33 王妃様からの手紙
『その町に孤児院はないはずです』
一体どういうことなんだ……?
王妃様からの手紙にもう一度目を通す。
書かれている内容は、何度読んでも同じだった。
「どうしたのですか?」
俺の横にいるフィノが声をかけてくるが、返事をする余裕もない。
ただただ、驚き固まっていることしかできなかった。
(孤児院がない……? でも、数か月前までは支援金は届いていたはずだ。リリアナさんの話だと、そのはずなんだ)
「…………」
顔を上げると、〈聖人〉のフィノと目が合った。
琥珀色のその瞳を、俺は見つめ返した。
(こいつなら、王妃様の言っている『孤児院はない』の意味がわかるかもしれない……)
フィノは神殿の関係者だから。何か知っているかも。
(でも……接触は避けたい)
エロエロエンドが脳裏に浮かぶ。
ここで関りを持つことは危険だと頭の中で警笛が鳴る。
(バカ野郎……! 孤児院の子どもたちやリリアナさんの未来を考えたら、多少の綱渡りはすべきだろ……!)
己の心に喝を入れる。
ふぅと一呼吸ついてから、俺はフィノに向かって王妃様からの手紙を差し出した。
「……これを読んでいただけませんか」
フィノは手紙を受け取ると、目を見開いた。
手紙に押してあった封蝋が王家のものだったからだろう。
内容に目を通したフィノが顔を上げる。
俺はそのタイミングで口を開いた。
「聖人様でしたら、ここに書かれた内容の意味がわかりますか?」
「そうですね。大体の見当はつきますが、その話を続けるには、ここは場所が悪すぎます。どこか落ち着ける場所に移動しませんか?」
「あっ、はい。そうですね」
ギルド内にいる冒険者たちからの視線は痛いままだ。
彼らの目は「早く出ていけ」と言っていた。
俺たちはギルドを出る。フィノが「この先に広場があるので、そこへ行きましょう」と言ってきた。
案内されるまま、あとをついて行き、町の小さな広場へ到着すると、俺たちは木陰になっている場所へ腰を下ろした。
「もう一度、先ほどの手紙を見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
俺は王妃様からもらった手紙をフィノに渡す。
フィノは手紙を開いて、もう一度その内容を確認していた。
「この町には孤児院がない――あなたが知りたいのは、このことで間違いないですか?」
「そうです。この町には孤児院はあるのに、なぜそんな風に書かれているのか、まったく見当もつかなくて……。数か月前までは、孤児院へ支援金が届いていたはずなんです。今回、支援金が届いておらず、それでどうなっているのか知りたくて手紙を出したら、このようなお返事でした」
「なるほど。そうですね……」
フィノが黙った。顎に手を添え、考え事をしているようだった。
俺はただその答えをじっと待っている。
広場に向かって歩いている間、俺自身も考えてみたが、『わからない』以外の答えが何も出せなかったんだ。
「今、私がここで憶測だけでモノを言うわけにもいきません。こちらでも一度調べてみます。少々、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「……え?」
フィノの口から答えが聞けると期待していた俺は、目をぱちくりさせる。
憶測でもいいから、こいつの考えを聞いてみたかったんだが……。
そんな考えが顔に出ていたのだろうか?
フィノはニッコリと笑って、それはダメだと牽制してきた。
「何しろ、やんごとなき方が絡んでいる案件です。おいそれと推測だけで語るにはいかないのですよ」
「それも……そうか」
言われてみれば確かに。それで、早とちりした俺が間違った行動を取ったら目も当てられないか。
俺はポロリと素を漏らしていた。けれど、そのことにはフィノも気づいていないようだった。
フィノがじっと俺のことを見つめてくる。琥珀色の瞳が、何かを探っている――そんな気がした。
ちょっとだけ後ろにずり下がる。下がった分だけ、フィノが俺に近づいた。
「……何ですか?」
「いえ、ちょっと貴女のことに興味がありまして」
「ええ……?」
「仮に、今回の支援金問題が私の協力で解決したとしたら――そのとき、あなたの正体を教えていただけませんか?」
ぎくーっ! ぎくぎくっ!
正体って!? どっどどど、どういうこと!?
口から漏れそうになった言葉を堪える。
「ギルドと神殿が対立していることを知らない新人のシスターが、なぜ王妃様と手紙を交わすことができたのか、その秘密を報酬として教えていただいても?」
フィノの言葉に、ほっと安堵する。アルスだとバレたわけじゃないらしい。
いや、でも、これはこれで困る問題ではあるんだけど。
「そういうことですか……わかりました」
「ありがとうございます。では、契約成立ということですね」
フィノが右手を差し出してきた。
俺も手を差し出し、その手を握る。
握手を交わしたとき、広場に風が吹いた。
ふわりと花のような、ほのかに甘い香りが鼻をくすぐった。
……それは、フィノの香りだった。




