17 村の食堂
「リューエンさん、お世話になりました」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました」
翌朝、女に戻った俺はリューエンさんの家を出ることにした。
支度を整え、お礼の言葉を告げてから、森の中を歩き始める。
迷いの森の抜け方を教えてもらったので、その通りに進んでいく。
行く手を阻む小枝をかき分けて行くと、しばらくして森を抜けた。
「えーっと……」
荷物の中からギルドで買った地図を取り出す。西の森周辺の地図を見ながら、一番近い村や町を探した。
森を抜けた場所は、森に入った場所のちょうど真反対だった。
地図を見る限り、さほど遠くない場所に小さな村がありそうだ。
(まずここに行くか)
今日の宿もこの村で取ることにしよう。目的地が決まれば後は歩くのみだ。
日が暮れる前にたどり着くとは思うが、早めに到着するに越したことはない。
よし、と足を一歩踏み出した。穏やかな風が頬を撫で、銀の髪を揺らした。
**
「あ~……やっと着いた。思ったより遠かったな」
地図上ではさほど遠くないと思った村は、そこそこの距離があった。
お腹も空いたし、喉もカラカラだ。
ちょうど目の前を通りかかった村人に声をかける。
どこか飲食ができる場所がこの村にないかと尋ねた。
「ひゃあ~! ベッピンさんだぁ~!」
「ど、どうも……」
村人が「こっちだぁ」と言って、俺の前を歩く。親切にも村の小さな食堂まで案内してくれた。
お礼を言ってから、食堂の中に入ると、明るく元気な声が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませー!」
元気な声の主は、顔にそばかすのある赤茶髪の少女──十代後半ほどに見える女性だ。厨房には細身の年配の男性が立っていた。
きっと二人は親子で、この小さな食堂を切り盛りしているのだろう、ということはすぐにわかった。
「すみません。飲み物とあと何かおすすめの料理があればそれを一つ」
「はいっ! かしこまりました~!」
俺は食堂の一番端の席に移動し、出入り口を背にして座る。効果があるかわからないが、ナンパ対策だ。声を掛けられずに、ゆっくりご飯が食べたい。
少し待っていると、元気な娘さんがトレイの上に料理を載せて運んでくる。
「お待たせしました~!」
目の前に置かれたのは、果実水とジャガイモのような芋類と野菜を簡単に炒めた料理だ。
フォークを手に取り、料理を口に運ぶ。素朴だけど、素材の味がよく出てる。
(うまっ……! はぁ~……満たされる)
舌鼓を打っていると、食堂の出入り口がガヤガヤと騒がしくなった。チラリとそちらに顔を向けると、荒っぽい冒険者のような風貌の男が二人、食堂に入ってきた。
「おう、オヤジ! 飯をくれ! 腹ァ減ってんだよ!」
入って来るや否や大声でそう告げる。
厨房にいるオヤジさんは、か細い声で「はい」と返事をしていた。
二人は食堂の中央のテーブルにドカッと腰を下ろす。靴のまま両足をテーブルの上に乗せた。
ガハハと笑って二人で談笑していたと思ったら、厨房のオヤジさんに向かって大声を出した。
「おい! おせぇ! まだかよ!!」
「はっ、はいっ! ただいま!」
オヤジさんの身体がビクッと跳ねる。首にかけたタオルで汗を拭きながら、一生懸命に鍋を振っていた。
できあがった料理を娘さんが運ぶ。先ほどまで明るく元気だった彼女は、すっかり表情を曇らせ、俯きながらそっと料理を並べた。
「……きゃっ!? なっ、何するんですか!!」
娘さんが悲鳴をあげる。荒くれ者の片割れが彼女のお尻を触っていた。
男たちは娘さんの反応を見て「ゲヘヘ」と笑っている。
「んだよ減るもんじゃねぇだろぉ? 俺たちはこの村の畑を荒らす、魔物を退治しに来てやってるんだぜぇ? しみったれた報酬でやってやるっつーんだから、尻のひとつくらい、触らせろや!」
「なんだよこの料理、肉がねぇじゃねーか! 女ぁ、代わりに色気の一つでも見せてくれや!」
食堂内が「ギャハハ」と汚い笑い声で満たされる。
厨房にいるオヤジさんは肩を小さくし、娘さんも震えて涙を浮かべていた。
「…………」
ガタン、と俺は椅子を引き、静かに立ち上がる。
くるっと振り返って、男たちの座っているテーブルへ向かった。
「お? なんだぁ……? いい女がいるじゃねーか」
「おぉ、上玉じゃん」
「──こんにちは」
ニコニコと笑顔を浮かべながら、男たちに歩み寄る。
先ほど、娘さんの尻を触った男が、こちらに向かって手を伸ばしてきた。
俺はその手を掴んで、ぐるっと捻る。
男のがっしりとした体躯を床に思いっきり押しつけた。
「いでででででっ!!」
ほんの数分前まで、美味しい料理で満たされていた腹が煮えくり返る。
こいつらは、彼女のことを何だと思っているんだ。
(女の姿になった今だからよくわかる)
──突然、性の対象となる恐怖を。
娘さんを見ると、両手をギュッと握りしめていた。
力では男に敵わない──非力な女性はこうやって、嵐が通り過ぎるのをただ待つしかないのだ。
「いでででっ! いでぇ!! 放せ!! 女ァ!!」
さらに腕を捻り上げる。それから、俺はもう一人の男をキッと睨みつけるのだった。




