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最悪な男。  作者: manics
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1話

27歳、独身。職業はフリーター。


親と同居の特技なし、資格なし、彼氏なしのもう後に続く言葉すらないのがこの私だ。

だからといって別に落ち込んだりはしてない。まあ、胸張ってるわけでもないけど。


短大在学中、なんとなく憧れていた外国暮らしに、私は親の反対も何のその、貯金全額持ってそのまま海外留学した。

だけれど、特に目的もなかった私は特に人生を変えるような出来事もなく、貯金を使い果たした1年後にそのまま元の実家に逆戻り。

親は親で呆れてもう何も言わないし、私は私でうるさいこと言われなくて済んだくらいにしか思わなくて、そのままずるずるとバイトを転々としながら日々を過ごしている。


「完璧な負け犬人生だな。」


完膚なき言葉で私の人生を一言で表したこの男。見かけはどこのモデルか芸能人か、というくらいの高身長に、これまたどこかの芸術品かと思うくらいに整った顔立ちをしている。

おまけに私が留学している間に、自分はしっかりと一流企業のサラリーマンとして就職し、それはそれは忙しい毎日を送っているらしいと母親から何度もうるさいくらいに聞いている。


「うるさいなあ。私が好きでしてるんだからいいじゃん。誰かみたいに毎日忙しく仕事ばかりしてるよりもましだとは思うけど。」


別に好きでフリーターで彼氏なしの生活を送っているわけじゃないけど、それくらい言わないと自分がみじめになるし。


私がそう言い返すと、その完璧なまでの男は鼻でふん、と笑う。  あ、絶対今、馬鹿にした。


「そうだよな。親に迷惑かけて、心配かけて平気な顔して駄菓子食ってんのが好きなんだよな。」

「・・・駄菓子じゃないもん。ケーキだもん。」


私の言葉など一笑とともに何倍もの辛辣な言葉とともに返ってくる。私は持っていたフォークでケーキの残りを口に放りこみながらぐっと不満の言葉を飲み込んだ。


目の前の呆れたように私の部屋の私の椅子に当然のように座るこの男、名前はじんという。

苗字は普段呼ばないからどうだっていい。

そして私は唯一、自分の部屋にある椅子を取られ、フローリングの床に直に座って仁が持ってきたケーキを食べているのだ。


「それで何の用なのよ。わざわざ日曜日の休日に来るなんて。」

「おばさんがお前の見合い用写真の服を選んできてほしいっていうからさ。本当にめんどくさいな、お前。」


めんどくさいなら来なきゃいいじゃない。っていうか、何よお見合いって。なんで隣の家に住むだけの仁に先に相談してるのよ。


「お見合いって私、まだ27だよ?早くない?っていうか相手誰よ。」

「知るか、そんなもん。しかしおばさんも可哀想だよな、娘の将来心配して見合い相手を探さなきゃいけないなんて。」


私の母親はただの隣に住むだけの仁に子供の頃から頼りきっている。確かに見かけも頭もいい仁だけど、一番の問題の性格の悪さにはどうして気がつかないのかと不思議すぎる。


「とにかく食ったらさっさと用意しろ。俺だって無駄に時間を過ごしてるわけじゃないんだ。」


そんなことを思うなら断ればいいのに。そんなことを思いながら椅子に座る仁を見上げるも、仁はさっさと椅子から立ち上がり階下へと降りていった。


幼馴染といえば聞こえはいいけど、ペットのような扱いを受けてる私にしてみれば何故に私の周りの人間が彼を褒め称えるのかわからない。いくら顔がよくって、頭がいいとしても動物虐待なんて許されることじゃないのに。まあ私は人間だからこの表現があってるのかどうか怪しいとこだけど。


まあ、でも見合い用に服を買って来いってわけだから、当然母親がスポンサーになってくれるってことよね。それだったら、いいかな。お見合いって言ったって嫌なら断ればいいだけの話だし。


