31 仲間との再会②
「──すみません。ちょっと知人を思い出したもので」
「……へ?」
カイエルの謝罪の言葉に、俺は顔を上げる。
「女性に向かって『アルス』だなんて……俺は何を言ってるんだ」
カイエルは口元に手を当てながら、ぼそりとつぶやく。
そのつぶやきは、俺の耳にも届いていた。
(これは、つまり? 察するに……バレていないのでは?)
ゴクリと喉を鳴らす。バレていないのなら、ボロが出る前にこの場を立ち去りたい。
まるで俺の考えていることを読んだように、ギルドの扉がギィ……と小さく開く。隙間からひょっこりと顔を出したのは、ライだった。
「……アルカさん?」
控え目がちに、ライが俺の名を呼ぶ。
俺は『助け船ナイス!』と心の中でガッツポーズしつつ、ライに向かって小さくうなずいた。
「あのっ! すみません、助けていただきありがとうございましたっ!」
カイエルに向かって軽く会釈をして、ギルドを出る。
このときの俺は、バレていないことに安心しきっており気づいていなかった。
扉が閉まる直前──小さな声で「……可憐だ」と囁かれていたことも。
妙にあいつの頬が色づいていたことも。
「アルカさん……あの人……」
「ん~? どうした?」
俺の隣を歩くライが、眉をしかめている。
「さっきの、あの男の人。あの人、アルカさんのこと──……いえ、何でもないです」
「言いかけて、やめられると気になるんだが!?」
「たぶん、オレの気のせいだと思うので、大丈夫です」
「本当かよ……」
あの人っていうのは、カイエルのことだろうか?
俺に襲い掛かかろうとしていた冒険者二人ではないと思う。
(うう……気になる……)
少し時間を置いて、ライに何を言いかけたのかと問いかけてみた。
しかし、ライは「何でもないです」と言って、教えてくれなかった。
もう一度トライしてみたが、「アルカさんは、あの人のことが気になるんですか?」と逆に問われてしまい、俺はカイエルのことを話題に出すことを止めた。
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「せっかくここまで来たんだし、リリアナさんとチビどもにお土産でも買って帰るか~!」
「はいっ!」
せっかくギルドまで出向いたので、孤児院に帰る前に商店街で少し買い物していこう。
果物でも買うかなんて話をしながら、俺たちは店に向かう。
それにしても、今日は随分と人が多いな。大きな町でもないのに、通りに人が溢れ返っている。
キャーキャーと女の人の黄色い声が聞こえた。何をそんなに盛り上がっているんだろう?
「なぁ、ライ。今日この町で何かやってるのか? めちゃくちゃ人がいるけど」
「オレもこんなの初めてです。何だろう?」
(……気になるな)
「すみません」と言いながら、俺は人と人の合間を縫っていく。
人が集まっている中心に何があるのか気になってしまった。
スイスイと進んでいき、ようやく集団の中心にたどり着く。
最前列の人の頭と頭の間から、そっと覗き込んでみた。
「──げっ」
人垣の中心にいたのは、人だった。
燃えるような赤い髪と絹のような白い髪を持つ、二人の男──ヴァルドとフィノだ。
「こんな町に聖人様が、ありがたや。ありがたや」
「はぁ~……ヴァルド様かっこいい……」
(そうだ。カイエルがこの町にいるのなら、この二人がここにいてもおかしくなかった……!)
俺はサイドの髪を両手で引っ張り、顎の下まで持ってくる。顔を隠せるわけじゃないのに、隠したい気持ちが行動になって出ていた。
くるっと踵を返す。あの二人に気を配りながら、そっと来た道を戻ることにした。
「アルカさん! 待って!」
後を追ってくるライが大きな声を出す。俺は思わず「シーッ!」と人差し指を口あてた。
「えっ、どうしたんですか?」
「あ、いや。その、ちょっと色々あって?」
「??」
「……ライ。急いで孤児院に帰ろう」
「えっ……?」
「お土産はまた今度にしよう!」
そう言うと、俺は早足でこの場を離れる。
「待ってください」と追いかけるライを振り切るように、サカサカと歩いた。
人がまばらになったところで、ようやく後ろを振り返る。
──あいつらが追ってくる気配はなし。
俺は、ほっと息を吐いた。
(あの二人にはこの姿で一度、遭遇してるからな。もし、覚えられてたら面倒くさいことになってたかもしれない)
ヴァルドやフィノが「運命の再会だ」とか言ってくる姿を想像して、俺は身体がブルッと震える。
あり得そうだ……! と怖くなった。二の腕をすりすりとさする。
あいつらはこの町に何をしに来たんだろう?
数日、滞在する予定なんだろうか?
(王妃様への手紙の返事は、明日も確認しに行きたいけど……どうしよう)
商店街へのお使いと違って、誰かに頼むこともできない。
良い案が思い浮かばないまま、孤児院へ帰ってきた。
廊下をパタパタと走る音がする。リリアナさんがこちらに向かってきた。
「おかえりなさい……って、どうしたんですか?」
「どうした、とは……?」
「何やら、お顔が沈んでいるようですけど……」
「ふぇっ?」
思わず両手で顔を触ってしまう。表情なんて、自分じゃ分からないのに。
「何かお悩みでしたら、私でよければお話を聞きましょうか?」
彼女の言葉に、俺は「実は……」と打ち明ける。
知り合いがこの町に来ていること。しかし、自分がここにいることはバレたくないことを。
リリアナさんは眉を寄せ、真剣な顔つきで俺の話を聞いている。
彼女は両手を胸の前で合わせ、ぎゅうっと力強く握りしめた。
「アルカさんお綺麗ですし……もしかして、付きまといでは? ああ~! きっとそうですよ!」
「付きまといではないと思うんですけど、何て言うか~……」
「私にいい考えがあります! アルカさん、ちょっとお部屋で待っていてください!」
リリアナさんはそう言うと、廊下をパタパタと走って去って行く。
俺はライと顔を見合わせた。ライならリリアナさんの考えとやらが分かるかと思ったが、彼も首をかしげるだけだった。
彼女に言われた通り、部屋へ戻って、リリアナさんが来るのを待つ。
トントンとドアを叩く音がして、「失礼します」という声が続いた。
「アルカさん、お待たせしました! これを使ってください!」
「これって……」
リリアナさんの手に握られていたのは黒い服。
それは、彼女自身が着ているのと同じ──シスター服だった。




