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02 少年


「うぅ……腹いっぱいだ」


 せっかくおまけしてもらったというのに、串焼き一本で俺の腹は満たされてしまった。

 余った串焼きを見つめながら、空いた手で自分の腹をさする。


 これ、どうしようか?

 誰かもらってくれる人とか……いないかな?


 キョロキョロと辺りを見回す。町の広場にいるのはカップルくらいだ。

 あとは屋台の準備をしているおじさんやおばさんたちが目に入る。


(……ん?)


 手を繋いで歩いているカップルに、ドンッとぶつかった子どもがいる。

 いや、あれはわざとぶつかりに行ったんだ。

 その証拠に、小さな手には、いつの間にか小さな巾着が握られている。


「あー……」


 俺は立ち上がると、腹をさすった手で、今度はお尻をはたいた。

 ふぅ、と息を吐き、身体を少しだけ前に倒す。足先に力を入れて──地面を蹴った。

 一瞬で子どもに追いつく。首根っこを掴んで、グンッと宙に持ち上げた。


「はい、そこのボク。盗ったものは返そうねっ」

「なっ──!?」


 子どもが空中で足をジタバタさせる。何が起きたのか、わからないという顔をしていた。握りしめていた巾着が地面に落ち、チャリッと硬貨が音を立てる。


「泥棒はダメだぞ」

「なんだお前!? 放せっ! 放せよ!」


 子どもの訴えを無視して、俺は金を盗られたカップルに声をかける。

 両手が塞がっているので、申し訳ないが自分たちで巾着を拾ってもらった。


 金を盗まれたのは女性だったようで、俺に向かって何度もお礼の言葉を告げてくる。

 俺は「いえいえ」と返し、カップルが去った後、もう一度子どもの顔を見て、同じことを言った。


「泥棒はダメ! だぞ!」

「いい加減放せよ! ……っ、んだよ!? このっ……クソババア!」


 く、くそババア!?

 反省の「は」の字も見えない子どもに、カチンときた。


「──黙れ小僧」


 俺は低く、底冷えする声でそう言うと、大人げもなく手に持っていた串焼きを子どもの口に突っ込んだ。


「ふぐっ!? ふ……ぐ……」


 俺をにらんでいた目が、とろんと一瞬垂れ下がる。その後でカッと目を見開いた。

 子どもは串焼きの串を手に持ち、ガツガツと食べ始める。


 飢えた動物みたいに串焼きに食らいつく姿。

 ゴワゴワの髪に薄汚れた肌、あちこちが擦り切れたボロボロの服。


 俺は、この子どもが今置かれている状況を何となく察した。


 あっという間に串焼きをペロリと平らげる。子どもは手についたタレをペロペロと舐めた。それから、自分の服で舐めた指を拭うと、こっちを見てニカッと笑った。


「食いもん、あんがと! あ、ちなみに返せって言っても返せないからな!」

「それは別にいい。こっちも食い切れなくて困っていたから」

「ええー、なんだそれ? 金もったいな! そんな余裕があるなら、おいらにくれよ」


 子どもは悪びれることなく、片手を俺に向かって差し出す。

 小さな手が欲しているのは、金か食い物か? そのどちらかわからないが、俺はその手をペンッと叩いた。


「恵んでやれるほどの余裕はない。これはおまけで貰ったんだ。ただ、ちょっと多くて全部は食えなかったんだよ」

「へぇ~いいなぁ。女だったらそんなこともあるのか。あーあ! おいらも女だったらよかったのに」

「……ん? どういうことだ?」

「綺麗な女の人だから、おまけしてくれたんだろ? 屋台のおっさん」


 子どもに指摘されて、ようやく屋台のオヤジがなぜおまけしてくれたのか理解した。


 穏やかな風が頬を撫でる。柔らかな銀髪も風に揺れ、サラサラと頬をかすめた。

 長い髪が思い出させる──そういえば、今の自分は“女”だったのだと。


「そんじゃ、おいらはそろそろ……じゃーな! 串焼きねーちゃん」


 子どもはそう言って、きびすを返す。

 俺はその小さな肩をガシッと掴んだ。


 大事な話はまだ終わっていない。

 このまま彼を逃がせば、また同じことを繰り返し、いつか捕まって痛い目を見るだろう。


 自業自得──一言で片づけるには、この子どもは幼すぎる。せめて勇者(おとな)として、彼に何かできることはないだろうか……と、そんなことを考えた。


「ちょっと待て。さっきの返事を聞いていない」

「なんだよ。さっきの返事って?」

「泥棒はダメだ。はい、復唱!」

「ええ……? なんなの……?」

「泥棒はダメ!!」

「ど、どろぼうはダメ!」


 こんなことを言ったところで、少年はまた同じことをするかもしれない。それでも、『悪いこと』だとわかっていれば、いつか自分で止まれる時が来るかもしれない。


 中途半端な善意はタチが悪い──そんなことはわかっているが、まだ悪に染まり切っていない彼に手を伸ばさずにはいられなかった。


「よしっ!」


 そう言って、子どもの頭をヨシヨシと撫でる。

 少年はポカンと口を開けていた。


 俺は懐から巾着を取り出し、その中から銀貨を一枚、彼に向かってピンッと弾き投げる。

 少年はそれを受け取ると、俺の顔と硬貨を何度も往復させた。


「お前に一つ仕事を頼みたい。この町で女物の服を扱ってる店がある場所を知りたいんだ。そこまで案内してくれないか? 無事に案内できたら、成功報酬でもう一枚くれてやる。どうだ? 悪い仕事じゃないだろ?」


 腰に手を当て、にっこり笑ってそう告げる。

 カッコよく決めたかったのに、ブカブカの男物のズボンがずるっと下がってきた。


 俺は慌ててそれを引き上げる。

 うう……カッコつかないったら、ありゃしない。


 ぷはっと子どもが吹き出す。

 あはは、と声をあげて笑った。


 その顔は屈託くったくのない、とてもいい笑顔だった。

 少年の笑顔につられて、俺も思わず笑ってしまった。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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