12.ほんものと偽物
「……つまるところ、心配性すぎる花ちゃんの言葉に、どうしてか逆らえなかった晴花先生は、渋々――というわけですか」
そう言って私は、はあ、とため息を一つ。そして、指で頭を押さえながら、やれやれ、と首を振って見せた。
「ははは……本当に、申し訳ないです……」
自らを晴花と名乗った大人の女性は、苦笑しながらも、面目なさそうにして謝る。べつに、責めようなどとは微塵も思っていないのだけれど、この女性、見事なまでに腰が低い。まるで、ひらりひらり、ほんものの花びらみたいだ。
「……でも、意外でした」
晴花先生は言う。
「なにがですか?」
そう聞き返すと、
「だって、あの花ちゃんがこんなに必死になって、声を上げて、私の服を引っ張ってまで、この公園に『たすけたいひとがいるから』って……普段の様子からは全然、考えられないんですよ」
本当、驚いちゃってびっくりー、みたいな。
「……そうなんですね」
でも、たしかに、あんな感じで、喜色満面みたいな顔で走り寄ってくる子だとは思ってもいませんでした。
あはは、と大人二人分の小さな笑い声が、夜の公園にじわじわと響き渡る。
晴花先生はとても上品なひとであった。言葉遣いこそ、くだけて、まるでそうとは思えないほどに柔らかいのだけれど、それが、かえっていい所のお嬢様であるかのような、気品さを醸し出している。姿勢もよく、背筋はぴんとしていて、最近の大人にありがちな、不格好の極みとでも言うべき猫背でないのが、珍しい。これは、いっそうの気品であった。ほんもののお嬢様だ。もちろん、私は偽物である。
笑い方一つとっても、晴花先生はお手を口に当てて隠すように笑う。所作という所作が美しいのだ。対して私はというと、それはもう豪快に笑って笑って、純白でない変色した汚らしい歯を隠そうともせずに、笑っている。しかも、まあ。晴花先生の歯がちらりと私を覗けば、それが綺麗な純白で、形も整っていて、お手を口に当てる行為が卑しい目的でないと分かり、私の、僅かながらの自尊心もずたぼろである。むしろ私の方が卑しかったのだ。
「――そういえば」
ふと気になった私は、そう言って、「どうして晴花先生は、先生と呼ばれているんですか?」、と聞いた。
「えっと……」
そう言い淀む晴花先生の顔に、私は一瞬、影を見た気がする。先もいまも、和やかな表情は、変っていない筈なのに。
なんだか、聞いてはいけない質問をしてしまったのだろうか?という気持ちに駆られた私は、「ご、ごめんなさい……言いたくなかったら、ぜんぜん、答えなくて大丈夫ですから」、と言った。
「いえッ!……その、言いたくないとかじゃなくて」
晴花先生はすぐに言うと、少し、なにかを迷うような素振りを見せ、
「……色んな理由があれ、あの子たちには、本物のお母さんとお父さんがいますから」
と、公園で子ども三人、遊んでいる姿を遠目に見つめながら言った。




