守りたいと思った人生は今度も続くのだろうかと
俺が生まれた国でキックボクシングを学ぶということは自分の限界をその限界の限界にたどり着いてもそこから降りられないように果てしなく自らを鍛えることにあった。
実際に試合に出るとみんな似たようなものなので骨が折れそうな攻撃を耐えながら先に相手の骨を折るまで殴るとか、痛みを体験すること自体に意味があるような気さえした。
痛みを経験することに何の意味があるかはわからない。体中に流れている血はどこかへ向かうべきだと言っている。いかないとどうなるか、いかないと逃げるか。
逃げないと走るか。走って走って、世界の果てまで走って、汗を流して骨を壊してつきりなおして、筋肉も壊して作り直して、それから何をやるのかと、自分がやることをやっているのだと。
その日も訓練をして、試合に出るために遠くの島に行くことになった。それなりに実力も付いて、試合が行われる場所が遠くになっても行くだけで十分な収入になる。
負ける気は毛頭なかった。
緊張はほどほどに、気を引き締めすぎて出し切れない方がよくない。ある程度リラックスした状態で筋肉が眠らないように、心のざわめきは鎮まるように。
息をする。空気を吸って、水を飲んで、頭の中を空っぽにする。
初めての空の旅ではあったけど大したことはないと、三十分ほど経ってからだった。ガタイのいい男二人が同時に座席から起き上がった。何をするのかと目が行く。
俺の席からよく見える。一人がナイフを手にしていた。
テロリストか。
静かにバックルを外す。
俺以外に誰か対応できそうかと見まわす。飛行機は満席だったが、ほとんどは、なんだ。学生だらけだ。修学旅行にでも行くのか。
学生を巻き込むのか。子供を巻き込んでまで貫き通す信念はさぞかし大それたものだろう。
男はフライトアテンダントにナイフを突きつけたまま人質にしようとしていた。
そもそもどうやってナイフを隠し持つことができたなんて考える必要はない。
子供たちが巻き込まれることを避けなければ。ハイジャックするつもりなら大変なことになるのは間違いない。
俺は音を立てずにゆっくりと腰を下げたまま動く。視界に入らないようにかがんで、拳にはコインを握る。こうするとパンチが少しは固くなる。
二人のうちフライトアテンダントを人質にしてないほうの手が空いている男がこっちを見た。
だがもう遅い。俺は座席のシートをつかみながらジャンプし、テロリストの顔面に膝蹴りを入れた。
綺麗に入ってその次にナイフを持つ男のボディに左フック。肝臓に入ると一瞬だけ息が詰まるのでそうした。男は崩れたが、念のため脳が揺らせるように顔面にコインを握った手でストレート。
だがこれで終わりじゃないだろう、さすがに二人でナイフだけでハイジャックをするはずがない。
案の定、後ろの席から人が急に動くことが視界の片隅に入る。手には何か握っている。やばい。銃声が響いた。飛行機の中で銃を撃つなんて正気か。
距離は10メートルほど離れている。ジャンプしてからのニーキックは5メートルまではいけるけどそれ以上は難しい。
今の俺は人が座ってる座席、それも二人の女子学生の足の上でうつぶせになって隠れている状態。
情けないが許してほしい。別にいかがわしいことは思っちゃいない。俺には彼女もいるしこんな状況で誰かを性的な目で見たりしないから。
距離を狭めるためには座席を飛び越えるか通路を強行突破するか。
何か銃弾を防げるようなものがあるといいんだが…。
サラリーマンなのかスーツ姿の男性がノートパソコンを持っていた。いけるか。
すまない、と言いながらそれをつかんで顔をガードしたまま通路を走る。拳銃から二回発砲音がした。一回は自分とは関係ない場所へ飛んだようだが、一発はノートパソコンにあたってひしゃげる音がした。
だが固い部分に当たったのかそれともノートパソコンはすべての部位が頑丈なのか、あたっても貫通しなかった。
距離はあと3メートルほど。俺はノートパソコンを銃を握ってる男に向けて投げた。男は顔を横に傾けて避けたが、そのせいで姿勢が崩れる。
銃を握った手に手を伸ばしながらタックルする。
背中を打ち付けるも銃を握ったてはそのままだった。俺はそれを両手でつかんでひねる。犯人の上半身は片方の膝と両肘で抑えている。
男の顔は憤怒に染まっていた。
