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39 通りすがりの『勇者』


「はっ……はっ……」


 息が上がる。しかし、俺は走る足を止めなかった。

 どんどん山へ近づいて行く。


(一度確認するか……)


 俺は走り続けながら、辺りの気配を探る。人の気配、魔物の気配、それらすべてに気を配った。

 ヴァルドたちの気配も探る。こいつらは意識しないと俺のレーダーに引っかからないから。


(──気配なし。まだまだ先だな)


 山の中に入る。比較的人の手が入っている道を行く。わざわざ獣道を選んで、体力を消耗する必要はない。それにきっと、リリアナさんたちを連れ去った男たちもこの道を使っているはずだ。


 走りながら、額の汗を拭う。

 その手を振って、手の甲についた汗を飛ばした。




「はーっ……はーっ……」


 さすがにちょっと休憩を入れよう。俺は木の幹に背中をつける。

 巾着の中から回復薬の瓶を取り出し、それをぐっと煽った。


 ずっと走り続け、疲れていた身体に薬が染みわたる。力が蘇ってくるのがわかった。

 荒れていた息が少し落ち着いたところで、俺はまた気配を探る。


 山の中腹辺りだろうか? 人の気配がする。

 十人……いやもっと……固まっているな。

 

「こっちか」


 背中を預けていた木から離れる。人の手が入っていない、雑草が生い茂っている獣道を見据えた。

 この先に、きっとリリアナさんたちがいるはずだ。


「──ふっ!」


 俺は高く飛んだ。二本の木の幹を交互に蹴り上げながら駆け上る。

 ここからは木を伝っていくほうが早いだろう。


 枝のしなりを利用して、俺は木から木へと飛び移る。


(早くリリアナさんたちの無事を確認したい……!)


 その気持ちが俺の背中をぐっと押した。



 **



(ここか……)


 少し開けた場所に到着。そこには小さな小屋があった。山を登る人が休むための休憩所だろう。

 俺は木の上から小屋の近くにいる人たちを観察した。


 リリアナさんや子どもたちは、手を縄で繋がれているようだった。

 彼女たちから少し離れた場所に、昨日の男たちが囲むように立っている。


 小屋から誰かが出てきた。あの顔にあの服装──神殿長と領主の二人だ。


(そういえば、ヴァルドたちは……?)


 あいつらの気配がない。

 俺よりも先にここへ向かったはずなのに、どこへ行ったんだ?

 少し気になったが、それよりも目の前のことに集中する。


 神殿長と領主の二人が、リリアナさんと子どもたちの前に立ち、ジロジロと見ている。

 俺の頭に『選別』という言葉が浮かんだ。すると、その通りだと言うように、神殿長が子どもたちに向かって指さしする。選ばれた子どもたちの縄を、領主が引っ張っていた。


(……っ!)


 今すぐにでも飛び出して、リリアナさんたちを救いたい。が、無策で飛び出すのは、彼女たちにケガを負わせてしまう可能性がある。


 俺は耳に意識を集中する。

 チャンスを伺うために、彼らの会話に耳を傾けた。


「ふーむ、こんなところか。あんな辺鄙な町の孤児院の割には、将来有望そうな子どもが揃っている」

「お気に召した者がいたようでよかったです」


 神殿長は舌なめずりをし、領主は両手を握って揉んでいた。

 

「あの女児はきっと美人になる。もう少し成長したらワシの下につけよう。こっちの小僧は生意気な顔をしているのが、とても良い」

「そうなのですか。てっきりもっと大人しい者をご所望だと思っておりました」

「こっちは成長は待たんよ。生意気なうちに、一度心をへし折って躾ける」

「……なるほど。お楽しみ枠、ということですかな?」

「ああ。神殿長ともなると、日々の楽しみが減っておってなぁ~……一ヵ月くらいは楽しめるだろう。ハッハッハッ」


 ギリッと奥歯を嚙みしめる。あいつらの話を聞いて、身体の血がカッと沸き上がるのを感じた。

 彼らは子どもたちを、自分たちの退屈を満たすための道具としか見ていない。俺は無意識に左の手で腰に提げた剣の鞘をぐっと握りしめていた。


「やめて! 子どもたちに酷いことしないで!」


 リリアナさんが叫ぶ。声が震えているのが伝わってきた。

 それまで笑っていた神殿長と領主が、ピタリとその動きを止める。「ああ……?」と言いながら、リリアナさんに近づいた。


「末端のシスターごときが、ワシに指図をするな!」

「──きゃあっ!」


 神殿長がリリアナさんの頬を思いっきり叩く。彼女はその衝撃で地面に倒れ込んだ。

 周囲にいる子どもたちが「リリアナ姉ちゃん!」と心配そうな声を上げた。


「神殿長様、このシスターと残りの者はどうしましょうか?」

「ドラゴンの生贄で構わん。山頂に置いてきたやつらのところに運べ」

「わかりました」


「な……に……?」


 思わずポロリと声が出る。今なんて言った?

 山頂に置いてきた『やつら』……?


 子どもたちの顔をジッと見る。そういえばリリアナさんが連れ去られるとき、抱きかかえていたあの子が……いない?


 神殿長が倒れ込んだリリアナさんの顔を掴む。ニタァと笑いながら口を開いた。


「今ごろ、あの小僧はもう食われてるかもしれんなぁ~?」

「うっ……うぅ……」

「いけ好かない聖人が『助ける』なんぞと世迷い言を言っていたが、お前もちょうどいい。ドラゴンに食われてしまえ! よかったじゃないか、あの小僧と一緒に女神様の元へ行けるぞ」

 

 状況が把握できた。

 ヴァルドたちがここにいないのは、山頂に既に『生贄』として置いていかれた子どもたちを助けるためか。より危険度が高いほうを助けることを選んだのだ。


 ドラゴン相手に二人では厳しい。侮っていい魔物ではない。だから、三人で向かった──そういうことだろう。


 ふつふつと沸き上がる怒りに鞘が反応する。

 カタカタと小刻みに揺れ、こいつは喜んでいるようだった。


(怒りの感情に飲まれてはダメだ。でも──)


 俺は一度目を閉じ、それからゆっくりと開いた。

 ぐっとしゃがんで、木の枝を思いっきり蹴る。高く飛び、周囲を警戒していた冒険者崩れの男の頭めがけて、思いっきりかかと落としを叩きこんだ。


「「──誰だっ!?」」


 突然現れた乱入者に神殿長と領主が声を上げる。

 俺は銀糸の長い髪を揺らし、ゆっくりと近づきながら口を開いた。

 

「弱き者の味方──そこら辺を歩いてるただの『勇者』だよ」

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