10.だいじょうぶ
私はべつに、煙草を吸うような女でもないけれど、この、美しい曖昧な景色を見て、静かに煙を吐きたくなる。ふう、と白い靄が宙に掛かり、まるで、空全体が新しいキャンパスになったみたいな、不可思議な錯覚に陥るのだ。
試しに、ふう、と軽く息を吐いてみれば、しかし生ぬるい風によって簡単にいなされる。幻想とは幻だから幻想なのだと、私はまことに理解した。ひどく現実的で夢のない季節である。ああ、恥ずかしい。恥ずかしくて、いたたまれない気持ちに襲われて、きっと、私の顔はリンゴ色より濃い深紅の色に染まっているのだ。
どうしてもこの公園から姿を消したくなった私は、クイと視線を地面と平行に戻す。すると、私がいるベンチから十歩ほどさき、絶妙な距離を保ってこちらを伺っている人がいた。子どもだ。可愛らしい女の子である。頭にさした花のかんざしは、ユリだろうか。まっしろで、まさに純白の色。私が思い描く白色より、何万倍も綺麗だ。
「……えっと、君、どうかしたの?」
私は努めて優しく、まるで花びらのような柔らかい微笑で女の子に話しかける。
すると女の子は、
「ううん、なんでもない」
と言いつつ、緩やかに首を振った。
「……じゃあ、どうしてそこに立っているの?」
私が聞けば、女の子は少し黙ったあと、「ここ、よくあそぶこうえんだから」、と言って、それっきり口を開かなくなってしまう。なにを聞いても俯いたままで、これは、困った。傍から見れば、児童虐待だと思われかねないのである。それとも、なにか、子どもの機嫌をどうにかして直そうとする、なんとも情けない母親のようにも映るだろうか?
どちらにせよ、ほんとうに、困った、困った。私はもちろん独り身なので、こういうとき、子どもと如何にして話せばよいか、てんで分からない。むかしにお母さんから受けた愛情も、むかしにお父さんから受けた強かさの何たるかも、ぜんぶ、忘れてしまったのである。最後に愛情を受けたその日さえも忘れてしまったのだから、私も、目の先にいる女の子に、どのような慈しみをあげればいいのか、ああ、分からなくて、ごめん。
「……おねえさん、だいじょうぶ、だよ?」
すると不思議なことに、まるで私の心を見透かしているかのようなタイミングで、女の子が言った。深い深い慈愛を含んでいる、私に、どうやって相手を慈しむのか、そのことを教えるみたいに、言った。
私は唖然と、愕然と、呆然とした。いろいろな感情がぐちゃぐちゃになって、驚いて、まるで、鳩が豆鉄砲を食ったような、へんな顔になってしまう。
「だって、おねえさん、かなしそうで……」
だから、だいじょうぶだよ?と、女の子は言う。私が、『どうして分かったの?』、なんて聞く前に。
なんだかすべてがお見通しで、この女の子の前では何一つとして隠し事ができないのだな、と思えば、自然と涙が出てきそうだった。




