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40 赤黒い影


「勇者だと……? バカめ。知らんのか『勇者』は男だぞ」

「ああ。知ってる──よっ!」


 左右から襲い掛かってくる男たちを、鞘をつけたままの剣で薙ぎ払う。

 昨日の戦いで、こいつらが腹に何かを仕込んでいることは分かっている。だから、手加減はあまり加えなかった。男二人はしっかりと地面にうずくまっており、すぐには身動きは取れない。


 細腕の女が男二人を瞬時に沈めた。そのことに神殿長と領主は驚きの表情を見せたが、まだ冒険者崩れの男たちがあと二人残っている。

 神殿長が顎をしゃくって「やれ」と合図を送る。その合図に合わせて、男たちが俺に詰め寄ってきた。


「うらぁ!!」

「──ふっ!」


 わずかに動きのはやかった右の男の脇腹をしっかり叩く。勢いを殺さぬままふり抜き、次に左から襲ってきた男の鳩尾(みぞおち)に鞘の先を埋めた。


 鳩尾を突かれた男は「おえっ」という声と共にその場で嘔吐おうとする。

 神殿長と領主が、少し(ひる)んだ動きを見せた。しかし、彼らの目がリリアナさんたちを捉える。


 人質にされる──そう判断した俺は、剣を引き抜き、鞘をリリアナさんに向かって放り投げた。


「リリアナさん! 受け取って!」


 大声を出し、彼女に指示を出した。

 リリアナさんが縄で繋がれたままの手で何とか受け取ると、俺はそれと同時に自分の親指に歯を立て、ガリッと強く噛む。


 血が溢れる。その血を剣に吸わせた。

 赤黒い光を放つ剣を地面に突き刺し、俺は鞘に向かって命令を下す。


「守れ! 〈檻〉──展開!」


 鞘に刻まれた紋章を隠していた布が辺りに飛び散る。紋章からクモの足のようなものが何本も生えた。


「なっ──!?」

「──ひっ!」


 足が伸び、格子状(こうしじょう)になってリリアナさんと子どもたちを囲む。

 神殿長と領主の二人が、彼女たちから少し離れていたからできたことだ。これでやつらは、リリアナさんたちに手を出せない。


 俺が一歩、二歩、と彼らに近づいた。

 神殿長と領主の二人はジリジリと後ろに下がる。そのとき、ピーッと甲高い笛の音が聞こえた。

 後ろを振り返ると、地面にうずくまっていた男の一人が首から下げた笛を咥えていた。


 近くで待機していたのだろう。

 馬に似た四足獣が、小型の移動馬車と共に走ってきた。


「これでもくらえ!」


 神殿長が懐から何かを取り出し、それを俺に向ける。途端にズンッと身体が重くなって、地面に膝をついた。俺だけに重力がかかっている、そんな感じだった。


「ま、てっ……!」


 口すら上手く開かない。

 手を伸ばそうにも、腕を持ち上げるのも一苦労だ。


 俺の動きを封じている間に、神殿長と領主、それに男たちは荷馬車に飛び乗る。そのまま一気に走り去っていった。

 神殿長が持っていた道具の効果は、一定時間なのか一定距離なのかわからないが、しばらくすると自然に解けた。


「はっ……はっ……」


 肩で息をする。(きし)む膝に力を入れ立ち上がった。

 リリアナさんたちに近づいて、鞘の檻を解く。それから、剣の先を使って縄を切った。

 皆の拘束を解いた俺は、腰に提げていた巾着から回復薬をいくつか取り出す。


「リリアナさん、もし弱っている子がいたらこれを飲ませてください」

「アルカさん……」


 俺を見つめてくるリリアナさんの瞳が潤んでいる。その瞳にニッコリと笑って返した。


「今から山頂へ向かいます。神殿長たちはここへ戻って来ないとは思いますが、念のため小屋に籠っててもらってもいいですか? 大丈夫。山頂にいる子を救出したら、ここへ戻ってきますから」


 リリアナさんの目尻から一筋の雫がこぼれ落ちた。俺は彼女の涙をそっと指で拭う。

 神殿長に叩かれた頬は赤く腫れていた。触れたところが熱い。

 リリアナさん自身も回復薬を飲むように、と伝えると、俺は(きびす)を返した。


「──アルカさんっ! 勇者さまっ! あの子を……あの子たちのことをよろしくお願いします!」


 振り返ると、リリアナさんが深く頭を下げていた。ぎゅっと握りしめられた両手は小刻みに震えている。


「任せて。絶対、無事に連れ戻すから」


 俺は力強く返すと、勇者の剣に血を吸わせ地面に突き立てる。鞘の紋章からクモの足をまた生やした。

 

「──山頂へ向かう。俺を運べ」


 そう言うと俺は鞘の上に飛び乗った。

 クモの足がカサカサと地を這うように動き始める。


 ピクッと俺のレーダーが働いた。額の辺りにチリチリとした痒みの様なものを感じる。


 生温い風を頬で感じながら、重苦しい雲で埋め尽くされた空を見上げた。

 雲と雲の間から、赤黒い何かがチラリと見える。


「くっ! 急げ! やつが山へ降りてくる前に……!」


 赤黒い影──ドラゴンが空を旋回している。

 一刻の猶予もない。山頂へ急がねば……!


 俺は鞘に指示を出しながら、血の止まっていた親指をもう一度噛んだ。

 そうして、流れ溢れる血を今度は鞘に直接吸わせるのだった。

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