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逆転  作者: Avoid
可憐な少女の様に
6/14

6.鍵は何処へ

 ひとまず私は、最寄りの交番へと駆け寄った。マイバッグを両手に、中身はスーパーで買った食品がメインだけれど、まるで、帰宅途中の主婦である。『ああ、いけない()()()()。そろそろ夕ご飯の準備を始めないと、間に合わなくなっちゃう』、なんて、まあ、私にご飯を作ってあげるような家族はいない。一人暮らしだ。


 交番の中に入って、お巡りさんに、「自宅の玄関扉の鍵を失くしてしまったんですが、鍵の落とし物は届いているでしょうか?」、と尋ねてみる。するとお巡りさんは一瞬の間を置いて、

「いつ失くしたのか、覚えてはいますか?」

 と聞き返してきた。


「今日です。今日のお昼前後です。近所のスーパーに行って、お買い物をして、家先にまで帰ってきたら、自宅の鍵がないことに気が付いたんです」


 私は言う。


「う~ん……申し訳ないですが、今日、この交番に鍵の落とし物は届いておりませんので……」


 すこし考える素振りをしたお巡りさんは、しかしそう言うと、「こちらの方に鍵の特長と連絡先を書いていただければ、後日、鍵の落とし物が届いた際に連絡させていただきますので、よろしかったら、ご記入ください」、と言って、一枚の用紙を差し出してきた。加えて、

「お名前の方もお願いします」

 と、お巡りさんは丁寧に言う。


 私は内心、物腰柔らかな人だなあ、なんて思ってみたけれど、案外、これが“普通”の業務であるのだろうか。


 考えながら名前と、鍵の特徴(とは言っても、『すこし大きな鍵』ぐらいである)と、携帯の電話番号を書いて、それから、書いた内容に何度か目を通して、お巡りさんに用紙を渡す。


「うん、うん」と、私と同じようにして用紙に目を通したお巡りさんは、しばらくすると、納得がいったのか確認が済んだのか、

「ありがとうございます」

 と言って、小さく頭を下げると共に、足早と奥の空間へ逃げ去ってしまった。あの、と声を掛けてみても、一向に返事は返ってこない。


「いやあ、お待たせしてすいません。落とし物ファイルを見失ってしまって、予想外に時間を取られました」


 そう言ってお巡りさんが戻ってきたのは、あれから数十分が経過したあと、私が、そろそろ帰ろうかと逡巡している時であった。落とし物ファイルというのはきっと、先に書いて渡したあの用紙を纏めたものなのだろう。


 ――まったく、説明もなしに姿を消してしまうなんて、とんだ非常識だ。


「いえいえ、お気になさらず。むしろありがとうございます。よろしくお願いします」


「了解です!ご協力感謝します!!」


 ――なにが『ご協力感謝します』なのか、それは、私に向けての皮肉だろう。


「……いつもお勤めご苦労様です」


 ――はあ。


 私は、思わず吐きかけた()()()をぐっ、と堪えたあと、お決まりの“あのポーズ”をするお巡りさんに会釈して、それで、飛び出したくなる気持ちを抑えながら、一歩、二歩、しっかり地面を踏みしめる。


 色んな力が、入った気がした。

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