5.気付きと矛盾
夢。夢は、夢だ。なんの脈略もなく始まって、荒唐無稽なストーリーで織りなされる、荒唐無稽な生ける世界。出鱈目で、あべこべで、上も下も右も左も見境なしに作られる、偽物。
そして私は、そんな偽物に惑わされて勝手に踊り狂ったと思えば、ふとした瞬間に我に返る、卑怯者。楽しむだけ楽しんで後に帰れないと思ったら、すぐに引き返す。
まるで言い寄ってくる男の人のような、私がそれになってしまったかのような、これはいやな感覚で、きっと、朝の目覚めのように爽やかなものではなく、二度寝してしまいたくなるような泥の感情。
――まだ一日は終わらないというのに、ずいぶんと私は沼に嵌ってしまった。
兎にも角にも、ひとまず家へ帰らなければならない。
辺りを見渡してみれば、これは、一目で夢の世界に出てきた公園だと分かる。あの時と同じように、されど、違うようにして並ぶ、ごく現実的なベンチの面々だ。さすがに十も二十もあるわけではないけれど、しかしそれは依然として、まっすぐ並んでいる。
やっぱり可笑しいな、と笑ってみせた。誰にでもなく、強いて言えば、これは自分に向けて。自分で自分に微笑みかけたのだ。すこし破顔と言うには、強張った、まるで令嬢のような優しい感じだけれど、それも、僥倖。
公園で一人破顔してる女なんて、怖くて怖くて、私は近付こうとも思わない。そのうち見かけた人がこうやって、『あの女、公園で独り、まるで顔が壊れちまったかのようにして笑ってたんだぜ』、とかなんとか噂される羽目になって、もう一人で外には出歩けなくなるのだ。いや、誰かと一緒に出歩くのはもっと無理かもしれない。どちらにせよ、もう外に出るのは叶わないだろう。
だから僥倖。これは僥倖だ。顔が強張って、結果的にだけれど、淑女然とした様相になっている。あくまで、私はお淑やかな人としか見られないのだ。まったく、こうなると手持ちに鏡がないのも惜しいとさえ思う。私は、輝いている。
さて、とりあえずは現在地も分かったことなのだし、そろそろ家に帰ろう、と思ってみたら、はて、私はとても困った。なにせ、鍵がないのである。そう、そうだ、そうなのだ。
自宅用の鍵が、ない。
いま思い出した。私は、もともと自宅用の鍵がなくて、それで、公園でふて腐れていたのである。そして、そのままベンチで寝てしまったのもあり、いわば、ふて寝の状態。心地よい不思議な夢の中で、公園とベンチが出てきたのは、このあたりが影響しているのだろう。まさに、さもありなん、だ。
私、自分が情けなく思えてきて、またいつものようにネガティブな感情で支配されるのかと思えば、この、大きい大きい空の下で、大きく大きく、ヒステリックになりたくなる。解放されるみたいな感覚で、それこそ、まるで道化が如く、喚いて、泣いて、笑ってみせて。
きっとこれは『感情』なのだ。人である以上、逃れることのできない感情。どうしても、濁流みたいに押し寄せるキタナイ感情は、得てして、人がヒトである為の証拠であり、これ以上ない、純潔の証。
なるほど、と私は思った。自分で自分に納得をした。
きっと、私がいつまで経っても変われない原因はここにある。私、自分が嫌い嫌いと思っていたけれど、もしかしたら、案外嫌いじゃないのかもしれない。
――いや、ああ、なんとなく、分かった気がする。
私、きっと、ほんとうに醜いことだけれど、たぶん――自分が嫌いな自分に、酔っているのだ。
そんな気付きを得られた私は、なんだかとっても自分がひどく思えて、しかし、そんなふうにひどく自分を思っている私が、私は好きなのだと考えてみれば、もう、分からなくなる。
私は私が嫌いで、でもそんな私が私は好きで、そんなふうに考えている私が嫌いで、それもぜんぶ含めて、私は私を愛している。なにが、なんだか。
思えばずっとこの調子。いつもいつも分かりもしない事ばっかり考えて、いつもいつも、ほんとうに、馬鹿みたいな、馬鹿みたいな。
こうやって自分を強く糾弾すれば、それで私は、満足なのだろうか?分からない。分からないけれど、分からないなりに、考えて、だって、いつもそうだ。私、分からないっていつも逃げてばっかりで、それは最初から、分かろうとしていないじゃないか。人生はいつも分からないことだらけなのに、それで逃げてばっかりじゃもう、恥ずかしくて生きていけやしない。
鍵を探す前に、家に帰る前に、私は、変わる。
おかしな話だけれど、私は、変わる。
人は矛盾を抱えて生きていく。きっとこの世界のどこか、遠い偉い人がそう言っているはずだから、私も、矛盾を抱えながら生きていく。
変わっていく。