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38 女勇者『アルカ』


 外が薄っすらと明るくなってきた。

 夜というより早朝という表現が近い時間になってきたようだ。


 ふと、フィノが何かを思い出したらしい。何やら服の中をごそごそしている。


「──これを使いましょう」


 懐から取り出したのは、手のひらサイズの……羅針盤?

 フィノ曰く、これは神殿が保管している『魂索の針』というもので、人探しの役に立つ代物らしい。

 対象となる人物の髪の毛や爪など、身体の一部となる部分を入れると、針がその人物のいる方向を指し示すらしい。


「子どもたち、もしくは、リリアナという女性の髪の毛といったものはありませんか?」


 子どもたちの髪の毛は正直わからない。ここの孤児院は皆、基本的に雑魚寝だ。

 一人一人に割り振られた部屋というものはない。だから、拾った髪の毛が攫われた子どものものじゃない場合も十分にあり得る。

 でも、リリアナさんだったら個室がある。彼女の部屋へ行けば、髪の毛の一本くらいは落ちているかもしれない。


「ちょっと見てきます」

「お願いします」


 俺は立ち上がり、一度部屋を出た。

 リリアナさんの部屋のドアを開け、中に入る。床に這いつくばって、目を凝らす。

 薄い金色の長い髪が数本落ちていた。それを拾い上げると、俺は大部屋に戻った。



 ドアを開けると、ヴァルド、カイエル、フィノの三人が何か話し合っていた。

 俺が戻ったことに気づくと、ハッとした様子で彼らは会話を止めていた。


(……何だ?)


 三人の様子から、話の中心は自分だったんじゃないか、という気さえする。

 少しばかり気になるが、そんなことより一刻も早くリリアナさんたちのいる場所を知りたい。


「お待たせしました。これがリリアナさんの髪の毛だと思います」


 俺はフィノにリリアナさんの髪の毛を差し出した。フィノは受け取ると、髪の毛を『魂索の針』にセットする。針がクルクルと回って、ピタリと止まった。


 針が指し示す方向──それは男たちが去って行った方角にある山。


「……これはドラゴンが住み着いていると言われている山にいる、と見て間違いないでしょうね」


 フィノが答えを出す。

 俺はすぐさまにドアへ向かった。


「お待ちください。どこへ行こうというのですか?」


 背後から鋭い言葉が飛んでくる。フィノが俺に『待った』をかけてきた。


「どこって……山へ。早く助けに行かないと」

「貴女一人で、ですか? 残されている子どもたちは、どうするのですか?」


 そう言われてハッとする。そうだ。ここに残っている子どもたちは、まだ寝ている。

 彼らを置いて山へ行くにしても、せめて何か伝えてから行くべきだろう。


 俺は三人が座っている席へと戻る。ふぅと息を吐いた。落ち着け、と自分に言い聞かせる。


「ここは、私たちに任せてくださいませんか?」

「え……?」


 フィノの言葉に、俺は顔を上げる。

 フィノが立ち上がるとヴァルド、カイエルも続いて立ち上がった。


「ドラゴンを倒し、子どもたちを救出する。その役目は私たちが引き受けます」

「ああ。俺様たちなら問題ないだろ」

「ええ。そうですね。俺たちなら可能です」


 ヴァルドとカイエルはそう言うと、大部屋を出て行った。

 最後に残っていたフィノが人差し指を口に当てると、俺にウインクを寄越した。


「先日お伝えした約束、忘れないでくださいね」

「やくそく……?」


 フィノとの約束、何かしていただろうか?

 俺は首をかしげる。


『私の協力で解決したとしたら──そのとき、あなたの正体を教えていただけませんか?』


「──あ……」

「思い出していただけたようでよかったです」


 フィノはそう言うと、手をひらひらと振りながら部屋を出て行った。

 俺はあいつらの去ったドアを見つめながら、手を伸ばした姿勢のまま固まっていた。

 中途半端に上げた腕が、まるで今の俺の状態を表しているようだった。


「…………」


 ゆっくり腕を下ろし、テーブルに肘をつく。両手を顎の前で組んだ。


(本当にあいつらだけに任せていいのか……?)


 ヴァルド、カイエル、フィノは頼りになる仲間だ。ドラゴン相手に引けを取る相手ではない。

 彼らの言う通り、俺はここで待っているだけでも問題はない……だろう。


(俺は勇者の力を持っているのに……人々を守る力を持っているのに……)


 ぐるぐると頭の中を思考が駆け巡る。

 しばらくすると、ドアが開いた。ライやナギがひょっこりと顔を出し、挨拶する。


「アルカさん、おはようございます」

「おはようございます」

「あ、ああ。おはよう。もう朝か」


 朝の光が窓から差し込んでいる。部屋の中はとても明るい。

 いつの間にそんなに日が昇っていたんだ。……気づかなかった。


「ライ、ナギ。起きたばかりの二人に悪いんだけど、ちょっと買い物行ってきてくれないか? 俺、じゃなく、私……料理作れないからさ。ご飯を買ってきてほしいんだ。できれば今日と明日の分」

「オレ、簡単なものなら作れるけど……? 何か作ろうか?」

「いや、ここで調理せず食べられるものを買ってきてくれ。私も少ししたらここを出る。リリアナさんたちを助けに行くから、その間残っている皆をライとナギに見ていてほしいんだ」


 子どもたちだけで刃物や火を扱って、ケガや火事になったら大変だ。

 そのことを改めて伝えると二人は「わかった」とうなずいた。


 俺は懐から銀貨を数枚渡す。ライとナギは部屋を出て、買い物へ行く。

 彼らが出かけている間に、俺は間借りしている部屋に戻った。


 シスター服を脱ぎ、服を着替える。勇者の剣を手に取った。

 いくつかの回復薬を巾着に入れると、腰のベルトにそいつを提げた。


 チラッと窓ガラスを見る。そこに映った自分の姿は、数日ぶりに見る『女勇者』の姿だった。

 準備を整え、また大部屋に戻る。しばらくすると、ライとナギが帰ってきた。


 俺は彼らにもう一度、伝える。これから山へ向かうこと。リリアナさんたちを必ず連れ帰ること。その間、ここに残っている子どもたちをお前ら二人が見ていてほしいことを。


「わかった。ここは任せて!」


 ライがそう言うとナギもコクコクとうなずいた。

 二人の力強い返事に、俺もうなずき返す。


 孤児院を出ると、身体を前に傾ける。足先に力を入れ、地面を蹴った。

 町を出て、草原を駆ける。


 ──目指すはドラゴンがいる山。


 山の頂には厚い雲がかかっている。その重苦しい雲を見つめながら、俺は走る足のギアを一段階上げるのだった。

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