第2話 掃除の基本 奥から手前へ。
「聞いた?出るのよここ。」
「何が出るんですか?」
廊下の掃除をしていたら、洗濯籠を持ったメイドが近寄って来て耳うちする。モップを動かしていた手を止めて、その子の話を聞く。
「ある夜ね、大旦那様が盛大に絨毯にお酒をぶちまけちゃってさ、お掃除メイドが呼ばれて、掃除した帰りに…。」
「・・・帰りに?」
「暗い廊下を走り去る背の高い、赤いドレスの女が!!!」
「・・・・・」
「その子が、きゃああ!!って叫んだら、振り返って…消えたんですって!!!」
「・・・ご子息の恋人とか?」
「いないいない!あんまり決まらないから今度お見合用の舞踏会を開くらしいわよ?」
「大旦那様の愛人とか?」
「いないいない!!大体さあ、夜には門が閉まるでしょう?誰も入れないわよね?」
「はあ…まあ。」
「あれはねえ…幽霊よ。この屋敷をさすらいあるいているんだわ!!」
怖い怖いと言いながらも、楽しそうですね。
「あなたも夜に2階の廊下を歩くときは気を付けなさいよ!」
「はい。」
対、幽霊に?どう気を付ければいいのか肝心なことを言わないまま、洗濯メイドさんが立ち去っていきます。
さて。1階の廊下は綺麗になりましたので、2階の奥の部屋から掃除を始めましょう。
奥の部屋から掃除を始める。一番奥が、恋人のいないご子息の部屋らしいですね。
スッキリと片付いた部屋ですが、念には念を入れてベッドの下まで綺麗に掃除します。こういうところに思わぬ大きなごみがあったり…しました。ありましたね。
ご子息のベッドの下、奥の奥に突っ込まれていた物を出して、ほこりを払ってハンガーにかけて衣装室にしまいます。もう二つ?それもなんとか引っ張り出して、磨いてしまいます。
スッキリしました。
その夜、お勤め先から帰られたご子息に、名指しで部屋に呼ばれました。
「呼ばれたので参りました。掃除メイドのアーダと申します。」
「・・・・アーダ、さん?」
ギギギッ、と音がするぐらいぎこちなく振り返られたご子息。
「どうされましたか?」
「君、あの、僕の部屋、掃除した?」
「はい。仕事ですから。」
「・・・なにか…見た?」
「なにか?ああ。ドレスでしたら、衣装室にかけておきました。あんな風に収納されますと、しわやほこりが付きますよ?靴も磨いておきましたが。」
「・・・あの…。黙っていてくれる?」
「?何がでございますか?」
ご子息は、服装からして騎士団の副団長と言ったところでしょうか?
花形職業ですので、女の子にモテモテでしょうに。黒髪に紺色の瞳。
「個人の趣味について発言するほどの権限がございませんので、ご安心を。うちの派遣協会は口が堅いので有名ですから。ただ…。」
「ただ?」
「廊下を歩きたいのであれば、堂々となさった方がよろしいかと。幽霊騒ぎになっておりますよ?」
「・・・・・」
ご子息の愚痴を聞いたところ…上司とそりが合わずにストレスが溜まったときに、学院の卒業パーティーで出し物の演劇に使った赤いドレスを引っ張り出して着て見たら、他人になった気がして思いのほかテンションが上がったらしい。それ以来、上司に怒鳴られるたびにコッソリ変身して楽しんでいたらしい。なるほど。
「ストレス解消になるのでしたら、よろしいのでは?」
「いや、しかし…。婚約者も決まらないうちにこれがばれたらと思うと…。」
「・・・念のために確認でございますが…。」
「なに?」
「あの…結婚したいのは女性でよろしいので?」
「当たり前だああああああ!!!」
「そうですか。」
なるほど。
「ではこうしたらいかがでしょう?」
1か月後の伯爵邸でのお見合舞踏会は、男が女装、女が男装、という余興になった。
恥ずかしい人は仮面も可。思ったより受けが良かったようだ。
こっそり計画していたご子息が、女装の練習をしていたらしい、と、ちゃんと噂も流した。こそこそして奥深くにしまい込むより、前面に出してしまったほうがすっきりする。
さて。
夕食後にご子息の部屋に呼ばれて、ドレスを着せてヒールを履かせ、歩き方、エスコートのされ方、ダンスの仕方、お辞儀の仕方…を仕込んでいく。
「なんか…アーダは厳しいね。」
「時間がありませんから。私は男性パートも踊れますから。乗り掛かった舟ですからね、ちゃんとご指導いたしますよ?」
はい。目線はそっち、ここでターン。
一応メイドでも男女二人きりというわけにはいかないので、ドアは全開である。
時々、使用人の方が覗きに来ている。
1か月後。
ご子息は新調した赤いドレスをお召だ。お好きなんですね?赤。
化粧もばっちりさせていただいた。かつらもお持ちだったので…これは気が付きませんでしたが、旅行カバンに忍ばせていたらしいです。
真っ赤なドレスを着た、銀髪の長身の美人さんが出来上がりです。ヒールも履くので、かなりの迫力ですね。実は細マッチョなんですがドレスで全然気になりません。
「ねえ、アーダがエスコートしてくれるんでしょ?」
「契約外なんですが。」
捨てられた子犬のような目で見下ろされたので、致し方ございませんね。別料金頂戴いたしますよ。
ご子息をエスコートする私は、彼の少年時代のスーツをお借りしました。いくらなんでも女性と男性は出ているところが違うから着れないでしょう?胸とか?と、思いましたが…大丈夫でした。不本意ですが。かつらも貸していただきました。金髪の長い髪の奴でした。念のため仮面を着用いたしました。
さて。お見合舞踏会の開幕です。
お客様方もノリノリでございます。色とりどりの大きなドレスがホールに揺れております。女性陣も負けてはいません。長い髪を後ろで結んだり、結構ななりきり美男子がたくさんいます。
一曲ご子息と踊って、バルコニーに避難します。
いいお相手が見つかるといいですね。
タイを緩めて、シャンパンを貰って飲んでいると、黒髪の美人に声を掛けられました。綺麗なブルーのドレスをお召です。
「一曲お願いできませんか?ムッシュー?」
「ぷはっ、何をされているんですか?こんなところで??お見合ですか??」
シャンパンを吐き出しそうになってしまいました。
「おばさまに、とても面白そうな舞踏会があるから行く?って誘われてな。招待状も貰った。」
「・・・・・」
軽くウィンクする紫の瞳を見上げる。
私だとよくわかりましたね?変装してるのに。
「一曲だけですよ?足を踏まないでくださいね。」
「俺、女性パートは踊れないから。」
「えーーー面白味がなくなっちゃうでしょう?」
ディーター伯爵邸。清掃完了です。
奥にしまっていた物を前面に出してみたら、意外とすんなり片付きました。
ご子息には男装令嬢の恋人ができたらしいと報告がございました。