29 ギルドと買い出しと変化
「それじゃあ、二人ともよろしく。商店街に行く前に、ちょっと先にギルドに行くから」
「……はい」
「…………」
リリアナさんに頼んでいた年上の子――ライとナギに声を掛け、俺は孤児院を出る。ライは、昨日男に手を踏まれた少年だった。二人とも年齢は十二、三といったところだろうか?
「えーっと……ギルドは……」
「……こっちです」
町の中央付近までやってきて、周囲を見回す。ギルドのある方を探していたら、ライが教えてくれた。俺は「ありがとう」と言って、そちらへ向かう。
しばらく歩くと、ギルドへ到着した。
ギィ……と軋む扉を開け、中に入る。
中にいた冒険者たちが一斉にこっちを見た。筋肉隆々で迫力のある人ばかりだ。
後ろにいた少年たちが、ビクッとした気配を感じた。冒険者の迫力に圧倒されたらしい。振り返って「大丈夫だ」と二人に声をかけた。
俺はスタスタと歩き、ギルドの受付嬢の元へ行く。
「すみませ~ん! 魔石の換金お願いします!」
「は、はい……?」
受付嬢が目をぱちくりさせている。
彼女の顔に「魔石?」と書いてあった。
こう言っては何だが、俺は見た目はただの“美少女”だ。
そんな美少女の口から「魔石の換金」という言葉が出てきたら……うん。俺も驚くかもしれない。
俺は腰に下げた巾着の中から、宝石を一つ取り出す。
クラッグボアの魔石だ。赤く輝く魔石をコトッと机に置くと、受付嬢が目を見開く。俺の顔と魔石を交互に見た。
「あの~換金をお願いしても?」
「あっ、えっ? は、はいっ!」
受付嬢は慌てて手袋を着けた。それから魔石を手に取り、卓上にある測定器にかけ、色や純度などを調べ出した。
測定器が表した数字を元に、金額を算出する。
提示された数字を見て、俺はうなずき、ギルドカードを提示した。
ギルドカードにお金がチャージされる。
換金が終わると、俺は荷物の中から一通の手紙を取り出した。
「すみません、それとこれもお願いします」
「これは……」
受付嬢がゴクリと喉を鳴らす。俺が差し出した手紙は真っ青な色をしていた。
その手紙に施してあった封蝋は特別な紋章が刻まれている。
王家への直通連絡――俺から王妃様に宛てた手紙だ。
「あの――」
「お願いしますね」
何か言いたげな彼女の言葉を遮り、俺は受付から離れる。
壁際に寄って、大人しく待っていたライとナギを手招きし、『行こう』と促した。
「おっと、嬢ちゃん。ちょいと待ちな」
ギルドを出ようとして、ガタイのいい男たちに立ちふさがれる。
外へ出たいのに、扉の前に立たれてしまった。
「何ですか?」
「なぁ。後ろの小僧なんかより、オレたちと組まないか? 分け前は半々。悪い条件じゃないだろ?」
「はぁ……?」
(何だこいつら……突然、どういうつもりだ?)
彼らは、「はぁ?」と言った俺の言葉を「はい」と聞き間違えたのか、はなから話を聞いていないのか、勝手に話を進める。
「よし! 今からオレたちは仲間だ。お前さん、今どれくらい魔石を持ってる? ちょっと見せてくれや」
一方的に“仲間”扱いしてきた上に、既に俺が持っている魔石を半々にしようっていうのだろうか? 正直こちらには、何のメリットもない。
男の腕がこちらに伸びてきた――瞬間、俺は息を吸い込む。
「ふんっ!!」
伸びてきた腕をそのままひねり上げ、男の身体を勢いよく床に叩きつけた。
「あだだだだっ!」
「――てめぇ!!」
もう一人の男が襲いかかってくる。俺は高く飛び、宙返りでその手を避けた。
宙に浮いた足が天井に触れる。膝を曲げ、勢いよく天井を蹴ると、俺は身体を捻りながら男の頭にかかと落としを叩き込んだ。
ズズンと重い音が響き、ギルドの床が大きく揺れる。
俺は着地したあと、両手をパンパンと叩いた。ふぅ、と息を吐いて、後ろを振り返る。
『おいで』とライとナギに合図を送った。
彼らはおずおずとしながらも、俺の指示通り、こちらへやってきた。
「それじゃ、行こうか」
「……はいっ!」
「…………!」
孤児院を出るときにもやったやり取りだな、と思い出す。
でも、あの時と違って、彼らの返事はどこかイキイキとしていた。
「えーっと、こんなもんか……?」
少年らも俺も大きな紙袋を抱えている。
重そうな根菜類は俺が持ち、他のものは二人に任せた。
これだけあれば、数日は持つだろうか?
