21 魔物退治
「──はっくしゅっ!」
鼻がムズムズしてクシャミが出る。
俺は今、闇夜の下にいた。
ホーホーと野鳥の声が聞こえ、雲の切れ間から時折、月の姿がぼんやりと浮かぶ。
今の時刻は……わからない。ただ、村の人たちが寝静まったであろうこの時間に、俺は一人、村の畑にいた。
細い布を鞘に巻いた勇者の剣を携えて、適当な丸太に腰をかける。
昼と夜とで寒暖差が大きく、肌寒さを感じた俺は二の腕をすりすりとさすった。
小さな焚火を起こし、暖を取っているが、それでもまだ少し寒い。
村の畑を荒らす魔物の討伐──それを買って出た俺はこうやって外で待機。魔物がやってくるのを今か今かと待っていた。
「村長さんの話によると魔物は二頭。クラッグボアか。あいつの皮膚硬いんだよな~……名前の通り、岩みたいで」
一刀両断でスッキリ解決! ──と簡単にはいかなさそうだ。
それでも、ベアドスに比べればさほど時間もかからないだろう。
「…………ん?」
何かがこちらに近づいてくる。この気配は魔物じゃなく……人か?
俺は辺りを見回す。が、今、月は雲に隠れており、対象物を見つけるのに少し時間がかかった。
「こ、こんばんは」
「こんばんは……?」
こちらに近づいて、声をかけてきた人物は男の人だった。
見覚えのある人物──俺が村に着いて一番最初に声をかけた人だ。
なぜここに? と首をかしげる。彼は愛想笑いを浮かべながら、空を見上げた。
「つ、月がきれいだなぁ! ……あっ!」
月が雲に隠れていることに今気づいたらしい。その人は頬を掻きながら、他に話題を探しているようだった。俺は彼に対して、眉をしかめる。
村長さんから村全体に魔物が現れるから、夜は畑に近づかないようにと言われているはずだ。
今夜、俺がその魔物を退治することも。
なのになぜ外を出歩いている?
その疑問が表情となって現れた。
雲が流れ、月が少しだけ顔を出す。月明かりで真っ暗闇だった辺りが少しだけ明るくなった。
焚火に加えて月明かりが差し込んだことで、男も俺の表情に気づいたらしい。彼は手を振りながら慌て始めた。
「お、おらも魔物退治の手伝いをしようと思ってきたんだぁ! こう見えて、村で一番強いんだ」
「…………はぁ」
村で強くとも、魔物を倒せないから冒険者に依頼したんじゃないのか? と、つい口から出そうになった。唇を一文字にしてなんとか堪える。
「こ、こんなところに女の人一人は、危ないかと思って」
チラチラと俺の顔を見て──胸を見て──また顔を見ている。
ああ……と察しがついた。頭が痛くなる。つまりは、ナンパしにきた、ということだろうか。
「すみませんが、村に戻ってもらっていいですか? ここは危ないので」
俺はキッパリと告げた。ここに、あなたは不要だと。
しかし、それは彼には届かなかったらしい。引き下がることなく、むしろ食いつかれた。
「あ、危ないから、ここにいるんだ。おらが守る!」
「守るって何を……?」
「それは、あ、ああ、あなたを」
申し訳ないけれど、ここは命のやり取りをする戦場となる場所だ。色恋の雰囲気を出す場所ではない。
俺は鞘のままの剣を手に取った。それを彼に向けて構える。
「ありがたい申し出ですが、邪魔です。今すぐに村に帰ってください。ここにいては危険です」
「なっ!?」
「さあ、早く! ここにクラッグボアが来ないうちに!」
剣を向けても、彼は引かない。それどころか、残ると言い出した。
「そ、そんなに危険なら、一人より二人がいいに決まってるべ!」
「何を言って────っ!?」
ビリッと辺りに張っていたアンテナに何かが引っかかった。
すごい速さで、その『何か』が近づいている。男に向けていた剣を周囲に向けた。俺は鞘を抜くと、その鞘を男に向かって投げた。
「こちらに何かが近づいている。あなたはそれを持っていてください。何もないよりはマシだ。それに……万が一には鞘がきっと守ってくれる」
ドドドと地鳴りのような足音が大きくなっていく。プギイィィイという鳴き声が聞こえた。
俺はここへ近づいているものの正体が、クラッグボアだと確信する。
「ふー……っ」
自分の身体を前に傾ける。足先にぐっと力を込めた。
クラッグボアが視界に入った──と同時に、地面を蹴る。
揺れる長い髪は俺の後を追う。
月明かりと、研ぎ澄ました感覚を頼りに俺は一直線に走った。
(クラッグボアまであと数メートル……!)
剣に勇者の力を込めた瞬間、青白い光が闇に浮かび上がった。
クラッグボアも何かに気づいたように、こちらに顔を向けた。
プギィイイイイと威嚇するよう鳴き声が辺りに響き渡る。
俺は剣を一振りして、その威嚇を断ち切り、走る足を止めることはなかった。
「──ふっ!!」
地面をさらに強く蹴って、空高く飛び上がる。
剣先が月の光を反射した。
青白く光る剣が、三日月のような弧を描き──そのまま、クラッグボアの眉間へと振り下ろす。
「プギィィィィイイイイ!!」
クラッグボアの鳴き声が厚い雲に向かってこだまする。
俺は勢いのまま身を翻し、後方へ飛び退いた。
着地と同時に剣を構える。刃には返り血ひとつついていない。
「……硬いっつーの」
ふぅ、と俺は息を吐き出す。
厚い雲が、静かに月を覆い始めた。そうして、辺りは再び、深い闇に包まれたのだった。




