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12 素材集め


「ここへ来た理由……それは、その外見に関係がありそうですね」


 すごい。セリムナの街にいた占い師もすごかったけど、西の魔女──リューエンさんもまた負けていない。


 俺自身は何も語っていないというのに、なぜ魔女に会いに来たのか? ということもピタリと当てている。

 ゴクリと唾を飲む。彼の口から続く言葉を待った。


「僕の記憶が正しければ、アルスという名前の『勇者』は、男性だったはずです。しかし、今はどこからどう見ても女性だ。何か心当たりはありますか?」

「実は……」


 心当たり──俺はダンジョンボスを倒す直前に浴びた『種付けブレス』のことを話した。 相手の性別を変化させてしまう強力な呪いのようなものだと教えてもらったことも同時に伝える。


「種付けブレスですか……確かにそのブレスが存在することは知っていますが、まさか魔物だけでなく人の身にも有効だったとは」

「セムリナの街にいた占い師は、神殿の神官では解呪できないと言っていました。そのときに、東の賢者か西の魔女、そのどちらかなら解呪できるのではないかと教えてもらったんです」

「──東の賢者?」


 ピクリとリューエンさんの肩が動く。

「ん?」と、彼を見つめると、垂れ下がった目が途端に吊り上がった。


「『東』が解呪できる? ハッ! あんな偏屈野郎にそんなことできるはずがない!」

「そ、そうなんですか?」

「ああ、そうだとも! 何が賢者なものか……! 少しばかり魔法が得意なだけのジジイだよ!」


 リューエンさんが立ち上がる。優し気な彼はどこかに消えてしまったようだった。身振り手振りをしながら、いかに『東の賢者』がダメ賢者なのかを語り始める。


(もしかして、東の賢者とは『犬猿の仲』ってやつ……?)


 そうとしか思えない。何しろ、うちにも似たようなやつらがいるからな。

 ヴァルドとカイエルは、ちょいちょい衝突する。それを仲裁するのが俺やフィノの役割だった。


 俺は相づちを打ちながら、時折カップに手を伸ばす。

 リューエンさんが落ち着きを取り戻した頃には、カップのお茶は完全に冷え切っていた。




「す……すみません。お見苦しい姿をお見せしました」


 シュン……としょげたリューエンさんが肩を小さく寄せる。頭を下げ、彼のつむじがこちらを向いていた。


「いえ、大丈夫ですよ」


 俺がそう言うとリューエンさんが顔を上げた。もう一度「すみません」と言ったあと、彼の表情は真剣なものに戻った。顎に手を当て、何か考え込み始める。


「種付けブレスの解呪……もしかしたら、できるかもしれない……」

「──っ! 本当ですかっ!?」


 ボソリと呟いたリューエンさんの言葉に、今度はこちらがガタッと立ち上がる。俺はテーブルに手を突き、身を乗り出した。

 そのままテーブルを飛び越えかねない勢いに、リューエンさんが慌てて手を広げ、「待った!」と俺にブレーキをかける。


「かもしれない、というだけです。可能性は低いと思います。それでも、アルスさんは試しますか?」

「もちろん! それがどんなに低い可能性であろうとゼロじゃないのなら、俺はそれに賭けます!」


 男に戻ることを諦めたら、エロエロエンドが待っている。

 俺はあいつらと逆ハーレムな未来を築きたくはない……!


「わかりました。解呪のために少しお時間をいただきます。あと、お手伝いをお願いしてもよろしいですか?」

「はい! 何でも言ってください!」


 リューエンさんが立ち上がって、右手を差し出す。

 俺も右手を差し出し、その手を握りしめた。


「よろしくお願いします!」


 改めてお互いに挨拶を交わす。

 リューエンさんの解呪の準備が整うまで、俺はこの家にお世話になることになった。



 ***



「……どうしてこうなった」


〈西の魔女〉ことリューエンさんの家にお世話になって三日目。

 俺は頭が痛くなって、おでこに手を当てる。


 部屋のドアを開けると、そこにはカゴが置いてあった。中には女物の服が入っている。服を手に取り、広げてみた。


「…………はぁ」


 俺はため息を吐きながら、のそのそとその服に着替える。

 着替え終わると、窓に映る自分の姿を見た。


「…………」


 スカート丈の長い黒いワンピースにフリフリの白いエプロン。

 頭にはフリルのカチューシャを身に着けた美少女──メイド姿の自分がそこに映っていた。


 リューエンさんに頼まれた『種付けブレス』の解呪のためのお手伝い──それは素材集めのことだった。その素材というものが特殊で、日を分けて何度か採取する必要があった。


 俺は部屋を出て、一階へ下りる。

 そこには既に起きていたリューエンさんが素材採取の準備をして待っていた。


「さあ! アルスさん! 今日もよろしくお願いします!」

「……はい」

 

