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24 旅立ち



『さあ、君の──を見せてくれ』




「──ゃ……めろ……!!」


 ハッとして、目を見開く。

 暗闇に包まれた世界が、色を取り戻していく。


 ドクドクと脈打つ心臓が痛い。目が覚める直前まで見ていたものは『夢』なのだとわかっていても、『夢』を見ている間は、それを認識できない。


 悪夢とも呼べるそれは、何度も何度も繰り返されて、身体よりも心が疲弊ひへいしていた。

 

「あー……だるい……」


 起き上がって、額に手を当てる。額は汗でじっとりと濡れていた。

 首にも髪が張りついて、ちょっとだけ気持ち悪い。俺は着ていた服の袖で汗を拭った。


 コンコン──控え目なノック音が響く。ドアがそっと開くとミラさんが顔を出した。


「おはようございます、お姉さま」

「おはよう。ミラさん」


 俺は立ち上がって、ドアに向かう。ミラさんと一緒に階段を下りた。


「お姉さま、大丈夫ですか?」

「ん? なに?」

「何だか、顔色が悪いような……」

「……昨日の魔物との戦いの疲れが残ってるのかも、ね?」

「あっ! そ、そうですよね。やだ、私ったら」


 ミラさんは両手で頬を挟んで、もうやだ、ともう一度繰り返した。

 俺はそんな彼女を見て、思わずクスッと笑った。


 クラッグボアとの戦いの疲れは、ほとんど残っていなかった。

 どちらかといえば、起きる直前まで続いた『悪夢』のせいで、心がぐったりしていた。


(まぁ、わざわざ言わなくていいことだし)


 俺は食堂のテーブルに着く。

 ミラさんは厨房にいるオヤジさんの元へ行くと、両手にお皿を持ってやってきた。


「お姉さま、どうぞ」

「ありがとう。今日も美味しそうだ」


 素材の味を活かしたオヤジさんの料理に舌鼓を打つ。ほぅと息が漏れた。

 荒れていた心が、少しだけ凪いだ。


 朝食を平らげると、俺は一度部屋に戻った。

 荷物をまとめると一階へ下りる。


「オヤジさん、お世話になりました」

「いえ、こちらこそお世話になりました」

「お姉さま、もう行っちゃうの? もう少しゆっくりしていけばいいのに……」


 朝のうちに村から出発することを決めた俺は、食堂の出入り口前で別れの挨拶を告げる。

 名残惜しそうなミラさんに向かって「ごめんね」と微笑んで、俺はオヤジさんに向かって口を開いた。


「クラッグボアの毛皮、かなりの値がつくと思いますよ。二匹分なら、きっとあの冒険者を雇った分を差し引いてもお釣りがくるでしょう。あ、畑の一部をちょっと荒らしてしまったかもしれないので、そのことを──」

「ええ。村長には私のほうから伝えておきます。あなた様は早く村を出たほうがいい」

「お父さん?」


 ミラさんが首をかしげる。オヤジさんは手に持っていた布切れを差し出してきた。


「詳しいことは私にはわかりませんが、()()は隠していたのでしょう? うちにあった古布で申し訳ありませんが、よかったら使ってください」

「……気づいて……?」

「私が幼い頃、この村に一度だけ立ち寄った方がいたのです。その時に《《それ》》を見たことがありました。他の人たちはまだ気づいていないでしょうから、今のうちにお早く」


 俺はオヤジさんが差し出した布切れをありがたく受け取ると、村の外に向かって歩き始めた。背中から「お姉さま、また来てくださいね~!」とミラさんの元気な声が聞こえる。


 俺は振り返って、「ああ!」と返事をするように大きく手を振ってから、また前を向いて歩き始めた。



「太陽がこっちだから……町がある方角はこっちか」


 村を出て東の方角へ向かうと、三日ほど歩いた先に小さな町がある。

 このことは、オヤジさんが教えてくれた。


 手持ちの地図のは載っていなかったので、地図が古いか記載漏れだろう。

 その町にはギルドがあるらしい。村の魔物退治の依頼をしたのも、そのギルドだったとか。


(ギルドで仲間に──カイエルに伝えないとな。俺は魔王城を目指す、って。だから、お前たちもそっちに向かってくれと)


 俺の瞳に新月が現れ、男に戻ったら、短期決戦で魔王を倒す。

 そのためにも仲間を誘導しつつ、合流はギリギリに行うつもりだ。



 村を出て、どのくらいの時が経っただろうか?

