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最悪な男。  作者: manics
2/9

2話

「どっちにするんだ、早く決めろよ。」

「うーん、どっちかなあ。こっちは落ち着いた雰囲気だけど、こっちは何にでも合いそうだし。ねえ、仁はどっちがいいと思う?」

「どっちだっていいんじゃねえ?同じ皿だろ。」


デパートの高級食器売り場でギフト用の食器を選んでいる私は、隣で暇そうにしている仁にどれがいいのかと尋ねてみる。


「結婚のお祝いなんだから適当ってわけにはいかないじゃない。」


そう言って私は再びショーケースに並べられた食器に目線を再び移す。


「ご結婚のお祝いですか?おめでとうございます。」


背後から急に声をかけられ、振り返ってみるとにっこりと笑っている店員が私を見ている。


「え?あ、どうも。やっぱりこういうのって記念になるから悩んじゃって。」


好みとかもあるけど、値段が値段なだけに買うんだったら確実に使うものじゃないとなあ。


「そうですよね。お二人の生活がスタートする思い出のお品ですから。でも旦那様はいいんですか?」

「んー、この際彼は置いときます。でないといつまでも決まらないし。」


彼の好みまで考えてたら私の性格じゃ一生、決まらないもの。


「でも素敵な旦那様ですよねえ。羨ましいですわ、あんな人と結婚してるなんて。」

「へ? 彼?」


私は店員の言葉に妙なひっかかりを感じて、視線を食器から彼女へと移す。彼女の視線の先には明からにやる気のなさそうな仁が店内に置いてある椅子に長い足を組んで座っていた。


「お二人の新生活で記念の品の買い物に付き合ってくれるなんて、素敵な旦那様ですわ。」


そううっとりしたように見つめる先には仁がいる。えーっと。誤解?


