちらが早いかなんて明白だった。
追いつけなかったシスターが地面を叩く。その彼女に少年が近づいた。
立ち上がったシスターが、その子に向かって深く頭を下げる。
俺もやつらが卑怯者であることは、最初に気づいていたはずなのに、シスターとその子どもを人質にすることを許してしまった。
(……子どもの前だから、流血はできるだけ避けるべきだと考えたのが間違いだったか)
俺は二人に近づく。
「悪いな。助けに入ったつもりが、助けにならなくてよ」
謝罪の言葉を告げると、シスターがクスッと笑う。俺の胸を拳でポンと叩いた。
その仕草がアルスを思い出させて、何だか調子が狂う。
(……『アルカ』だったか)
少年が口にした名前が耳に届き、俺はシスターの名を知った。
アルカが顔を上げる。彼女の視線を追うと、町の出入り口から白い服を着た人物がこちらを見ていた。
長い白髪をゆったりと三つ編みにし、肩に流しているその人物は、俺もよく知っている男だった。
(──フィノ?)
なぜあいつがここに?
疑問を抱えたまま、俺もアルカも、残された子どもたちと共にフィノの元へ向かい、合流する。
「アルカさん、その恰好は……? それにヴァルドも、なぜここに……?」
フィノが「アルカ」と彼女の名前を呼ぶ。
こいつ……いつの間に。なぜ『アルカ』のことを知っているのか。
(この女……一体何者だ?)
ボロボロになったシスター服に身を包んだアルカの横顔をじっと見つめる。
俺は、オレンジアンバーの瞳の色に、もう一度『アルス』の影を感じたのだった。




