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19 村の湯場(銭湯)


「うう……うう……うう……」


 俺は両手で自分の顔を覆う。

 右も左も向けない状況に泣きそうになっていた。


 カポーン……と前世でも聞き慣れた音が聞こえる。

 ここは村の湯場ゆば──つまり共同浴場だ。前世でいうところの銭湯に近い。

 さすがにマッサージ機や風呂上りのコーヒー牛乳なんて、洒落しゃれたものはないけれど。


「お姉さま、どうしたの?」

「あーこらこら! こっちに来ないように! 来ないように!」


 食堂の娘──ミラさんが俺に声をかける。

 彼女がこちらに近づきそうな気配を感じた俺は、目をつむったままそう告げた。しかし、それは無駄に終わる。


 ミラさんが「お姉さまぁ~」と言いながら、俺の腕にくっついた。

 二の腕に……なんか……柔らかなものが……あたっている。


「…………」


(考えるな! 考えるな俺! これはただの肉! 肉の塊だ!)


 目を瞑ったままの俺は、ベアドスを思い浮かべる。

 そう、これは魔物。魔物ということにしよう。


「わぁ~! お姉さまのおっぱい、大きい~!」

「そう! これは『おっぱい』という魔物だ!!」

「きゃっ!?」

「はっ!? あっ、いや、違う!! そうじゃなくてぇええ──っ!?!?」


 思わずミラさんの方を見てしまった……!

 慌てて天井を見上げるが、俺のまぶたの裏側にはバッチリと焼きついてしまった。


(ごめんなさい! ごめんなさい!)


 これが前世だったらきっと「うひょー!」と喜んでいただろう。

 実際、もしも自分が女になったら……なんて妄想したことがあるからな!

 でも、現実とはそう思い通りにはいかないもので……。


(うう……罪悪感で押しつぶされそうだ……)


 しつこいようだが、今の俺は女の姿になっている。

 だから、男湯に入るわけにはいかない。


 それはわかってる。わかっているが、なんだが自分が嘘をついて、女湯に入り込んでいる気がしてならないんだ……!!


 俺はまた目を瞑る。

 耳を澄ませて、神経を研ぎ澄ませた。


 もう誰の裸も見ないぞ……!

 そう決意し、足を一歩踏み出す。そのとき、足の裏がツルンとしたものを捉えた。俺はそのまま足を滑らせる。


「──おわっ!?」

「きゃっ!!」


 ズデンッと大きな音を立て、転んでしまった。

 ふにゅりとしたものが、俺の両頬を包んでいる。

 

 それが何なのか、何であるのかを察した俺は、混乱と興奮のあまり──鼻血を噴いてしまった。

 


 **

 


「うう……面目ない……」


 湯場の床を血の海に染めたのは俺です。ごめんなさい。

 しかし、鼻血を出したのが洗い場でよかった。お湯の中だったら、申し訳なさがさらに増していただろう。


 ミラさんに肩を借りながら、食堂に戻った俺は、布団の上に寝っ転がる。

 冷やしタオルをおでこと目の上辺りに乗せ、鼻に詰め物をした。


 ミラさんは俺の横に座って、手でパタパタと扇いでくれている。


「お姉さま、大丈夫ですかぁ~?」

「う、うん。ありがとう。ごめんね」


 コンコンという音がして、部屋のドアがガチャリと開く。

 タオルを少しズラして見ると、手にコップを持ったオヤジさんがそこに立っていた。


「村の湯場は、よそから来た人にはちょっと熱かったのかもしれないねぇ……しっかりと水分も取ってください」


 そう言って、オヤジさんはコップをミラさんに渡す。

 俺はゆっくり起き上がると、ミラさんからそのコップを受け取った。

 

 口をつけるとほんのり柑橘系の香りがする。前世でいうところのレモン水に近いと思った。


「ありがとうございます。美味しいです」

「そうですか。それはよかった」


 ゆっくり飲むつもりだったが、一気に飲み干してしまった。相当喉が渇いていたのだろう。

 ミラさんが空になったコップを俺の手から取って、立ち上がる。


「お姉さま。ゆっくり休んでくださいね」

「あ、うん。ありがとう……」


 彼女はそう言うと、オヤジさんと一緒に部屋を出て行った。

 どうやら、ミラさんと一緒に布団で寝るというイベントは回避できたようだった。

 不幸中の幸いと言っていいのかわからないけど、そこに関しては、ちょっとだけほっとした。


 もう一度ゴロンと布団に寝転ぶ。

 いつの間にか、俺は夢の世界へと旅立っていた。



 ***



 ──ドンドンドンドンッ!!


 けたたましくドアを叩く音が鳴り響く。

 その音に驚いた俺は、布団から飛び起きた。

 

「なっ、何だ!?」


 突然、大きな音で起こされて心臓がバクバクしている。

 キョロキョロと辺りを見回す。この部屋のドアが叩かれたわけではないらしい。


 もう一度、ドンドンというドアを叩く音がする。どうやらその音はこの家──食堂の出入り口ドアを叩いているようだった。

 窓の外から顔を出して見る。数人の男の姿が見えた。俺は気になって、一階へと下りた。


 俺と同時に起きたであろうオヤジさんとミラさんに合流する。

 オヤジさんが出入り口のドアを開けた。するとそこには、年配の男が五人ほど立っていた。


「村長さん……どうしたんですか、こんな朝早くに」


 オヤジさんの言葉で、目の前の男性が村長だと知る。

 村長を含んだ五人の男たちは、目を吊り上げ、怒っている様子だった。


「お前さん、一体どうしてくれるんだい!?」

「えっ? 何のことですか……?」

「しらばっくれるんじゃないよ! 昨日、この店に冒険者が来ただろう? あいつらが魔物を退治しないまま、報酬だけ持ってトンズラしやがったんだ! やつらが言っていたよ、この店のオヤジのせいだと!!」


 俺は村長さんの言葉に、昨日この食堂へやってきた荒くれ者たちの姿を思い出した。


「畑にやってくる魔物をお前さんはどうするつもりなんだ!」

「わ、わたしにそれを言われても……」


 男たちの怒りの矛先はオヤジさんだけでなく、娘のミラさんにも飛んでくる。


「ったく! 娘も娘だ! 尻をちょっと触られただけでギャーギャーと!」

「身体を触られるくらい、ちょっと我慢すればよかっただろう!」

「…………っ」


 ミラさんが俯き、肩を小さく寄せる。彼女は小さく震えていた。

 俺はその肩にそっと触れる。「大丈夫」と言うように肩をさすったあと、俺は足を一歩前に踏み出した。


 しょげたオヤジさんの背中も軽くポンポンと二回叩く。

 こちらに振り向いたオヤジさんにニッコリと笑ってみせると、俺は村長さんたちの前に出た。

 

「それ本気で言ってるんですか?」

 

 ニコニコと笑いながら口を開く。

 村長さんらは新参者の俺を見て、眉をしかめていた。


 彼らの表情は「小娘が何を」と言っているようだった。

 俺は胸の前で腕を組むと、もう一度、


「──本気でそんなことを思って言ってるのか、と聞いているんです」


 村長さんたちに向かって、問いかけるのだった。

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