「違います。彼は素敵な旦那様なんかじゃないです。探してるのは友人の結婚のお祝いで、彼はたんなる付き添いです。」

「えっ?あら、そうなんですか?ごめんなさい。勘違いしちゃって。」


どうやらこの店員は私と仁が結婚していると思い込んでいたらしい。恐ろしい勘違い。

けれどこの店員さんはいまだ仁のほうを見ている。まあ、それならそれでひとりでゆっくり見られるからいいけど。


私は結局悩んでいたロイヤルコペンハーゲンの絵皿セットに心を決め、丁寧にラッピングされたそれを持って椅子に座っている

仁を見下ろす。


「お待たせ。いいのが買えたよ。」

「遅せえ。待ちくたびれて疲れた。」


そう言って仁は座っていた椅子からよっこいしょ、とわざとらしく言って立ち上がる。おっさんじゃないんだからやめてよ、その掛け声。

今度は仁が私を見下ろしながら、私が持っていたギフトバッグを奪い取った。


「ちょっと自分でそれくらい持てるよ。」

「お前が持ったら確実に割るだろうが。結婚祝なのに割れた皿をプレゼントするつもりなのか?」


自信を持って否定できないところが悲しい。けれど重量がかなりあるギフトバッグを持ってくれるのは単純に助かるので

お礼は言っておこうかな。


「ありがと。買い物に付き合ってくれた代わりに何か奢ってあげる。缶ジュース?あ、缶コーヒーのほうがいい?」

「・・・・缶入り以外での選択はないのか、お前には。」


だって予算超えちゃったし、私は仁と違ってただのフリーターなんだから仕方ないじゃん。


私の言葉に呆れたように仁は言うと、そのまま店を後にする。

そしてそのデパートの階下に入っていた紅茶専門店のカフェへ、私は仁のあとにくっついて入ることになったのだ。


「俺はアイスティーで。おい、お前は何にすんだよ。」

「え?うん、と。シフォンケーキか、あ、でも、この紅茶のスコーンも美味しそうだし。」


さっさと自分の注文だけ決めた仁は待ち構えていた店員にオーダーをするけれど、私は色々と目移りするものがあって決められない。

目の前で仁が睨むように私を見ているのがわかるけど、私はその視線から逃れるようにメニューに目線を落とす。


「シフォンケーキと紅茶スコーン。あとアップルティーソーダも追加で。」

「かしこまりました。少々お待ちください。」


悩んでいる間に仁は私が悩んでいた両方をオーダーし、しかも気になっていた飲み物まで頼んでしまう。

さすが、というか。怖いというか。


「あ、そうだ。どうなのよ、最近の仕事の調子は。」


ここで何故私の考えてることが分かるのかなんて怖いことを聞く気にはならず、私はうまい具合に仁の仕事に関して尋ねることにした。

母親が時折、説明はしてくれるけど真面目に聞いてないせいか、未だに仁が何の仕事をしているのか知らないんだよね。


「そうだな。取引先との接待ゴルフに付き合わされたり、深夜まで上司と酒飲みにつき合わされるよりかは、たまの休みにつまらねえ買い物に付き添うほうが楽な程度だな。」


私の話題提供はどうやら失敗したらしい。なんか、もう嫌味もここまでくると潔いくらいだ。

とはいっても言われ慣れてる仁だからいいけど、ほかの人に言われたら、私きっと立ち上がれなくなりそう。


お待たせしました、と先ほどの店員が注文していた品をテーブルの上に並べていく。


「美味しそうだねえ。いただきます。」


私はそう言ってスコーンを一口齧る。口の中に紅茶の香りと自然な甘みが広がり、思わず自然と笑みがこぼれた。


「本当に食い物食ってるときのお前って幸せそうなのな。」

「え?当たり前じゃない。美味しいもの食べて幸せなのって。仁も食べる?はい、あーん。」


紅茶にシロップもミルクも入れずに飲んでいる仁がそう言うので私は自然と持っていたスコーンを仁の口元に持っていく。


「・・・お前、それをここでやるか。」

「え?なんで?」


私の差し出したスコーンを受け取ることもなく、仁は若干声を落とし気味に代わりにアイスティーを飲んだ。


もしかして人がいるから恥ずかしいと思ったのかな?普段から人に見られなれてるくせに変なの。

それにいつもだったら私が食べてると勝手に味見してくるから、だったら私からあげようと思ったのに。


仁が食べないのなら私が食べるまで、と私はそれ以上気にすることもなくそのまま食べてしまう。


「それでその結婚式っていつなんだよ。」

「えーっとね、今度の日曜日。結婚式っていっても友達と家族だけ呼んでするパーティーみたい。場所もレストランを貸し切るって言ってた。」


だからご祝儀代わりに友達が欲しがってたお皿をあげるんだけどね。


私はそんなことを思いながらスコーンを食べ終えると、今度は生クリームが添えられたシフォンケーキに手を伸ばす。


「わかるな。上司や親の関係の人間呼んで、結婚式挙げるなんて俺は絶対に嫌だね。」

「でも仁って長男じゃない。両親のこととか考えるとちゃんとしたほうがいいんじゃないの?」


仁の親は海外にある日本支社に夫婦揃って海外転勤している。仁のお母さんは何とも乙女ちっくな人で仁が小さい頃は女の子が欲しくて、嫌がる仁の代わりに、どう考えても似合わないフリフリの服を私に着せては関係のない私の将来の結婚式を夢見ていた人だ。

そんな人が一人息子の結婚式に力を注がないわけがないと思うんだけど。


「親なんて関係ねえだろ。俺の結婚なんだし。っていうかお前、わかってんのか?」

「へ?ふぁにが。」


私は生クリームをたっぷり添えたケーキを口にほお張りながらも、仁を見る。


「あのなあ。俺の結婚式ってことは、お前の結婚式でもあるんだろうが。何、関係ねえって顔してんだよ。」


思わず食べていたケーキを吹き出しそうになった。勿体無いからこらえたけど。


「な、なな、何言ってんのよ。結婚式ってっ!」

「お前、声でかい。」


見れば店内にいたお客さん、特に女子たちが一斉に私たちを何事かと見る。

しまった。一緒にいる相手は何かと人の注目を集めるというのを忘れてた。私は誤魔化すようにテーブルに置いてあったアップルティーソーダをストローですする。


「まさか忘れてるとか言わねえよな、おい。」

「え?あ、と。どうだったかな。覚えてるような、ないような。」


腕を組んで椅子の背もたれに背中を預けている仁は不機嫌そうに言うけれど、私はどう答えたらよいものかと言葉を濁す。


公園で仁に言われた言葉はしっかりと覚えている。けれど、それ以降何事もなかったように接してくる仁に対して、あれはいつもの意地悪なのかと思ってたくらいで。

だって普通は好きな女の子に対しては優しくなると思うんだけど、仁に関しては片鱗すら見えないくらいで。


私の言葉に仁はますます機嫌を悪くしたのか、何も言わずにテーブルの上にあったレシートを掴むと、そのままレジへと向かってしまった。


私はといえば、まだテーブルの上に残った美味しいケーキを残して行くわけにもいかず、そのまま仁の後姿を見送ることにした。


そして、その選択が間違っていたと私が知るに、そう時間を必要とはしなかった。




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