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逆転  作者: Avoid
リンゴ色の狂気
4/14

4.崩壊と再生

 迷子。そう、迷子。見つからない、見つけられない、迷える、モノ。


 不可思議なことに、私は、また既視感を感じている。先もそうだったけれど、きっと、少女漫画とか迷子とか、これは“外”に感じている既視感ではない。内なる感情、感覚、私が見て聞いて、思ったことに既視感を感じているのだ。つまるところ、モノのたとえ。以前にも私は、『少女漫画みたい』、『迷子みたい』、のようなたとえを使ったことがる。それがいつなのかは、まったく分からないのだけれど、でも、たしかに、私は使ったことがある。他にも、既視感を覚えていないだけで使ったことのあるたとえが、存在しているのかもしれない。


 こうして考えれば考えるほど、私は、螺旋(らせん)の階段を下ってゆくかのような、底なしの感覚に襲われ、微かな光明さえも、霧で覆われてしまったみたいに、行き先を見失う。まるで孤独になってしまった。孤独で、ひとりぼっちで、誰も周りにいない。手を引いて先を案内してくれる人も、私に寄り添って、一緒に道なき道を歩いてくれる人も、誰も、いない。家族は、友人は、『――』は、いや、『――』は、いらない、けれど、誰か、他に、いないのだろうか。


 ――返事はない。


 スパイラル、スパイラル。ああ、スパイラル。スパイラルとはつまり螺旋のことで、私は、ぐるりぐるり、一周二周。記憶と思考が交錯して、同じようなことを何度も考えている、その気さえした。さながら記憶と思考のスパイラル。いまだ出口は見つからない。深き闇が、私を包み込んでいる。


 ふと、私はなにをどうしたいのか、分からなくなった。私は、なにをどうすればいいのかも、分からなくなった。


 思考の荒波に呑まれ、迷宮へと(いざな)われ、闇が、私を抱擁している。なにが起きているのか、皆目見当もつかない。光が明滅し、世界が色を失い、虹のなるように思われた光景が、急速に遠のいたと思ったら、ぐわんと、視界が揺れる。すべてが意味を持っているようで、意味を持たないようにも感じられて、不思議と、これが“潮のなる極地”なのだと、理解した。現実的なリアリスティックが、ひとつずつ崩れてゆくかのようで、私は、思考の荒波に吞まれた自分が、ひどくまどろんだ世界の海に呑まれているのだと、理解した。


 そう、理解したのだ。急に謎が解けてしまったときの明瞭さみたいに、すべてのピースがカチリ、と音を鳴らして――それが、引き金となる。

 

 最初はベンチが崩れ始めた。私が座っているベンチを除いて、すべて、崩れ始めた。音も立てずに、されど、ガラガラと音を立てるかのように。そして、完全に崩れてしまうと、虚空へとむなしく消えてゆく。まるで、最初からそこには何もなかったと、現実が言っているみたいだった。


 そして、次に崩れ始めたのは、真横に座っている名も無き彼。私は、なぜか公園に移動したときから、ずうっと彼の名前を知っていると、そう勘違いしていたのだけれど、思い返してみれば、私、彼の名前を一度として聞いたことがない。それに、彼はどこかへ行こうと急いでいた筈だ。記憶の中の彼はとても急いでいて、『珍しいですね。どこかへお出かけですか?』、と言ってみても、『すいませんっ!!』、の一言ですぐに走り去ってしまう、不思議な人。これは作りモノだ。


 やがて公園が、家々が、雲が、月が、崩れ落ちてゆくほど――この世界は、急速にリアリティーを失っていった。間違いなく、終点に辿(たど)り着こうとしている。終点に辿り着いた向こう側の景色は、どんなに綺麗だろうか。ブラックコーヒーを飲んだときに見たカラフルな世界では、あってほしくない。


 オレンジ色か、リンゴ色か、ブラックか。


 ああ、世界が白で染まってゆく。まるで天国に昇ってしまうかのような、不可思議な感覚に身を包まれて。


 ふわっ、と。


 ひどくまどろんだ世界の海。現実的なリアリスティックを持つそこから、脱出したあとの世界は、ひどく、まるで、昼間のスーパーで買ったあのリンゴみたいに、赤く、染まっていた。

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