 太陽の位置が真上になったころ、俺は木陰で休憩を取ることにした。


 さすがにこれだけ離れていれば、村の人たちが追ってきていたとしても大丈夫だろう。


「よっこいせっと……」


 木の根元に腰を下ろす。荷物の中から水の入った筒を取り出した。

 口をつけて、喉を潤すと、俺はオヤジさんから貰った布地に手を伸ばした。


 細く裂いて、鞘に巻きつける。

 勇者の剣の証である、その紋章を隠したのだった。



 ***



「お姉さま、行っちゃった……」


 美しい銀色の髪はもう見えなくなっていた。

 にも関わらず、私はその場から動けないでいた。


 私の手には輝く宝石──魔石がある。

 太陽の光を反射して、キラリと赤く光る魔石は、彼女がクラッグボアを倒したときに手に入れたものだった。


『俺のせいでまた嫌なことが起きないとは言えないから……もし、何か起きて、金で解決できそうなことだったら、これを使ってほしい』


 そう言って、私に渡してきた。

 魔石なんて高価なものいらないと断ったのだけれど、いいからと押し切られた。


「ミラ、そろそろ手伝っておくれ」

「あっ、はーい!」


 父さんに呼ばれて、私は振り返る。

 エプロンのポケットに魔石を入れて、食堂へ戻った。




 開店の準備を行っていると、食堂の出入り口のドアをドンドンと叩く音がした。

 厨房にいた父がドアを開ける。するとそこには村長さんが立っていた。


「きっ、昨日のっ! 冒険者の女性はまだここにいるか!?」


 はぁはぁと息を荒くしている。どうやらここまで走ってきたようだ。


 村長さんは興奮した様子で語り始める。

 今朝、村人が畑の様子を見に行くと、そこにはクラッグボアが二頭倒れていた、と。


 その報告を受け、魔物が本当に退治されたことを知った村長は、ここまで全速力で走ってきたとのことだった。


「それで、あの女性はいるかい?」


 昨日とは一変して、ニコニコと笑顔を浮かべている村長さん。

 食堂の中を見回しながら、落ち着かない様子。


「あの人は結婚はしていないのか? 冒険者をやっていると言っていたが……そろそろ家庭を持ちたいと思っていてもおかしくない歳じゃないか? 腰を据える場所を探してたのかもしれんしなぁ。ちょうど孫の嫁にいいと思ってねぇ~。それで、あの人はどこにいるんだい?」


 父は村長に向かって「まぁ、お座りください」と席に案内していた。

 それから、厨房へと戻って行く。


「あの方ならもう村を出ましたよ」


 厨房のカウンター越しに父が村長さんにそう伝える。

 村長さんはガタッと立ち上がった。


「なぜだ!? なぜ、引き止めなかったんだ!?」

「ここへ立ち寄ったのは、旅の途中だったからでしょう。何やらやることがあると言っていましたよ」


(そんなこと言ってたかな?)


 私は、かしげそうになった首の動きを止めた。

 きっと父さんが気を利かせてついた嘘かもしれない、とそう思ったから。


「しかし、もったいない……あの人が村にいたら、今後も安泰あんたいだったのに」


 ぶつくさと村長さんが漏らした言葉が聞こえてしまった。

 要は、あの人がこの村にいたら都合がいいから、何とかして引き止めたかったのだとわかってしまった。

 

 私は、はぁ……とため息を吐く。

 お姉さまが早々にこの村を出てよかったと思った。


「まぁまぁ、それよりも村長さん。よかったらこれでも飲んでいってください」


 厨房から出てきた父さんは、手にコップを持っていた。

 それを村長さんの前のテーブルに置く。


 テーブルの隣に立っていた私の鼻に、ほんのりと柑橘系の香りが届いた。

 父さんが置いたその果実水は、あの美しい銀髪のお姉さまが気に入っていた果実水だった。

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