03 女の服
「いらっしゃいませぇ~!」
店のドアを開くと、低い声が飛んでくる。
フリフリの服を着たオネエさんが、太い腕を振って出迎えてきた。
俺は思わずドアをそっと閉じる。
隣にいる少年を見下ろした。
「本当にここか?」
少年はこくこくとうなずく。
意を決して、俺はもう一度ドアを開いた。
「いらっしゃいませぇ~!」
先ほどと同じ言葉が飛んでくる。
インパクトの強いオネエさんに圧倒されて気づかなかったが、店内をよく見ると服がずらりと並んでいた。やはり、女性用の服を扱う店で間違いないらしい。
俺は懐に手を入れ、巾着から銀貨を一枚取り出す。ピンッと弾いた銀貨が弧を描いた。
少年は器用にそれを片手でキャッチする。
報酬をきちんと受け取ったのを見て、俺はフッと笑った。
「案内ありがとうな」
盗む以外にも金を得る方法はある。
そのことに気づいてくれたら……嬉しい。
そんな思いを込めて、俺は彼の頭をひと撫でした。少年に別れを告げ、店の中に足を踏み入れる。
店内をキョロキョロと見回す。
(……何を基準にして選べばいいんだ?)
店の中央まで進むと、女性ものの下着が目に入った。その瞬間、全身がピキッと固まった。
右足と右手が同時に出る。ロボットのような動きをしながら、俺はぐるりと振り返った。
「す、すまないが、女性ものの服が一式欲しい。見繕ってもらうことは可能だろうか?」
服だけなら、まだなんとかなると思う。
しかし、下着を自分で選ぶことは出来そうになかった。だから、俺はプロに任せることにした。
「一式って、洋服の上下ってことでいいのかしら?」
「う、うむ……できれば、下着も込みでお願いしたいのだが」
口から出る言葉がどこか硬い。
そのうち「ござる」とか言ってしまいそうだ。
オネエさんは、「ふーむ」と言いながら、右手の人差し指を頬にあて、俺を頭から足の先まで観察する。すると「こっちへいらっしゃい」と言って歩き始めた。
俺は言われた通り、後をついて行く。オネエさんが案内した先は、仕切り板の裏側だった。
「じゃ、そこで脱いでくれる?」
「──へ?」
「下着も一式見繕って欲しいってことは、アンタ。自分のサイズを知らないんでしょう? 全部測ってあげるから。ほら、さっさと脱ぎなさい」
オネエさんがポキポキと指を鳴らす。ギラリと光った目が「逃がさないわよ」と言っていた。
俺は自分の二の腕をさすりながら、後ろにずり下がる。
「……えっと……心の準備が」
「四の五の言わない!!」
ガバッと服を剥かれる。
「きゃあああああああああ!!」
オネエさんが悲鳴をあげた。
悲鳴をあげるのはこっちだろ!? と、俺は思わず目を白黒させる。
「アアアア、アンタ! なんで男物のパンツなんて履いてるのよぉおおおお!!」
だ、だって……! 他になかったんだよ……!
オネエさんが物凄い速さで、腕や足、背中や腰回りなど次々とメジャーのような紐で測っていく。
「任せなさい、アタシに!」と言うと、仕切り板の向こう側へ消えて行った。
店の中の商品を選んでいるのだろう。ガサゴソと動いている気配がする。五分もかからないうちに、オネエさんは戻ってきた。
「アンタにはこれが似合うと思うわ! さあ、着てみて!」
渡された女服一式の中から、下着を手に取ってみる。
「…………」
……着け方がわからない。
まごついていると、オネエさんが「仕方がないわねぇ」と言いながら、後ろから手を伸ばしてきた。
「こうやって、少し前かがみになって……それから全部寄せて、そうそう」
指示どおりに身体を倒し、マシュマロみたいに柔らかい胸を下着の中に集め、整える。
「おお……!」
少し締めつけ感があるものの、ふくよかな胸がしっかり支えられている。下を見れば、自分の身体にメロンが二つ──綺麗な丸みを帯びていた。
その上から、薄水色のワンピースを着る。この色は銀髪との相性も良さそうだ。
ワンピースのスカート丈は膝上だった。足元がスースーして落ち着かない。
そう伝えると、オネエさんが追加で黒いタイツを持ってきてくれた。それを履き、最後に茶色のロングブーツを履く。
鏡に映った自分の姿を見る。
(──この服って)
剣と防具を身に着け、マントを羽織れば、女勇者のキャラクターデザインと同じ姿になるんじゃないか?
俺は、ふぅと息を吐く。
こうなることは必然なんだな……と、心のどこかで納得した。
「下着に服、靴と一式だとそこそこお値段張るけど、アンタ大丈夫?」
「それは大丈夫。これがあるから」
まとめた荷物の中から、俺は一枚のカードを取り出した。
そのカードとは、冒険者のギルドカードだ。
魔物討伐で報酬を得る者、ダンジョンのお宝を換金する者は、王族に仕える騎士や宮廷魔導師を除いて、皆ギルドに登録する。それは勇者も例外ではない。
ギルドカードには冒険者としてのランクや報酬の記録のほか、買い物にも使える機能がある。いわば、この世界のデビットカードだ。
大きな買い物のときは、キャッシュレスで支払えるので、とても便利。
長い旅路でジャラジャラと硬貨を持ち歩けば、重たいし邪魔になる。それに、お店の人も硬貨を一枚一枚数えるのは大変だろう。
「あら、アンタ冒険者だったの?」
「まぁ、駆け出しだけどね」
咄嗟に嘘をつく。なんとなく『勇者』だと言わないほうがいいと思った。
支払いを済ませた俺は、ついでとばかりにオネエさんに武器屋と防具屋の場所を聞く。どちらもここからそう遠くない場所にあるらしい。お礼を言ってから店を出た。
武器屋では、よくある量産型の剣を購入し、防具屋では胸当てと太いベルト、防炎効果のあるマントを買って羽織った。
うん。これで女勇者の完成だ。
町を出て、少し離れた場所にある小さな丘に登る。てっぺんの木陰にたどり着いた俺は、ゴロンと仰向けに寝転がった。
青い空と白い雲が目に映る。小鳥のさえずりが、どこか遠くで響いていた。
「あー……いい天気だなぁ~」
ようやく、息をつける。
目を覚ましたとき、自分の身体が女になっていた。
それに気づいてからは、仲間にバレないように急いで宿を出て、その後も何かと慌ただしかった。
両手両足を、ぐっと伸ばす。
ゆっくりと流れる雲を見つめながら、改めて考え始めた。
「……俺、なんで女になってんだろ?」
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