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最悪な男。  作者: manics
8/9

8話

「仁!?」


思わず驚いたのは仁がいつの間にか私たちの側にいたことだけでなく、私が持っていたシャンパンを一気に飲み干したことだっだ。

私が呆然とする中、悠然とグラスの中身を空にすると、仁はそれをゆっくりとカウンターの上に置いた。


「おばさんから俺の携帯に連絡あって早く戻ってこいだとさ。家に帰るぞ。」

「え?お母さんから?」


急な仁の出現と行動に私はさっきの怒りを一瞬忘れてしまった。けれど仁の目の前で私達の関係を知られるのが嫌で、それならばと私は榊さんを見る。


「すみません、そういうことなので失礼します。もう会うことはないと思いますが、お元気で。」


しっかりともう二度と会いたくないという意思を込めて挨拶をすると、わざとらしいかなと思ったけど仁の手を自ら握ってその場を後にしようと歩みを進める。

けれどぐいっ、と手を掴んだまま仁は私の歩みを止めさせる。なんなのかと仁を振り返るようにしてみると、仁がこそりと榊さんの耳打ちで囁いているのが目に映る。


その瞬間に、仁の様子を見ていた女性達が嬌声とも取れる歓声を上げた為に、仁が何を榊さんに言ったのかはわからないけど、榊さんの怯えたような表情を見る限り、きっと仁の本性が垣間見える一言でも放ったに違いない。


仁はそのまま私の手を引っ張ると、私たちの様子を見ていたエリカたちに挨拶を済ませ、そのまま会場から私を引っ張り出しエレベーターへと乗り込んだ。


「あれ?お母さんから連絡なんて私の携帯には入ってないよ。仁にだけ連絡したの?」


カバンから携帯を取り出してチェックしても着信もメールも入っていないことに私は疑問に思って仁に尋ねる。


「・・・仁?」

「・・・うるせえ。嘘に決まってんだろうが・・・。」


手は繋いだままなのに何となく様子のおかしい仁の顔を私は覗き込むようにしてみた。


「仁っ、顔真っ青だよ。あ!シャンパン飲んだから。ね、ちょっと大丈夫?」


アルコールに弱い体質の仁が一気にグラスを空にすれば体調だって悪くもなるだろう。具合を尋ねるも、すでに答えることも億劫なのか気持ち悪そうに口元をかみ締めている。


どうしよう。タクシーで家まで帰る?でもこの様子じゃ、タクシー乗るだけでも辛そうだし。

喫茶店に入ったとしてもお店の人は明らかに具合が悪い仁を見て嫌がるかもしれない。それだったら。


「仁、ちょっとだけ歩ける?私の肩につかまっていいから。」


私の言葉が聞こえたのか握っていた手を離すと、かわりに私の肩へと手を回す。ずっしりと重みを感じるのは仁自身もそれだけ気持ち悪く、力の加減ができていないのだろう。

私は夜の若者が行きかう繁華街をゆっくりと歩くと目的の場所へとたどり着いた。


「仁、大丈夫?お水飲んで。」


私はミネラルウォーターをグラスに注ぎ移すと仁の口元へと持っていき、声をかける。目を閉じていた仁がその水を飲むと、ゆっくりと目を開けて回りを確認した。


「・・・・ここどこだ?」

「ラブホテル。」


私の一言に飲みかけていた水を勢いよく吹き出すと、そのまま器官にはいったのかむせ返っている。


そう、ここは一番近くにあったラブホテルなのだ。若者が集う繁華街には多かれ少なかれ、こういう場所が存在しているのは私だって知っている。私は仁が一番早くに身体を休ませられるところと考えた結果がここだっただけのことだ。

けれど気持ち悪かった仁は自分がどこに来たのかなんて覚えていなかったらしく、今初めて自分がラブホテルのベッドに寝かされていたということに気づいたらしい。


「ちょっと大丈夫?今、タオル取ってくるからちょっと待ってて。」


私は未だ咳き込んでいる仁をよそに、バスルームから新しいタオルを取ってきて仁へと渡す。

戻ってくるまでに少し落ち着いたのか、タオルを受け取ると私が片手に持っていたミネラルォーターのペットボトルを奪い取り、一気に飲み干した。


「お前、よくこんなところまで俺を連れ込めたな。ほかに公園まで連れて行くとかあっただろ。」

「180cm以上もある大の男を数キロ離れた公園まで、私ひとりで連れて行けっていうの?」

「・・・・・。」


ここまで来るのだってやっとだったのに。

そう文句を言うと負い目もあるのか何も言い返すことをしない仁に、私は少しの優越感を感じた。


だっていつも馬鹿にされてばかりなんだもん。少しくらい反抗のできない仁を体験するくらいいいじゃない。


私は自分で自分に言い訳するように言い聞かせると、珍妙な顔つきをした仁の手元からペットボトルを奪い取ると、それをベッド脇に置き、私はかわりに両手を仁の目の前へと差し出す。


「・・・なんだよ、その手は。」

「Tシャツ脱いで。水で濡れてるのに、そのままで寝たら今度は風邪ひくよ。」


さっき見事なくらいに水を吹き出したせいで仁のTシャツは中途半端に濡れてしまっている。幸いジーンズは濡れなかったからいいものの、この空調の効いた部屋で寝ていたら仁でも風邪をひいてしまうだろう。


「お前、よくこんな場所で男にそういうこと言えるよな。」

「場所ってラブホテルのこと言ってるの?そんなの他のホテルと一緒じゃない。まあ窓がないのと異常なくらいに大きいベッドがあるのは違うのかもしれないけど。」


それにラブホテルといっても派手でけばけばしいものではなく、まあファッションホテルというのか、それこそ大きな窓がついていればそこそこの可愛らしいペンションルームのようだけど。


「そんなことよりも早く脱いでよ。小さい頃に何度も裸で水遊びだってしてるじゃない。今更恥ずかしいなんて言わないでよね。」


水遊びどころか、お風呂だって、お医者さんごっこだって無理やりに付き合わせたくせに何言ってんのよ。


それに普段、俺様な仁に反撃されることもなく言えるなんて経験めったにできないもんだから私だって少しは強気にもなる。


「早く。それとも脱がされたい?」

「・・・わかったよ。」


そういうと上半身をすでにベッドから起していた仁はそのままの体勢でTシャツを脱ぐと、私に投げる。私はそれを受け止めるとハンガーを取り出してきて引っ掛け、部屋の隅へとかけた。

私が振り返るよりも前に仁がベッドから立ち上がる音が聞こえると、シャワー浴びて気分変えてくる、とだけ言ってバスルームへと消えていった。


あの様子だったらTシャツが乾く頃には仁の体調も元に戻っているだろうと、私はテーブルの上に置いてあった急須でお茶を入れて飲んで待つことにした。

二人がけの小ぶりなソファに座って、私は湯飲み茶碗に入れた緑茶をすする。ほっと息をついて身体をソファへと沈めるとさっきまでのことが頭の中へと流れ込んできた。


エリカたちにもちゃんと挨拶をしないままに会場をあとにした今、きっと好き勝手に言われているのかもしれない。久しぶりに会ったのにちゃんと話も出来なかったもんなあ。仁を誘ったのは私の判断だったけど、でも、というかやっぱり自分ひとりでいるときよりも人から見られている視線の濃さが違う。多分、仁の外見だけのことでなく内面からの溢れる自信などが人から注目される要素にもなっているのかもしれない。


私はふう、とため息をつき持っていた湯飲み茶碗のお茶をまた一口すすった。



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