16 謎の女 / ヴァルド視点
「ヴァルド君、いますか?」
宿のベッドに寝っ転がっていると、コンコンとドアと叩く音が響く。そちらに視線を向けると俺の名前を呼ぶ声がした。その声の主はフィノ。一緒に旅をしている仲間の一人だ。
俺が「ああ」と返事をすると、ドアが開いて、フィノが部屋の中に入ってくる。
今日はセリムナの街に来て三日目――つまり、神殿に保管されている道具『魂索の針』が手に入る予定の日だ。その道具が手に入ったのかどうかを、こいつは告げに来たのだろう。
「よぉ、フィノ……って、お前どうしたんだ? 腹なんかさすって」
「少々、予想外のことが起きまして」
「おいおい、なんだよ予想外って……まさか! 道具が手に入らなかったのか!?」
俺はガバッと身体を起こす。
『予想外なこと』という言葉が気になってしまった。
いつも笑顔を張り付けているこいつは、口が巧い。
さらに〈聖人〉という役職と、女神像のようなこの顔だ。
それらすべてが合わさると、大抵の人間は『この人の役に立ちたい』と思うらしく、フィノのお願い事はホイホイと聞いてしまうのだ。
だから、道具を手に入れるのは楽勝だと思っていた。
フィノの顔を見る。
すると、こいつはニッコリと笑ってみせた。
「いえ、道具は手に入りましたよ。ほら」
そう言って差し出したのは、丸い羅針盤のようなもの。手のひらに収まる大きさだ。
『魂索の針』――存在も名前も知っていたが、実物を見るのは初めてだった。
「んだよ、ビビらせんなよ。またこの街に数日拘束されるのかと思っただろうがよ」
「すみません」
「んで? そいつはどうやって使うんだ?」
俺がそう問いかけると、フィノが『魂索の針』を上下に分けるようにパカッと開ける。羅針盤の中身は空っぽになっていた。
「この中に探したい対象の一部を入れます。髪や爪などですね。それらを入れると、このゆらゆらと揺れている針がクルクルと回って、対象の方角を指し示します」
「へぇ~……それだけでいいのか……すげぇ便利だな」
「そうですねぇ。正しく使われれば、本当に便利な代物ですよ?」
何か言いたげなフィノの言葉に、俺は口角を上げる。
そうだな。正しく使われれば、な。
俺がニヤニヤしていると、フィノが懐から小さな巾着を取り出した。その中から細く長い糸のようなものを取り出す。
銀糸の髪――あの日、カイエルの野郎が、アルスの泊まっていた部屋で見つけた髪だ。
その髪をフィノは『魂索の針』の中に入れる。羅針盤になっているフタを閉めると、先ほどフィノが言った通りに針がクルクルと回り始めた。
「こいつは何度も使えるのか……?」
「基本的にその対象を見つけるまで使うことができます。多少の魔力は必要となりますが、一日一回流せば特に問題はありません」
「ふーん……」
激しく回る針を見つめながら、俺は返事をする。
すると、突然、針がピタリと止まった。
「「えっ?」」
俺とフィノが同時に声を出す。互いに顔を見合わせた。
魂索の針が俺を指していたからだ。
「どういうことですか?」
「俺様に聞くなよ」
「でも、ヴァルド君を指してます……よね?」
俺様はベッドから降りて、部屋をウロついてみた。
針は、俺が動くたびにその方向を追っているようだった。
フィノの顔を見ると、「うん」と何度もうなずかれる。
「……壊れてんのか?」
「そんなはずは……」
顎に手を当てたフィノは、会話の途中で黙り込む。
魂索の針をじっと見つめていたかと思うと、今度は俺を見つめてきた。
「んだよ……」
「ヴァルド君、少しじっとしてください」
フィノがこちらへやってくる。
女神のように整った顔が、俺の胸に近づいた。
「おい。俺様は男に興味はねぇぞ」
「おや、奇遇ですね。私もですよ。そうじゃなくて……これ」
フィノの手が俺の服のボタンにかかる。
おいおい、と一瞬焦った。しかし、その焦りは杞憂だったとすぐにわかった。
なぜなら、こいつの手には数本の糸が握られていたからだ。
どうやら、俺の身体が目的ってわけじゃなかったらしい。
「なんだそりゃ……?」
「人の髪の毛に見えます。白……いや、銀髪ですかね?」
長い髪の毛。
銀髪。
「――あ」
そういえば、昼間に出会ったあの女。
フィノにも負けない顔立ちの女も銀髪だった気がする。
「どうしましたか? 何か心当たりでも?」
「あ、いや、そういやな……」
俺はそう言って昼に会った女のことを話す。
えらくキレイな女に出会ったこと。
その美しさから他国から送られてきた間者じゃないかと思ったこと。
それを確かめるために女を落とそうとしたら、股間を殴られて逃げられたことを。
「銀髪のキレイな女に殴られた……?」
フィノの眉がピクリと動く。右手で口元を押さえると、こいつはブツブツと独り言をつぶやき始めた。
「まさか……いや、そんなはず……? しかし、辻妻が合う」
「あ? なんだよ? お前だけ納得してんじゃねーよ」
「あ、すみません。実は私も先ほど、銀髪の女に会いまして……もしかすると、ヴァルド君が会ったその方と同一人物ではないか、と」
「同じ女……?」
互いに女の情報を交換する。
薄水色の服を着ていたこと、足を痛めていたこと、そして――彼女の瞳の色を。
「……偶然にしちゃあ、できすぎか?」
「そうですね……『魂索の針』がヴァルド君に反応したのも、君のボタンに絡まった髪の毛に反応したと見て間違いないでしょう。つまり、二人ともアルス君の行方を知っていそうな女に会っていた、ということになります」
同じ日に同じ女と会った。俺たちが――勇者の『仲間』が。
一気にきな臭さが増す。俺と出会ったのも偶然じゃなく、わざとか……?
(そういえば……)
この宿に帰ってくる前、俺はギルドに立ち寄ったことを思い出した。
「今日ギルドに寄ったらよ、カイエルの野郎から返事がきてたぜ。あいつの話によると、アルスが消えた日に町の広場で盗みを働いた子どもを咎めた女がいたらしい」
「突然、何の話ですか? 一体何の関係があると……?」
「その女、子どもの話によるとキレイな顔をした銀髪の女だったらしいぞ?」
「――!?」
俺の言葉を聞いて、フィノの頭にも同じ女の顔が浮かんだだろう。
目を見開いたこいつの顔を拝むのは、久々だ。
「……間者だと思うか?」
「正直、情報が足りなさすぎます。しかし、偶然では片づけられないでしょうね。高い確率でその女が、アルス君が消えたことに関与してることは間違いない。せめて、もう一度彼女に会いたいところです」
フィノの目つきが変わった。その気持ち、俺もよくわかる。
(俺様だけでなく、フィノの毒牙にかかるどころか、危険を察知して殴って逃げる女、か。)
俄然、興味が湧いた。女に興味が湧くなんて、初めてじゃないか?
きっとフィノもそうだろう。こいつの瞳も『獲物を見つけた』と言っている。
(おもしれー女だな)
俺の脳裏に浮かぶ、あの女の瞳――どこかアルスを思い出させる意思の強い瞳だった。
できることなら俺が一番に捕まえて、あの女を吐かせてみたい。
口角が上がる。少しだけワクワクとした気持ちが浮かび上がった。
「行くか?」
「ええ。行きましょう」
荷物をまとめ、俺たちは宿を後にした。
女の髪の毛を『魂索の針』にセットすると、針がピタリとある方角を指す。
銀髪の女を追って――俺たちは動き出したのだった。