足りなさそうだったら、ちょっと配達も可能かどうか、お店に尋ねてみるのもいいかもしれない。
紙袋が視界を埋め尽くしている。
俺は袋の横から顔を出した。前方の視界を確保しながら、孤児院に向かって歩いて行く。
腕の痺れを感じながら、ちょっと買いすぎたかな、なんて思っていた。
**
「うう……面目ない……」
孤児院に戻ると、リリアナさんが早速、夕食の下準備をしようと作業に取りかかる。俺も「手伝う」と言って立候補した。
よく考えてみたら、前世でも料理らしい料理を作った経験はほぼない。前世の便利な道具――ピーラーがなければ、ジャガイモのような芋の皮を薄く剥くことなんてできなかった。
はぁ……と深い息を吐く。肩を落とす。
リリアナさんから優しい言葉を掛けられたが、戦力になるどころか足を引っ張っていることは明白だ。……邪魔者は大人しく立ち去ることにしよう。
俺は気落ちしたまま、洗い場をあとにした。
廊下を歩いていると、孤児院の中庭で畑仕事をしている子どもたちの姿が見えた。
料理は戦力外だったが、畑仕事なら手伝えるだろうと考えた俺は、中庭に出る。子どもたちの輪に加わった。
ちびっこと一緒になって土を掘り返す。しばらくやっていたら身体が固まったらしい。身体を真っ直ぐに起こそうとしたら、思わず「いてて」という言葉が口から出た。
(少し休憩するかぁ~)
なんて考えていると、後ろから声をかけられた。
「あのっ……!」
「ん……? ライか。さっきは荷物持ち手伝ってくれてありがとな!」
振り返ってみると後ろに立っていたのは、先ほど荷物持ちをしてくれた二人だった。
「あの……アルカさん、お願いしたいことがあって」
「なんだ? どうした?」
「その、よかったら……なんですけど」
下を向いて、聞き取れるか聞き取れないかギリギリのラインの音量で、ライが喋る。
黙った――と思ったら、ガバッと顔を上げ、目を合わせてきた。
「オレたちに稽古をつけてくれませんかっ!?」
考えてもみなかったお願いに、俺は一瞬だけ返す言葉が詰まる。
「……稽古?」
「ギルドでっ! 自分より大きくて強そうな人を軽々と倒してて……かっこよかったです!」
「ああ、あれかぁ」
「オレも、あんな風に強くなりたい! 誰かを守れるくらい……リリアナ姉ちゃんを守れるくらいに!」
ライの目がキラキラと輝いている。
ナギもこちらを見ながら、コクコクと強くうなずいていた。
自分のやれることを、目標を見つけた――と彼らの瞳が語る。
町へ買い出しに行くときは、こんな目をしていなかった。
あのときは、どちらかといえば毎日をただやり過ごすだけの、光のない目をしていた。
「いいよ。教えてやる。ただ、教えると言っても数日間だけになると思うが、それでも構わないか?」
「うん!」
数日間――つまり、王妃様への手紙の返事を待つ間だけ。
「それでっ! オレは何すればいい!?」
「待て待て! まずは畑仕事を終わらせてからだ」
キラキラの瞳が「今すぐ教えてくれ」とグイグイ近づいてきた。
俺はストップをかけ、中途半端に手をつけたままの畑を、まずは終わらせようと告げる。
すると、二人はすぐに畑仕事に戻って行った。休憩返上で作業を終わらせたいようだ。俺はクスッと笑った。仕方がないなぁと思いながら、俺も畑仕事に戻る。
畑仕事を終え、改めて少年が「教えてほしい」と俺の元へやってきた。
……なぜか教えを乞う子どもの数が増えていた。
(えーと……畑仕事してた子どもたち、全員じゃないか? これ……)
「「アルカさん、よろしくお願いします!」」
「……おう」
まずは柔軟体操を教えた。
怪我をしないようにすることが一番大切だぞ、と伝えて。
「「いっちにー、さんしー」」
子どもたちが掛け声をかけながら、身体を動かしている。
俺はそれをじっと見つめていた。
彼らの瞳の中に力強い何かの芽吹きを感じて、気づけば俺の頬は自然と緩んでいたのだった。