俺は銃を取り上げることに成功したが、男はそれで終わらなかった。太ももに熱い感触がある。男が銃を握っていた手の反対側の手でナイフを取り出し俺の足を刺したのだ。
しかし俺はそれで止まったりはしない。アドレナリンがドバドバと流れている。拳で男の顔面を強打した。MMAでやるグラウンドパンチである。
何回も、何回も、男がグロッキー常態になるまで殴り続けた。
予感がして避ける。もう一人から銃を撃たれたのだ。また座席に退避。今度は若い女性教師の足の上だった。いや本当に許して、下心なんてないから。
心の中で謝りながら、さっき防弾で使ったノートパソコンが転がっているのを見る。それをつかんでまた短い距離をダッシュ。
今度はノートパソコンを投げることなくそれで正面をガードしながら勢いを載せて顔面に膝蹴り。
ノートパソコンでそのまま男を殴り倒す。
これで全員だった。念のため拳銃を握ったまま警戒したが、さすがに拳銃を握った人を二人も潜入させるので限界だったのだろう。
制圧に成功した俺は緊張が抜けながらも忘れずに服などを使ってほかの乗客たちとともに犯人たちを捕縛した。
だがちょっと運が悪かった。太ももの大動脈を切ってしまったようで、血が止まらない。一番近い空港に着陸するまで30分はかかるとのこと。
衣服を固く巻いて止血をしたが、30分は長かったようだ。
大会に出たかったなと思いながら死んだ俺だったが、何がどうなったのか、記憶を持ったまま生まれ変わってしまった。
俺は仏教徒ではないのだが…。まあいい。
今回も鍛錬は欠かさずするつもりだ。
生まれたのは違う国になってしまったから祖国に対する感覚はあいまいになった。
人間が別の国に生まれると知っているなら愛国心なんて抽象的な感情はあいまいになるものである。
体は前世の性能をつけ継いだかのようによく動いた。前世の限界を超えるために鍛錬を重ねると実際にそれ以上の出力を出せるようになったんだから俺は舞い上がった。
だがこの国は前世で住んでいた国より環境が悪かった。政治的な状況も複雑だった。様々な勢力が絡み合っていた。
それこそ戦争を起こしているわけではないにせよ銃弾が飛び交うことも珍しくなかった。俺は前世でそこまで恵まれた状態で生きていたという自覚はなかったが、この状況を考えると学校に行くだけで命がけの日があるとか、普通にやばいと思う。
そして今度はその学校に武将した連中が現れた。拳銃ではない、アサルトライフルである。アサルトライフルを持ってる男たちが二十人ほど。奴らは女の子を全員捕まって連れて行くらしい。
ふざけるなと怒りで頭の中が沸騰した。
俺は前世の記憶がある分、ほかの男の子は素っ気ない態度で接する女の子に優しい態度で接していた。
喧嘩も学校で一番強いので人気者である。まあ、学校といっても黒板とチョークはあるけど土を盛り上げた椅子と机に座って、支給されるノートや鉛筆などは支援団体便りであるが。
ただ前世でも勉強はしていたので結構覚えていたのだ。運動をするからと運動だけしたら馬鹿になる。親は俺にそう言っていたのだ。
勉強が難しいと言っている子には勉強を教えた。慕ってくれている女の子はたくさんいた。ハーレム気取りだったわけじゃない。俺はただみんなが幸せに暮らしてほしかった。今よりましな環境で、ましな状態で、いい男と結婚して、幸せになってほしかったから勉強を教えた。純粋な、他人に向けての情欲が絡まない愛だった。
それを奴らは踏みにじろうとしていた。確かにこの国の状況は劣悪だ。だがだからと安易に極端な行動をとるのは間違っている。
隣国は海と面接しているため海賊になって人質を取るのも普通にあると聞いた。だがそっちは船舶の運航量が多く、海難事故や石油の流出で漁業が成り立たなくなっているので仕方なくそうしていると聞いた。
そこまでの状況ならどうしようもないだろう、別に誰かを殺しているわけでもなければ奴らはリスクも背負っている。捕まって殺されることも普通にあるだろう、先進国の海軍装備は古いライフルと冷戦時代のRPGで武装したくらいではどうにもならないほどの差がある。
だがこいつらはだめだ。宗教だかなんだか知らんが、人をもののように扱って、女性をさらって自分たちの性のはけ口にするとか、許せるものか。
俺は息を潜んで扉の後ろに隠れていた。みんなには声を出さないように言ってある。
