18 助けたお礼
「このクソ女! 覚えてろよ!」
荒くれ冒険者の二人は捨て台詞を吐いて、食堂を出て行く。
自ら出て行ったというよりは、俺が追い出したと言った方が正しいだろう。
あの手の輩というのは、話し合いをするより力で示したほうが手っ取り早かった。
食堂から去って行く二つの背中を見送りながら、俺は両手をパンパンと叩いて、ふんっと鼻を鳴らす。
振り返ると、食堂の出入り口にはオヤジさんと娘さんの二人が立っていた。
「あ、あのっ! ありがとうございました!」
「本当にありがとうございました」
二人が俺に向かってお礼を告げる。
オヤジさんのほうは、深々と頭を下げていた。
「いえ、自分がやりたくて、やったことですから、お気になさらず」
俺はそう言うとオヤジさんに向かって「顔を上げてください」と声をかける。
三人で食堂の中に戻ると、俺は自分の荷物が置いてあるテーブルへ向かった。
椅子に座って、食事を再開しようとフォークを手に取る。
一口、二口と食べ進めていたら、目の前にコトッと新しい果実水が置かれた。
顔を上げると、そばかす顔の娘さんがいた。
彼女が果実水を持ってきてくれたのだ。
「あの、頼んでませんけど?」
「助けていただいたお礼です! 本当にありがとうございました! 今はこれくらいしかできないですけど、また改めてお礼をさせてくださいっ!」
「あ、ありが──」
「今日はこの村に泊まっていかれるんですか!?」
「宿はまだですけど、一応そのつもりで──」
「だったら、うちに泊まりませんかっ!?」
娘さんはそう言うと厨房へ顔を向ける。大きな声で「お父さーん!」とオヤジさんを呼んだ。
「このキレイなお姉さん、泊まるところがまだ決まってないんだって! ねぇ、うちに泊まってもらってもいいでしょ!?」
「ああ、そりゃあもちろん。かまわないよ」
オヤジさんが娘さんの提案にOKを出す。その返事を聞いた彼女は、俺の顔を見つめてきた。
「ぜひ、うちに泊まっていってください!」
「あ、いや、ご迷惑では……?」
「まったく迷惑じゃないです! 大丈夫です!」
娘さんの顔がどんどん近くなってくる。
俺はその勢いに圧倒され、身体を少し後ろに反らせた。
「それに、またあの人たちが戻ってくるかもしれないので……泊まってくれると、実は私は嬉しかったりします!!」
「──なるほど」
確かに。あいつらは「覚えてろよ」と言っていた。
報復にこの食堂をまた訪れてくることは十分に考えられる。
ふむ、と俺は手を顎に添えた。少し思案してから「わかりました」と答える。
「では、お言葉に甘えて、お世話になってもいいですか?」
「もちろんです!! ありがとうございます!!」
「いえ、こちらこそ宿代が浮きました。ありがとうございます」
娘さんは、ぬるくなってしまった果実水のコップを持って、スキップするように厨房へ行く。
またハツラツとした元気な声で「お父さーん!」とオヤジさんを呼んだ。
どうやら、俺が泊まることを報告しているらしい。
オヤジさんがこちらを見たので、俺は「お世話になります」と頭を下げた。
娘さんが何かを持って、こちらにまた戻ってきた。椅子を引いて、俺の向かい側に座る。
テーブルの上にコトリと小鉢が置かれた。小鉢の中身はカットされた果物だった。
「よかったら、これもどうぞ」
「ありがとう。美味しそうだ。いただきます」
「あ~嬉しいな~! 今日、いっぱいお喋りしたいなぁ~! この村に同い年くらいの女の子っていないからさ~。ねぇねぇ、あなたって何でこの村に来たの? どうしてそんなに強いの?」
「実は、冒険者をやってるんだ」
「すごーい! だから、そんなに強いんだ! はぁ、キレイで強くて、カッコいいなんて憧れちゃう……。ねぇ! お姉さまって呼んでも、いい?」
「──ふぁっ!?」
正面に座った彼女を見れば、頬杖をついて、うっとりとこちらを見ている。
その瞳は潤んでいて、どことなく頬も色づいている気がした。
「お姉さまぁ~……あの、今夜一緒に寝ましょうね! あ、あと、お背中も流しますっ!」
「けけっけけ、結構です! そこまでしてもらわなくても、だだ大丈夫!」
い、今の俺は確かに見た目は女だが、中身は男のままだ。
自分の身体なら慣れたが、他の人はそうはいかない。
(風呂に……布団……ムリムリ! 絶対ムリ!)
俺は慌てて小鉢の果物を口に運ぶ。
甘酸っぱさが口の中に広がったそのとき、厨房から「ダンッ!」と包丁の音が響いた。
……妙に勢いのある音だった。




