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逆転  作者: Avoid
可憐な少女の様に
9/14

9.ビターチョコレート

 数十分後、蛇のようにするすると住宅街を抜けてみれば、やはり不思議なことに、人がちらほらと見えてくる。子どもからお年寄りまでまばらだけれど、それが、ここに生活があるのだと感じさせた。


 温かい。されど、少し寒い。まるで、マッチ売りの少女のようであった。


 失くした鍵を見つける為に、私は、次なる場所へと向かってゆく。交番か、交番か、交番か、はたまた、交番か。交番以外に思い付く場所なんてない。失くし物を丁寧に保管してくれている場所なんて、交番、警察署ぐらいしか考え付かないのだけれど、この辺りに警察署は存在しないのだ。いっそ、今日の私の行動をそっくりそのまま、鏡映かがみうつしのように真似てみるのも、案外悪い選択肢ではないかもしれない。


 一先ひとまず、ぶらりぶらり、歩きながら考えていても仕方ないので、先に訪れた交番とはべつの交番を、いくつか尋ねてみることにした。


「すみません。こちらの交番にこれぐらいの、大きな鍵の落とし物はありませんでしょうか?私、落としてしまったんです」


「いつ落としたか覚えてはいますか?」


「今日です。今日のお昼前後です」


「申し訳ないですが――」


 ――かれこれ三件。


 一つとして、成果はなかった。毎度々々同じことの繰り返しで、辟易する。それに、たった三件の交番を巡るだけで、だいぶ遠いところにまで来てしまった。空も暗きが差し始め、いよいよ途方に暮れたくなる。


「どうすればいいの……?」


 と、一人呟いてみた。口にすることで現実味が増したように感じられて、ほんとうに、どうすればいいのか分からなくなって、泣きたくなる。


 もう、どうしようもないのだ。やれることはすべて尽くしたし、お願いだって、ずっとしている。夜になったらお星様にもお願いするし、太陽様にも、お月様にも、仏様にも、神様にだって、誰にだって、お願いする。


 それともまだ、足りないのだろうか?

 なにが足りないと言うのでしょうか?


 私にできることであったら、なんだってしますと言うのに。


 はあ。とぼとぼ歩いて、まるで生きた死体のように揺らめきながら、また自宅アパートの近くにまで戻ってくる。すると、視界の隅にあの公園が映った。そして、体の引き寄せられるまま、休息を求めてベンチに座る。


 なんだか、とても座り心地が良く感じた。


 背もたれに全身を預けてみると、目の前には、黒みがかった空が広がっている。まだ少し、強いリンゴ色の光が差しているけれど、でも、この夕暮れ時の空はいつ見ても美しい。


 もうすぐ夜になる。この一瞬のひと時が、私は儚く感じられて、好きだ。明日もその明日も、変わらない差し色が、大好きだ。そして、私がそれをあと何回見ることができるのか、想像するだけで胸が苦しくなる。


 まるで、ほろ苦いチョコレートのようだった。

 さながら、苦いチョコレートに差す甘みのようだった。

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