男がこのクラスに入ってこうよとした。俺は男の腕をつかんで膝と肘で挟み打ちしてそのまま折った。そライフルを首にかけていなかった男はライフルを落とした。俺はそれを拾い男を肩で固定している部分、銃床、またはストックと呼ばれる場所で強打した。
気を失った男の腰には案の定ナイフがあったのでそれを抜いてそのまま男の胸に振り下ろした。
生徒たちから小さく悲鳴が上がったけど俺は気にしなかった。彼女たちを守りたいだけだった。別に俺がどう見られようが気にしない。こんな国に生まれたとしても、幸せになる資格はあるのだ。
たとえ今が厳しくても、待っていればよくなる日が来るかもしれないのだ。そんな子供たちの人生を台無しにされてたまるか。
俺は実は前世で軍にも服役しているので銃火器もある程度は扱える。ライフルを構えて進んだ。秦からめいたらまるで映画のひと場面のようであるだろうけど、俺はそれどころじゃない。
まだテロリスト集団の男たちはたくさん残っている。ライフルはできれば撃たないままナイフで殺したほうがいい。銃剣だったらよかったんことが残念でならないが仕方ない。ナイフを握ったままライフルも構えている。
片方でグリップとトリガーに乗せて、もう片方の手ではナイフを握ったまま手の甲の上に銃身を載せた形である。
なぜライフルを使いたくないのかというと、音が響くからだ。一体多数はさすがに難しい。各個撃破をする状態が望ましいが、注意をひいてしまったらそれもできなくなるだろう。
視界と音、人の気配をなるべく感じ取るように、瞬時に反応できるように緊張した状態で先に進む。
二人組が歩いているのを発見。こっちに向かっているのを見るに送った奴が戻ってないのを確認するためだと推測する。
曲がり角で隠れて近づくのを待つ。二人同時に制圧するためには一人を引き寄せてからナイフで仕留めて、もう一人がこっちに向く瞬間に足払いをする。
これで行こう。
徐々に近づいきた。今!
一人を捕まって引き寄せナイフでのどを掻き切ると同時に反応できなかった男に足払い。
姿勢を崩した男の腹をストックで強打。男がうずくまったところで背中にナイフを刺した。念のためストックでもう一回頭を強打する。
多分それでもう起き上がれないだろう。
しかしそうしていたところで後ろから気配がした。三人ほどの男がこっちを見る。ライフルを構えようとしていた。俺は素早くライフルを構えた。奴らは訓練を重ねてないのだろう、姿勢はめちゃくちゃで距離があるのもあって命中する気があるのかないのかわからない銃口のブレ。俺は素早く三人に単発射撃状態にしているライフルでトリガーを引き弾丸を撃ち込んだ。
二人はそれで倒せたけど一人は肩をかすっただけだった。ここで銃撃戦をする暇はない。俺はナイフを投げた。ナイフ投げも実は得意である。
男の額にナイフが刺さった。一人はヘッドショットでそのまま即死したけどもう一人は腹に一発食らって倒れていたのでストックで頭を強打した。これで脳震盪になると失血死に至るまで昏睡状態のままだ。
銃声が響いたわけだからこっちに来るはず。ライフルをもう一つ手に取って背中に担いだ。映画と違い現実で銃がなかなか当たらないのは撃たれないようにしながら撃ってるからだ。撃たれないようにすると体を動かすかそもそも見もせず腕だけ出して撃ったりする。
どっちも銃口はブレブレだからあたるものも当たらないだろう、それでも正規軍の中で訓練強度が足りていると銃口をしっかりと向けて撃つようになるが、そうなるまで受ける訓練は割とハードである。
心を無にしないといけない、雑念が入ると死ぬのは自分。
心を無にしても死ぬときは死ぬが。前世のように。
大人数で走る音がした。全員に銃弾を浴びせるような打ち方もしない。膝立ち状態で構え、視界に入った奴の頭から一発ずつ撃つ。一発、二発、三発、四発…。全部ヘッドショットになるようにする。
六人目がそれで死んだところで構えてこっちに向かってフルオートで乱れ撃ちを始めた。後一秒は耐えられる。距離は30メートル以上離れている。そんな状態でフルオートで撃ったって滅多に当たるものじゃない。冷静にあと二人だけ減らす。
見えていたのが残り四人となったところで曲がり角で身を隠す。
奴らは絵に描いたような対応をしてきた。フルオートで撃ちまくるのである。銃声がやむまで待つ。だが下手に顔を出すこともない。
グレネードがあるといいんだけど、あいにくグレネードはない。じゃあどうするか。ナイフはもう一本したいから調達してある。
