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三話 友達になりたいな


 脚立を返し、校舎の中に入った。別棟の拓真とわかれ、廊下を行く。

 当然手はつないだままなので、通りすがりの生徒たちが、ちらちらと興味深げに見ていった。

 いつものことだけど、やっぱり目立つよな。

 川瀬くんモテるしなあ、とちょっと落ち着かない心地になる。


「なんか日葵と川瀬くんって距離近くない?」


 と女子に詰められた数はけっして少なくない。病のことは絶対言うわけにはいかないので、自分が「俺、お兄ちゃんほしかったんだー」などと適当にごまかしてるが、いつまでもつことか。


「ていうか、川瀬くんは弟って感じだし。俺がお兄ちゃんだし……」

「ん?」

「あっなんでもない!」


 声に出ていたらしい、川瀬が不思議そうに日葵を見ている。日葵は慌てて空いた方の手を振った。釈然としない顔をしているので、「えーと」と言葉を探す。


「川瀬くんって弟属性だよねって思って」

「……そうか?」

「あっ悪い意味じゃないよ。俺、弟いるからかな。なんかわかるっていうか」


 日葵は、ふふ、とひとり笑いうなずく。そうそう、弟属性。だから可愛いんだ。


「拓真先輩の気持ちわかるな」


 日葵の言葉に、川瀬は、むすっと黙り込んだ。


「俺は日葵の弟じゃないぞ」

「あっ、ごめん。悪い意味じゃないんだ。可愛いなって思うだけ」

「かわいい?」

「ごめん!」


 川瀬がぴたりと顔を固くしたので、日葵は重ねて謝った。可愛いなんて、同級生に言われて嬉しいものでもないよな。もう何も話さないでおこう。自分は口がすべるものだから、本当によくない。口を押さえながら歩いていると、川瀬が「怒ってない」と言った。


「けど、俺は頼りないか?」


 しゅんとした顔に、日葵ははっとなる。正面に向き直って、川瀬の顔を見上げた。視線を合わせて、はっきり言う。


「そんなことないよ」


 頼られるのが嬉しくて、無神経だった。

 川瀬は、誰かに頼らざるを得ない状況を、望んでいるわけではないのに。どんな気持ちがしただろう。日葵は深く反省する。


「俺、頼られたのが嬉しくて、浮かれちゃってた。ごめんね。川瀬くんが大変なのに」


 頭を下げる。握り合わされた手を、もう一方の手で包んだ。

 ぽんぽんと頭を撫でられる。見上げると、川瀬が薄く微笑していた。


「気にしてない。ただ」

「うん」

「かっこいいの方が嬉しい」


 ぽつぽつと、照れくさそうに言われた。性懲りもなく、きゅんとしてしまう。頭を撫でてあげたい気持ちにかられるが、さっきの今で、必死に耐えた。川瀬が大きすぎて手が微妙に届かないのが幸いした。


「川瀬くん、かっこいい!」


 なので、とりあえず言葉にすることにした。川瀬は、ぱっと目を輝かせて、歩き出す。お花かお星さまが飛んでいるような弾んだ様子に、日葵も楽しい気持ちになる。気持ちのままに手を振ると、川瀬は振り返してくれた。

 そのまま、二人は教室に入ったのだった。


 


「とはいえ、このままではいけないよね」


 さんざん女子に詰められて、日葵はトイレに籠城し一人ごちる。ごまかすのは何とかなるのだが、なんというか。


「『紹介して』の圧が(つよ)~っ……」


 洗面所の前ではあと息をついた。これには困った。本当に圧が強い。お前だけ得をするなという空気が痛い。


「得って。俺と、川瀬くんは友達だし」


 そう言ってぴたりと止まる。友達、なのだろうか?鏡の前でしかめっ面をした自分と向き合う。ついでに髪の毛を直しながら、首をかしげる。


「べつに俺と川瀬くんって友達じゃなくない?」


 なんだか勝手に友達だって思ってたけど、それって「のっぴきならない状況で頼らざるをえなかった」川瀬にたいそう失礼じゃないだろうか。


「俺は一緒にいて楽しいけど」


 どうなのかなあ。手を洗いながら、日葵は考えた。



「あのさ、川瀬くん」


 次の日の昼休み。日葵は川瀬の席まで行って、声をかけた。


「一緒にお昼食べない?」


 差し出したお弁当に、川瀬が目を見開いた。ちょっとひるみそうになる心を押さえて、じっと目を見る。

 一瞬の沈黙。


「わ、悪いけど、用事があるから」


 席を立って、行ってしまった。日葵は、「うん」とうなずいた。自然落ちる肩は、どうしようもない。女子や友達からの誘いも断って、一人で食べることにした。

 まあ、断れる関係なのはいいよね。俺に気遣って、傍にいるわけじゃないってことはわかった。

 でも、やっぱり、自分たちはのっぴきならない運命共同体というもので、友達ではないのだとわかった。わかっていたけど、やっぱり落ち込む。


「はあ……」


 ため息をついて、お茶を飲んでいると、傍で大きな気配がする。見上げて「あ」と声を上げた。


「川瀬くん?」

「パンを買ってきた。今からじゃ駄目か」


 パンを両手いっぱいに抱えて、川瀬が立っていた。日葵の返事を待たずして、パンを机に置き、前の席の椅子を引っ張って座った。


「たくさん買った。日葵も食べてほしい」


 ぽかんと見ていると、川瀬がまっすぐな目で言いつのってきた。その目があんまりひたむきで、ふわっと和んでしまう。


「お昼なかったの?」

「あったけど、たくさん食べたかったから。それに、日葵も食べると思って」

「俺のぶんも?」

「うん。たくさん食べてほしい」


 日葵はパンの山を見て、感嘆する。これだけ買うのは大変だったろう。川瀬は、せっせっとパンの解説まで始めた。


「え~……」


 可愛い。何、この人。日葵の頭の中に広いなんか素敵な空間がふわーっと開けていった。川瀬は日葵のお弁当に気づいて、「あ」と言った。可愛い~。


「嬉しい。俺、足りないな~って思ってたんだ」

「そうか!」

「わ、このデニッシュ食べてみたかったやつ。よく買えたね」

「俺は腕が長いから、こういうの得意なんだ」

「すごい!いいなあ」

「ふふ」


 嬉しそうにはにかむ川瀬を、にこにこと見つめる。頭撫でちゃダメかな~……必死に耐えつつ、日葵はデニッシュを受け取った。日葵も食べ盛りの男子高校生だ。こう見えて腹には余裕がある。

 気持ちをありがたくいただこう。「いただきます」と、川瀬と手を合わせたのだった。



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