13 解呪の薬
「んーっ! よく寝た」
リューエンさんのお尻を足蹴にした翌朝、俺はメイド服ではなく薄水色のワンピースに着替える。
階段を下りると、お腹を刺激するいい匂いが部屋中に漂っていた。
「おはようございます! アルスさん!」
「……おはようございます」
「やだなぁ~そんな顔しないでくださいよ。もう何もしませんよ」
朝から笑顔のリューエンさんに迎えられた俺は、何となく彼を警戒してしまう。
ぽりぽりと頬を掻き、眼鏡の奥の垂れ目がへにゃりと緩んだのを見て、なんだか気が抜けて、警戒も解けてしまった。
「朝食ができたので持ってきます。椅子に座って待っていてください」
「あ、俺も手伝います」
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」
彼はそう言うと、キッチンへ行き、トレイを手にして戻ってくる。
テーブルに二人分のお皿が並べられた。
彩サラダ、スクランブルエッグのようなもの、焼き立てのパン。どれもおいしそうだ。
俺はフォークを手に取って、サラダから食べ始めた。
(そういや、こんな森の奥でどうやって食べ物を調達してるんだろう?)
最寄りの町や村まではそれなりに距離があると思う。けれど、リューエンさんは昨日もこうやって美味しいご飯を用意してくれていた。
一人分ならまだしも、俺という人間が増えたことで食材の消費は二倍になっているはずなのに……。
彼がどこかに出かけることはここ数日、一度もなかった。
どうやら考えていたことが、顔に出ていたらしい。
リューエンさんが俺を見てクスッと笑うと、答えを教えてくれた。
「この家の裏庭に、小さな畑と飼育小屋があるんです。そこで野菜と玉子は取っているんですよ」
「へぇ~……こんな薄暗い森の中でも育つんだ」
「そこは僕の腕の見せ所です。植物は品種改良を、土は錬金術で生成した肥料を使っているんです」
「ああ! なるほど! そこに使うんだ!」
そうか。そういうことにも錬金術は使えるのか。
どことなく魔法との隣り合わせなイメージしかなかった。
錬金術──俺の中で一番身近なものといえば、回復薬だったから。
「こうやって料理することも錬金術みたいで、楽しいんですよ」
「へぇ~! だからリューエンさんは、こんなに料理がお上手なんですね」
素材を組み合わせ、何かを生み出す。
錬金術と料理は、共通している点も多いということか。
俺はすべてを食べ終える。ちょっとだけぽっこりと出たお腹をさすった。
女勇者に変わってから、胃が小さくなった気がする。
屋台の串焼きも一本食べればお腹いっぱいになっていた。
男の身体と女の身体──その違いはこんなところでも感じていた。
洗い物は俺が引き受けることにした。少しでも早くリューエンさんに解呪薬の準備に取り掛かってもらいたかったから。そのことを告げると、彼は遠慮する。
どうやら俺がお客さんだから、ということらしい。
何度か押し問答をしたところで、やっとリューエンさんが折れてくれた。
今日の家事全般は俺が担当。彼には作業に集中してもらうことにした。
「あ、あの……アルスさん。家事を引き受けていただけるのであれば、メイド服を着るというのは……?」
「それ、解呪薬作りに集中できますか?」
「……できませんね?」
「では、ダメです」
「…………はい」
しょんぼりと肩を落とすリューエンさんの背中を押す。彼を作業部屋へ押し込んだ。
ドアをバンッと強く閉め、俺は両手を腰に当てると「よしっ!」と言わんばかりに、鼻をふんっと鳴らした。
**
「お、お待たせ……しましたぁ~……」
薄暗い部屋が真っ暗になった頃、ようやくリューエンさんが部屋から出てくる。
ヘロヘロのヨレヨレになって出てきた彼が、小さな茶色の瓶を掲げていた。
「アルスさん、できましたよぉ~」
「あっ、ありがとうございます!」
こっ、これが種付けブレスの解呪薬!?
嬉しい……! 嬉しすぎる……! これでやっと男に戻れる……!
震える両手で茶色の小瓶を両手で受け取る。
瓶に鼻を近づけ、クンクンとにおいを嗅ぐと不思議なにおいだった。
「これを飲めばいいんですか?」
「そうですね。あ、アルスさん。飲む前に──」
リューエンさんの説明を聞くよりも先に、俺は小瓶を煽って飲んでしまっていた。
中に入った液体をゴクリと一度で飲み干す。口の中に少しだけ苦みが残った。
自分の手を見る。……特に変化はない。
俺は首をかしげながら、リューエンさんの顔を見た。
「あと数時間ほど待ってください。それで成功したかどうかがわかると思います」
「わかりました!」
そういえばリューエンさんが言いかけた言葉は何だったのだろう?
彼にそれを問いかけると、「数時間後にわかることなので」と返ってきた。
遅めの夕飯を作ると言って、リューエンさんがキッチンへ行く。俺はできあがった美味しいご飯をありがたくいただき、時が過ぎるのを待った。
「……まだかな?」
風呂も済ませた俺は、部屋の中をウロウロと歩き回る。
リューエンさんが温かい飲み物をもってやってきた。窓際の小さなテーブルにそれを置くと「どうぞ」と声をかけてくる。椅子に座ってお茶を飲みながらも、ずっとソワソワしていた。
「──ぐっ!!」
突然吐き気が俺を襲う。椅子から崩れ落ち、床に膝をついた。
心臓が痛い。ドクドクと脈を打つのがわかって、頭も痛くなってきた。
「あ……ぐっ……!」
床をのたうち回る。そうやって数分ほど経過しただろうか?
ようやく痛みが引いてきて、俺は身体を起こした。
長い髪が視界に入る。床についた手も小さなままだった。
下をみれば、胸のふくらみは消えていない。
……俺の身体に変化は訪れていなかった。
「えっ……なんで……どこも、変わってない? まさか……」
薬は失敗したのか……?
顔から血の気が引いていく。
俺は目の前が真っ暗になったのだった。
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