27 子どもたちとシスター
村を出て三日。
俺はようやく次の町へたどり着いた。
「まずは宿を確保するか」
野宿続きだったので風呂に入りたい。
俺は簡易風呂のある宿を探しながら、町の通りを歩いていた。
にぎやかな人の流れの中、突然、怒号が響く。
「──待てぇ!! このクソガキどもが!!」
振り返ると、大人の男たちが子どもたちを追いかけていた。
子どもたちは、両手に抱えきれないほどの食べ物を持って走っていた。
追いかけている男たちは皆、エプロンや白い帽子を身に着けており、商店街で飲食を営んでいる人たちに見えた。
一目で、子どもらが店の食べ物を盗んだのだと察した。
俺が女の姿になった日に、広場でカップルにぶつかって、金を盗んでいた少年を思い出す。
今、目の前で逃げている子どもたちの姿からも、空腹なのは明らかだった。
だが──だからといって、盗みが許されるわけじゃない。
ふぅと俺は息を吐く。
子どもたちの前に出て、立ちふさがるべきかと考えていた。
「捕まえたぞ!!」
男の一人が子どもに追いついた。
他の子どもらも追いつかれ、男たちに囲まれている。
「店のものを盗むなんて、ふてぇガキだ!」
白い帽子を被った恰幅のいい男が、少年の顔を殴る。少年は殴られた勢いで地面に倒れた。
手に抱えていた食べ物も一緒に転がり落ち、殴られた彼は落ちた食べ物をかき集めている。
「あぐっ……!」
少年の手を男が踏みつけた。グリグリと足を動かし、彼の手がどうなっても構わないと思っているようだった。
他の男たちも子どもを殴り、食べ物を奪い返している。小さな子は、その場で「うえぇえええん」と泣き出した。
(盗んだほうが悪いことは明白だが、いくら何でもやりすぎだ……!)
男たちを止めようと前に出る──そのとき、俺の横を黒い服に身を包んだ女性が通り過ぎて行った。
「待ってください……!」
その女性が、子どもたちと男たちの間に割って入る。
手を踏みつけられていた少年を抱きしめていた。
「すみません! ごめんなさい……! もうこのようなことはしないように、言い聞かせますから!」
子どもの頭を抱えたまま、彼女は肩を震わせながら頭を下げ続けていた。必死に許しを乞うている。しかし、女性が謝り倒しても、男たちの怒りは収まらないようだった。
「そう言って、これで何度目だぁ!? シスターさんよ!」
「すみません、すみません……!」
「孤児院では、食べ物は盗めって教えてるのか!?」
「違います! 本当にごめんなさいっ!」
彼らの会話から、女性が孤児院のシスターで、子どもたちが孤児であることがわかった。手を踏まれても子どもが食べ物を手放そうとしなかったことから、食事に困っている背景が読み取れる。
(…………)
シスターが現れたことで、俺は自分がどうすべきか考えていた。
俺はこの町に立ち寄った、ただの旅人だ。ずっとこの地で生活をしている住人ではない。
突然、ふらりとやってきた人間が町の住人の問題に、首を突っ込むことは、あまりいいことではないだろう。
(彼女が謝ることで、この場が収まるのなら……横から口を出さない方が賢明か)
少し離れたところで俺は見守ることに決める。
通りを歩いている人たちも、足を止めて彼らの様子を伺っていた。
「もしかして、シスター。あんたが盗ってこいって言ってるんじゃないのか?」
「なっ!? わ、私はそんなことして──」
「あんたがこいつらの保護者だっていうなら、責任は取ってくれるんだよなぁ?」
白い帽子の男が、他の二人を見る。
彼らも帽子の男に「うん」とうなずいていた。
「責任、ですか……?」
「ああ。責任だ」
男たちのまとう空気が変わった。彼らの目には、欲望とも嫌悪ともつかぬ、粘つくような不快さがにじんでいた。
男がシスターの腕を掴んで、引っ張り上げる。
シスター服の上からでも彼女の体をまさぐるような視線を向け、じっと見つめたと思ったら、引きずるように彼女をどこかへ連れて行こうとしていた。
(……あの《《目》》を俺は知っている)
女の姿になってから、あのいやらしい視線に異様に敏感になった気がする。
背筋がざわつく。……この前の村でもそうだった。
「──ちょっと待ってください」
俺は男の行く手をふさぐように一歩踏み出した。
「彼女に責任を取らせるって──何をさせようって言うんですか?」
「……お前には関係ないだろう」
男はバツが悪いのか、目を合わせずに答える。
やましいことを考えています、と白状しているようなものだった。
俺は巾着の中から金貨を一枚取り出す。
男の胸を叩くように、その金貨を押しつけた。
「子どもたちが盗ったものを買い取ります。これで足りますか?」
責任を取らせる、つまり、性的なことを考えている──ということは察せたとしても、現時点では彼らは何もやっていない。
問い詰めたところで、知らぬ存ぜぬを通されて終わりになるし、言いがかりだと言われ、下手をすれば俺が悪者扱いされかねない。
(かといって、何かが起きてからでは遅い)
この場を収めるのに有効なものはきっと『金』──子どもたちが盗んだ食べ物の金額にさらに上乗せしたものを彼に渡した。
手渡された硬貨を見た男は目を見開く。きっと店の一日の売上よりも多いだろう。
他の男たちも白い帽子の男の手にある硬貨を見る。「おい」と互いに肘をついていた。
彼らを納得させることができる金額ではあったらしい。シスターに向かって「しっかり教育しとけよ」と言うと、彼らは去って行った。
男たちの去って行く背中を見ながら、俺は、ほっと息を吐く。
背中から「あの……」と可愛らしい声が聞こえた。
「あのっ、助けていただきありがとうございました」
振り返ると、シスターの碧い瞳が真っすぐこちらを見つめていた。