ライフルを隣に投げるとまた銃声が響く。
もう一本投げるとまた銃声が響いた。
俺はナイフを両手で握った。
ここで俺は死ぬかもしれない。
だが俺は守ってから死ぬ。お前らは奪おうとして死ぬ。
その違いを思い知るがいい。
かがんだまま走った。撃たれないように祈るしかない。気合だ。撃たれたらそれで終わりだが、奴らもだいぶ減らせた。これで犠牲になる女子生徒が減るかもしれない。減らないかもしれない。
だが俺はやるだけのことをやった。それで終わりなら受け入れよう。
しかし銃弾はかすりもしなかった。奴らは何発か撃ったが、弾切れになっていた。
俺は素早く肉薄した。ナイフで一人の首の動脈をすれ違いに切る。
もう一人の腹にナイフを刺して、首を切られ倒れた奴のすぐ隣にいた奴にローキックをして足を折る。少しだけ後ろにいた奴に腹から抜いたナイフを投げた。奴は逃げようとしていたので背中にそのまま刺さる。
足を折って痛い痛いといってる奴の顔面をナイフを握った手で強打した。
そのまま気を失った男にとどめと喉をナイフで搔き切る。
後どれくらい残っているんだろうか。
ライフルは撃ち終わって使えない。いや、使えるかもしれないがナイフだけまた取り出した。一人がククリナイフを持っていたのでコンバットナイフより使えるからそれを握ったまま歩いた。
外にいるだろう、窓越しに見ると車にいたんだ。窓といってもガラスの窓ではない、この国は熱いので窓も小さいし中が相対的に暗いため角度を調整すれば隠れて一方的に覗くこともできなくもない。
車、トラックの中には女子生徒たちが集められた震えながら座っていた。
車の前と運転手だけということか。
下手に狙撃したら女子生徒を人質に取られかねない。
こっちは一人なのだ。教師たちもそう強くはない。
俺は一旦外へ出た。外へ出て奴らの後ろに大きく迂回する。
時間はあるだろう、奴らはそこで守る側だから思ったより時間がかかったとしても自分たちがいる場所から離れたら女子生徒たちが逃げてしまう。
もしかすると先に楽しんでいるんじゃないかと妬んでいるかもしれないが知ったことじゃない。全員死んでいるんだ、もうすぐ仲間と同じ所へ行かせてやる。ああでも、次に生まれて同じことをしでかさないか少しだけ心配だ。
いや、さすがに神様がいるならそんなことはしないだろう、するかもしれないが…。
どうだろう。もしかすると連中が今度は被害者側で生まれ変わるようになるかもしれない。
それは今考えることじゃない。残ってる奴はたったの三人。車の前に二人、運転席に座ってる奴が一人。
先に運転席の方を始末する。死角になるよう、身を屈めて近づき、起き上がると同時に空いた窓にナイフを握った手を突っ込んで刺す。
そこまで離れてないのにまだ気づかれてないことに安堵する。
これであと二人。一人を背後から刺してもう一人にはナイフを投げる。これで行く。
靴は脱いである、素足のまま音を立てずに近づいた。
後頭部にククリナイフを振り下ろすと同時に…。
奴がこっちを見るのが早かった。
銃口がこっちを向く。
俺がナイフを投げて男が倒れるのと同時に俺がフルオート常態のライフルで真正面から撃たれてハチの巣になった。
倒れて動けない。痛みよりも体が急激に冷え込み、体内から生命の灯が消えるのがわかる。
口から血があふれた。
できればもっといろいろやりたかった。
ああでも、次があるなら、こんなに物騒ではない国じゃない方がいい。
そう思って瞼を閉じる。
女子生徒たちからの悲鳴と、多分、俺のことが好きな女の子が俺の隣で泣いている音がした。
次に光を感じて目を開けた俺は平和な国、平凡な家庭で生まれていた。
ああでも、二回も男の子だったんだから今度は女の子になるのもおかしくないのか。
よく知っている国だ。経済規模なんて比べ物にならないほどの先進国で、豊かな文化を持ってて、少しあこがれていたのだ。景色も美しく、人々は優しい。
俺のような、いや、私のような粗暴なものがこんな国に生まれていいのかと戸惑ってしまった。
人々に尽くしながら情熱を燃やせる人生を歩めるのかという疑問もわいた。
だってこれだけ豊かなんだから必要とされることも必要とすることもそこまで多くないのではと思わずにはいられない。
だけど、そう。
今度も誰かを守りたいと思ったのである。