10 西へ
「へっへっへっ、命が惜しければ金目のものは置いていくんだな」
俺の目の前に盗賊が現れた。
「──ふんっ!!」
「ずびばぜんでしたぁ~!!」
剣を一振りして、ヤツらを追い払う。
スタコラと逃げる盗賊たちの後ろ姿を見つめながら、ふぅと一息つく。
女の身で一人旅をするのは、本当に大変なんだなと実感する。
町の中も外も、心から休まる時がまるでない。
俺が男だったときはこんなこと、あまりなかったような気がする。
……それにはあの三人が一緒にいたことも、関係しているんだろうけど。
「今日も晴れてよかったな~!」
俺は澄み渡る空を見上げる。
空に向かって、うーんと両手を伸ばした。
五日前──セリムナの街。俺はあの後ギルドへ行き、西の森までの地図を手に入れることができた。せっかくギルドに来たんだから……と、ついでに仲間たちへのメッセージをギルドに託すことにした。
前回ギルドに預けた手紙は、カイエルが受け取っていた。
カイエルから『今、どこにいるんですか』と返事が届いていたが、俺はまだその問いに答えることができない。
(すまん。もう少し時間がかかりそう……っと)
ギルドでペンと紙を借りて、その旨を書く。できあがった手紙はギルドの受付嬢にお願いした。
翌朝、俺は街を出る。馬車停留所へ行くと、西の森へ直接向かう馬車はなかった。であれば、とりあえず進行方向が同じ馬車に乗り込む。
馬車に揺られて三日ほど経過、途中下車してそこから森までは歩いた。野宿をしながら二日ほど歩き続け、鬱蒼とした森に到着する頃、俺は盗賊と出くわし、現在に至る──というわけだ。
森の中に足を踏み入れる。そのとき、自分の頭の高さにある木の枝をポキッと折った。中途半端に枝がぶら下がっているのを確認してから前に進む。
枝を折ったのは、万が一、森で迷ったときのためだ。
自分が通った道がわかれば、戻ることはきっと容易いはず。
「早めに西の魔女の家までたどり着けるといいな」
魔女の家に至る森は、『迷いの森』とも呼ばれているらしい。
迷ったら最後、死ぬまで抜けることはできないという話を馬車で乗り合わせた人から聞いた。
まさかそんな森だとは思っていなかった。
行くべきだったのは、東の賢者のほうだったのか? と、自分の選択ミスを少しだけ恨んだ。
「でも、ここまで来たんだから、あとは突き進むしかない。きっと大丈夫。俺は『勇者』だから」
そう。俺は『勇者』だ。前世で見たことのある、この世界の主人公。
だから、そう簡単に命を落とすことはないはずだ。
謎の自信が俺の背中をぐっと押した。
**
けもの道を進む。空の青がだんだんと葉の緑に覆いつくされ始めた。
草木をかき分け、ある程度進んでは、またパキッと枝を折る。
何度かそれを繰り返していると、突然、ピリッとした空気が俺の肌を突き刺した。
「…………ッ!?」
生き物の気配……?
魔物か何かのテリトリーにでも足を踏み入れただろうか?
俺は周囲を見回し、耳を澄ませ、注意の範囲を広げる。
(──誰かいる……二人?)
微かに人の声らしきものが聞こえた。その後で、ドスドスと重みのある足音が届く。
人が魔物に襲われている、そんな気がする。
俺は身体を少し前に傾けると自分の体重を足先に乗せた。ぐっと力を入れ、地面を蹴る。木の枝が二の腕をかすめる。俺は構わずに音がする方角へと全速力で走った。
「うわぁああああ!!」
男の叫び声が聞こえた。その声の主を、俺は視界に捉える。男は大きな木の根元に座り込んで、後ずさっていた。
魔物から逃げているときに、木の根にでも足を取られたのだろうか?
