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35 子どもたちの危機


 俺とフィノは孤児院に向かって走る。

 町の中を走る〈聖人〉と〈シスター〉の姿というのは目立つらしい。


 しかし、俺たちはそんな視線を気にしている余裕はない。

 走りながら、フィノが口を開く。


「書類上、あの孤児院は閉鎖されている。あの建物には『誰もいない』ということになっているのです」

「それが、何か問題になるのか?」

「それはつまり、孤児院にいる子どもたちに『不法占拠している』と難癖をつけ、どこかに連れ去ることも可能なのですよ」

「連れ……去る?」


 俺は眉をしかめる。領主や神殿関係者が子どもたちを連れ去ったとして、一体何をするというのだろう?


「見目が良かったり、聞き分けの良さそうな子どもは神殿の元へ行くことになると思います」

「それは別にいいんじゃないのか? 孤児院はそもそも神殿の施設の一つでもあるわけだし」

「……そうですね。ただ少し気になることがあります。孤児院のことを調べている最中に、ある『噂』を聞きました。なんでもこの町の近くの山にドラゴンが住み着いているそうなんです」

「ドラゴンが!?」

「ええ。それで先日、この辺りを治めている領主や町の長が話し合いをしたそうです」


 ……嫌な予感がする。その予感は当たりそうだ。

 隣を走るフィノの顔を見れば、こいつは小さくうなずく。


「ここにいる冒険者では退治できない。ランク上位の者が来るまでの間、生贄を捧げようということになったらしいですよ」

「──っ!?」


「あくまで噂、ですけどね」とフィノは付け加える。しかし、こいつのことだ。かなり信憑性の高い『噂』を口にしているんだろう。


「私が思うに、孤児院を閉鎖し、子どもたちは隣町の孤児院へと移ったと報告して、王家からの支援金の一部を領主様と神殿が懐に入れていたと考えます。きっと隣町の孤児院の院長は、先ほどの神殿長の息がかかっているのでしょう」

「…………」

「それがアルカさん。あなたがやんごとなき方へ手紙を送ったことで、何かしらの連絡が彼らの元に入った。万が一のことを考えて、王都から調査団が派遣される前に『生贄』と称してある程度処分しよう──こんなところじゃないでしょうか」

「随分と詳しいんだな……」

「長いこといると、こういう経験は一度や二度じゃないものでして」


 ニッコリとフィノが笑う。その微笑みは、いつもの胡散臭い笑顔じゃなく、どこか哀愁を漂わせていた。


「そんな内情を話してよかったのか?」

「貴女は神殿(こちら)側の人間でしょう? それに……なんでしょうね。喋ってしまったのは、貴女がどこか私の知人に似ているからかもしれません」


 ドキッと心臓が跳ねる。

 その知人って……もしかして……。


「急ぎましょう。とにかく、一度町の外に出ましょう」

「──わかった」


 そうだ。今は孤児院の子どもたちとリリアナさんが最優先だ。

 地面を蹴る足に力を込める。俺は走る速度を一段階上げた。



 **



「リリアナさんっ!」


 俺は孤児院のドアを開けながら、彼女の名前を呼ぶ。

 奥からパタパタと足音が聞こえてきた。


「アルカさん? おかえりなさい、お早いで──」

「今すぐ子どもたちを集めて、ここを離れて!」


 彼女の言葉を遮って、俺は「逃げろ」と伝える。

 突然そんなことを言われて、はいそうですか、と納得してすぐに動いてくれる人なんていない。

 やはりと言うべきか、リリアナさんは首をかしげ、「なぜ?」とアピールしている。


「詳しい理由は後で話します。今は子どもたちを集めて、できるだけ早くここから逃げてくださいっ!」


 彼女の腕を掴み、俺はもう一度同じことを伝える。

 俺の剣幕に圧倒されたのか、リリアナさんはコクコクとうなずいた。彼女は廊下をパタパタと走って、子どもたちがいる部屋へ向かって行った。


 俺はフィノと一緒に中庭に出る。畑仕事をしている子どもたちを集めた。

 リリアナさんも部屋にいる子どもたちを集め終わったらしく、中庭にやってきた。全員揃っているか確認する。


 とりあえず、子どもたちには今から外に散歩に行くと伝えた。

 町の外で身体を動かそう──なんて、それっぽい理由を付け加えて。


(よし。間に合った────っ!?)


 周囲の気配を探る。複数の大人がもうすぐそこまで迫っていた。

 まずいっ……間に合わなかったか……!?


 この場をどう打開するか考える。しかし、すぐに良案は思い浮かばなかった。


「──私が行きましょう」


 俺の考えを読んだように、フィノが前に出る。

 孤児院の出入り口に向かって歩き出した。

 フィノは振り返ってチラッと俺を見ると、クイッと軽く顎をしゃくった。

 俺はハッとして、小さくうなずく。


(時間稼ぎをするからその間に行け、ってことか)


 確かに、ここにいる中で一番足止めとして効果を発揮しそうな人物は、〈聖人〉であるフィノだろう。

 リリアナさんでは、「小娘が」と侮られるだろうし、俺に至ってはそもそもシスターでもない。


「リリアナさん、孤児院の出入り口はあそこだけですか? 裏手から出る方法はありませんか?」

「あっ、あります……!」

「案内してください」

「わかりました!」


 リリアナさんが先頭になって、孤児院の裏手に進む。

 俺は一番最後に立ち、自分の背後を確認していた。


 フィノの足止めは成功しているようだ。彼らが動く気配は今のところ感じなかった。



 孤児院を全員で脱出し、町中をぞろぞろと歩く。

 町の出入り口に向かい、外へ出たとき──町の外壁に背中を預けている男が数人いた。


「あれ? ガキンチョとシスター? おっさんたち連れてくるの、はえーな」

「あー? もう来たのか、もうちょっと休憩できると思ったのによ」


(なんだこいつらは!?)


 男が五人こちらへ近づいてくる。その見た目と顔の表情から、素行の悪さが垣間見えた。

 彼らの先ほどのセリフから察するに、子どもたちの連れ去りを依頼された下っ端の冒険者か何か、といったところだろうか?


「おい! お前ら! お前たちはこっちに来るんだ!!」


 ガラガラとしたダミ声で怒鳴られるように声を掛けられた子どもたちは、ビクッと身体を震わせた。

 一難去ってまた一難とはこのことか。


「おい、シスターって二人だったか?」

「あ? 知らねぇ……にしても、なかなか可愛いじゃねぇか?」

「一人多いってんなら……どっちか俺たちが貰っても構わないだろ?」


 男たちがニタニタといやらしい笑みを浮かべながら、そう口にする。

 俺は怯えるリリアナさんと子どもたちの前にすっと出た。


(勇者の剣は今、ここにはない)


 右腕を伸ばし、軽く肘を曲げる。

 左腕はぐっと脇を締め、ボクシングのようなファイティングポーズを取り、構えた。


「──彼女たちに、指一本触れさせはしない」

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