 既に床に手をついてスタンバイしている彼の背に乗る。するとリューエンさんはグルグルと部屋の中を歩き始めた。彼曰く素材の一つに『メイドの馬になって部屋中のホコリを集める』というものがあるらしい。


(昨日は家庭教師風なドレスと赤い眼鏡、今日はメイド……本当に必要なのことなのか? これは……)


『実はリューエンの趣味じゃないですよね?』


 昨日からこの言葉が喉から出てきそうになる。

 なぜなら──


「はぁっ……はぁっ……僕は馬です……メイドのお馬さんです……はぁっ」


 ──めちゃくちゃ嬉しそうに鼻息を荒くして駆けてるからだ。

 ダメだ、アルス。考えるな。感じろ。いや、何も感じるな。無だ。無になれ。


「──遅いっ!」


 ベチンッ! とリューエンさんのお尻を叩く。彼は「ヒヒン」と言って鳴いた。

 これも頼まれたことの一つだ。決して、自分の意思で行っているものではない。


 もう一度、俺はリューエンさんのお尻を叩く。

 彼の鳴く姿は本当に嬉しそうに見えた。


(ところで、メイドの馬って……なに? いや、聞かないほうが身のためか?)


 そんなことを思いながらさらに叩く。

「ヒヒン」という言葉がまた家の中に響いた。



 **


 

「あ、ありがとうございました」


 はぁはぁとまだ息の荒いリューエンさんが、額から汗を流しながら笑顔でお礼を言う。俺はその表情にどこか引きながらも「いえ」と返事をした。


「これでようやく素材が全部揃いましたよ、アルスさん」

「そう、なんですか?」

「ええ。やっと調合ができる」

「調合……?」


 俺が首をかしげると、リューエンさんはクスッと笑った。


「前にも言いましたが僕は魔法が使えない。そんな僕がどうやったら魔法を使えるのか──と考えて、たどり着いた先が錬金術なんです」

「なる、ほど……?」


 リューエンさんが集めたホコリを蓋のついたビンに詰めて、軽く振る。

 俺は先ほどまでの自分を恥じた。


(本当にこれは必要か? だなんて、リューエンさんに失礼だった。俺が家庭教師姿になったり、メイド服を着ることは、必要だったんだ……)


 彼への申し訳なさに、自然と頭が下がって、気づけば床の木目を見つめていた。

 きちんと謝ろう──そう思った俺は顔を上げる。


「リューエンさん……?」

「すみません、アルスさんちょっと頼みたいんですけど……」


 気づけば、リューエンさんは床に手をついている。

 一体どうしたのだろう? 


「あ、あの、もう一度背中に乗って、お、お尻を叩いてもらってもいいですか?」


 はぁはぁとまた息が荒くなっている。ホコリが足りなかったのだろうか?


「素材が足りなかったんですか?」

「い、いえ、素材は十分集まりました」

「じゃあ、なぜ……」

「僕の心を満たすためです! ああっ! メイド勇者アルスたんに叱られたい!!」

「…………」


 謝ろうと思った俺がバカだった。

 リューエンさんは、ただの変態だった。


 自分がスンッ……と真顔になったのがわかる。

 それすらも「いい! その表情!」と彼を喜ばせるだけだった。


 俺は彼の背中に乗らず、尻を足蹴にする。それでもリューエンさんは喜んだ。

 ゲシゲシと何度も蹴りながら、俺はずっと疑問に思っていたことをぶつけることにした。


「素材を集めるために、俺がメイド服を着る必要って本当にあったんですか?」

「す、すみません。ホコリが必要なのは本当なのですが、ただ、こんなところに来てくれる女の子なんていませんし、つ、つい魔がさして?」

「──ベアドスの爪の餌食になってしまえ!!」


 ゲシッ! と強く蹴る。

 リューエンさんが「キャインッ!」と鳴いた。


 こちらを振り返った彼の顔は恍惚こうこつの表情を浮かべている。

 俺はドン引きしながら、その尻をもう一度蹴ったのだった。

読んでいただきありがとうございました。


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