でなければ、魔物を前にして、座り込むなんて、「どうぞ食べてください」と言っているようなものだ。
大きな熊のような魔物──ベアドスが男に近づいた。
大きな爪が、男の頭めがけて今にも振り下ろされようとしている。
俺は走りながら鞘を抜き、荷物はその辺に投げ捨てた。
(間に合え……ッ!!)
魔物と男の間に滑り込む。振り下ろされた爪を剣で受け止めた。
ベアドスは突然現れた俺に驚いているようだった。怯んだ隙を狙い、ヤツの爪を弾き、そのまま剣で胸を一突きする。
「グァアアアアアア!!」
ベアドスが叫び声を上げる。どうやら剣は急所を捉えていたらしい。
ヤツは両手をブンブンと振り回し、俺を狙ってくる。攻撃の対象者は男から俺に移ったようだ。
尻もちをついている男からベアドスを引き離すように、足を運ぶ。爪が当たる寸でのところで、ヒラヒラとかわしてみせた。
攻撃が当たりそうで当たらない──それは、魔物でもイライラするのか、振り回す腕が大振りになっていく。俺は挑発するように、またヒラリとかわしてみせた。
ベアドスの口から涎が垂れる。口の端には白い気泡ができていた。
ヤツはグルルと唸り声を響かせると、地面を蹴り、飛びかかってきた。巨体の影が、俺に覆いかぶさってくる。
(──今だ……!!)
俺は手に持っている量産型の剣に力を込めた。
勇者の力を流し、青白く光らせる。
ベアドスの爪が風を裂いて目の前に迫る──そのとき、血が流れていた胸をもう一度突き刺した。
「グァアアアアアアアアア!!」
ベアドスが咆哮する。空気がビリビリと震えた。俺は後方にジャンプし、ヤツと距離を取る。
(──仕留められなかった……!?)
手応えはあった。
なのに、ベアドスがグルルと呻いている。
もう一度、剣を構える。剣先に勇者の力を込めた。青白い光を放つ──その瞬間、剣の中央にヒビが入り、剣先がパラパラと崩れ落ちた。
(量産型の剣では一度しか耐えられなかったか……)
勇者の剣は、先ほど投げ捨てた荷物の袋に一緒に入れてある。
あの剣は特別だ。勇者にしか扱えない代物だ。
鞘には特別な装飾が施してあり、それを見ただけで、この世界の人々は目の前の人物が何者であるかを知ることができる。
だから俺は、女の姿になってしまった自分を『勇者』だと認識してほしくなくて、勇者の剣の存在を隠すことにした。男のときに着ていた服を細く裂いて、包帯のような形状にすると、それをぐるぐると巻きつけた。
先ほども言ったが、あの剣は『特別な剣』だ。
量産型の剣が耐えきれなかった、勇者の力を何度も耐えることができる剣なのだ。
盗賊を追い払うのとはわけが違った。魔物を追い払うにはやはり──
「あの剣じゃなきゃダメってことか」
しかし、今は手元にない。荷物は駆けつける途中で投げ捨てた。回収する余裕なんて、もちろんない。
量産型の剣を構える。こいつでなんとかこの場を凌ぐしかない。
刃の半分が欠けた剣をベアドスに向けながら、俺はグッと腰を落とす。
(こいつで殺れるだろうか)
額からつぅっと一筋の汗が流れる。
俺はこの森に入るとき、自分は『簡単に命を落とすはずがない』なんて考えていた。
今、思えばその自信は、『勇者だから』というだけじゃなかった。
俺には仲間が、あの三人がいたからこそだ。
(でも、今はその仲間もいない)
俺はベアドスの心臓を狙う。
深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。
ベアドスが地面を蹴り、俺も同時に地を蹴った。
鋭い爪と折れた剣が交差する。
はらりと銀色の糸が数本、宙を舞うのだった。
読んでいただきありがとうございました。
すみません。投稿順を間違っておりました……。
昨日にアップしたお話はこちらの続きになります。




