20 よそ者
「な、なんだ? よそ者には関係ない話だ」
「関係なくありません。なぜなら、その冒険者をこの店から追い出したのは、自分なので」
そう。だからミラさんは悪くない。
彼らにそう告げると、村長さんたちが眉を吊り上げ、俺を睨みつけた。
「よそ者が勝手なことしやがって!」
「どうしてくれるんだ!」
矢継ぎ早に怒声が飛んでくる。
後ろから小さく「お姉さまぁ」と俺を心配する声が聞こえてきた。
チラッと後ろを振り返り、ミラさんに向かってニコッと笑ってみせる。
またすぐに前を見据えた。
大丈夫。だって、俺は勇者だから。
つい先日、ベアドスと命のやり取りをやったばかりだ。それに比べたら、爪の先ほども怖くない。
それよりも、先ほどの問いに答えてほしかった。
「さっきの言葉、ミラさんが我慢すればいいと言ってましたが、本気でそう思っているんですか?」
「ああ! そうすればあいつらが村を出て行くことは、なかったかもしんねぇかんな!」
気性の荒そうな男が噛み付くように答えてくる。
周りの人たちも彼の意見に同調し、ウンウンとうなずいていた。
村長さんの顔を見れば、彼もまたそういう考えの持ち主のようだった。
俺は、はぁ……とため息を吐く。それから、彼らをキッと睨みつけた。
「村長、あなたのその『権力』は村を守るためにある。そうですよね?」
「ああ、そうだ」
「村を守る――そのことに『村人』も含まれるということはわかっている、と?」
「もちろんだ」
「ミラさんに我慢を強いることは、守ることに繋がりますか?」
「……それは仕方がないだろう? あの子が我慢すれば、村全体が救われる」
だから、それが間違っているんだ。
この世界の特に村や小さな町では、男尊女卑の考えが強いところも多い。
どうやらこの村もその傾向があるようだ――女がただ我慢すればいいと。
村の畑を荒らす魔物がいる。
それを退治するために冒険者に依頼する。
魔物を退治したら、冒険者はその報酬をいただく。
つまり、この契約は『金』で結ばれている。報酬を払って魔物退治を頼む――それだけのはずだ。
なのに彼らは、『女が我慢する』なんて理不尽な条件を、まるで当然のように押しつけてくる。
依頼する側とされる側、その関係は対等なはずなのに、村長さんたちはどこか、『お願いする立場だから』と、必要以上にへりくだっているように見えた。
だが、そういう姿勢は時に逆効果になる。
相手に、「少しぐらい横柄なことをしても許される」と思わせてしまうのだ。
一度、許してしまえば、相手からの要求はどんどん過剰になっていく。
もしかすると、彼らはそのことを知らないのかもしれない。しかし、知らないまま次々と相手の言うことを聞いていては、取り返しのつかない事態になってしまう。それでは……遅いのだ。
「では、同じことを自分の母親に言えますか? 奥さんや娘さんに、それを押しつけられますか? ミラさんに言ったことを、心から正しいと思えるんですか?」
『村を守るために、身体を差し出し、犠牲になれ』
あなたたちが言っていることは、こういうことなんだぞ、と伝えるように、彼らの目をじっと見つめた。
彼らは黙った。黙ったまま、少し下を向いた。
ミラさんの立場を自分の家族に置き換えたとき、どんな感情を覚えたのかは、下を向いた頭が教えてくれていた。
(少しは伝わっただろうか……)
そう思っていたとき、村長の後ろにいる先ほどの気性の荒そうな男が、呻くような声で言葉を吐き出した。
「だったら、魔物はどうするんだ」
男の漏らした言葉に、他の者も続く。
「そうだ。魔物を倒してくれる冒険者がいないんじゃ……今年の収穫はゼロになる」
「あいつらを雇うために、村の皆で金を出し合ったんだ。もう、誰かを雇うなんて金はねぇぞ」
次々に溢れ出る村人の声。村長さんも眉をしかめていた。
どうすればいいのか、と彼らが頭を抱えそうになったとき、俺は声を上げる。
「では、魔物のことはこちらで引き受けます」
そう言うと、村長さんたちがこちらを見た。
俺は口角を上げ、余裕の表情を浮かべる。
「こう見えて、冒険者やってます。それに、彼らを追い出したのは俺です。だから――この責任、俺が引き受けます」
村長が村を守る者だというのなら、勇者はこの世界の皆を守る者だ。
守るべき者たちが困っているというのなら、俺はこの手をいつでも貸そう。
村長さんたちは、口を開いてポカンとした表情を浮かべていた。
俺はそんな彼らに向かってニッコリと笑ってみせるのだった。