私はそう軽く考えながら、適当にクローゼットから取り出した服に着替えて階段を下りていった。


「お前、本当に色気ないな。どこの子供かと思ったぞ。」

「服買いに行くだけなのに、なんで色気なんか出さなくちゃいけないのよ。」


確かにゆったりめのパンツにボーダーシャツといった普段着で、髪だってめんどくさいから頭のてっぺんでぐるりとひとつにまとめてるだけだけど。


私の言葉に諦めたような、呆れたようなため息をひとつつくと廊下から玄関へとさっさと歩いていく。


「おばさーん、じゃあ行ってきます。」

「仁くん、よろしくねー。」


母親は私の名前を呼ぶこともなく、あっさりと私たちを送り出した。


「ねえ、今日は車じゃないの?」

「馬鹿か。こんな晴天の日曜日に車で繁華街に行くなんて自殺行為だろ。それに俺は休日は運転しないんだよ。」


隣の家の車庫にはいくつもの外車が並んでいることは近所でも評判だ。母親が言うには外回りの営業で遠出にも行くから自宅から車通勤だと聞いていたので、なんとなく聞いてみただけなのに馬鹿呼ばわりされた。

もう何度も言われなれたその言葉を軽く流しつつ、私たちは電車へと乗り込んだ。


「結構、混んでるねー。やっぱり皆、日曜日は外出するんだなあ。」

「平日でも日曜でも部屋着で一日中家にいるお前とはえらい違いだな。」


フリーターだから曜日は関係ないんです、と言いたいところだけど部屋着でいることには変わりないので反論するのはやめた。

したらきっと何倍にもなって返ってくるだろうし。


電車内は家族連れやカップルなんかでいっぱいだった。背がそんなに高くない私としては掴まる場所が見つからずに、倒れないようにと電車の揺れに対して必死なのに仁は悠々と目の前にあるつり革を握っている。

人よりも頭ひとつ分飛びぬけた仁にとっては満員電車でさえ苦痛じゃないのかもしれない。


そう思った瞬間に電車がぐらり、と大きく揺れる。私はつんのめりそうになって、慌てるもそのまま仁の身体にぶつかってしまった。


「ご、ごめん。急に揺れたから。」


そう言って私は両手で仁の身体から離れ、掴まる場所を探そうと視線を動かす。しかし行動に移す前に仁は私の肩をそのまま

抱き支えた。


「ちょろちょろ動くな。他の乗客に迷惑だ。」

「で、でも仁に悪いし。」

「俺が手の置き場所探してるんだ、お前は大人しく台にされてろ。」


そう言われてしまえばもう何も言えない。結局、私たちはそうやって目的の駅へと辿り着いた。


やはり、というか日曜日の午後の繁華街はすごい人ごみだった。家族連れも、カップルも友達同士もいっしょくたにいるもんだから一定のペースで前に進めない。

なのに私の前をさっさとその長い足で歩いていく仁にはそんなことも関係なのかもしれない。困るのは私で、とりあえず置いていかれないようにと必死になって仁の背中を追いかけていく。


「遅せえな。何でまっすぐに歩けないんだよ。」

「そんなこと言われても、人にぶつからないように歩いてるだけなんだけど。」


ぴょこぴょこと右往左往に動いている私を時間の無駄だ、と言わんばかりに仁は振り返っている。

それに仁みたいに存在感が服を着て歩いていれば、そりゃあ道だって譲ってくれるでしょうよ。


「それよりどこで服買うってお母さんから言われたの?見合い用なんて想像つかないんだけど。」


まさか振袖ってわけでもないだろうし。おしとやかなワンピースでも調達してくるように言われたのかな。


「お前に振袖なんか似合うはずないだろ。ここだ、さっさと入るぞ。」


私の考えてることをあっさりと見破られ、私はむっとしながらも仁が先に入っていくお店に続いて入っていく。中には他にも買い物客と思われる人が何人かいるその店内はどうやらセレクトショップのようだ。

服や靴のほかにも鞄やら小物やらと色んなものが置かれている。しかも可愛いし。


母親がこんなおしゃれなお店を知っているとは思えないから、きっと仁の選択なんだろうけど、

こんな所で見合い用の服なんて調達していいのかなあ。まあ私的には嬉しいけど。


マネキンが着ている服が可愛くて、私はいくらするんだろうとそっと値札に目を落とす。

高!なにこの値段。私のバイト代なんか確実に吹っ飛ぶよ。


「こちらの服は一点ものなんですよ。イタリアからの直輸入なんです。これからの季節にぴったりですし、重宝しますよ。」


すっと背後からショップ店員がにこやかにセールストークをしながら近付いてきて、私は思わず後ずさる。そりゃあ、こんな値段なんだから一点ものなのも、イタリア製なのも納得できるけど、ただのフリーターの財布には確実に似合わない服でしょう。

私はどうです、着てみます?という言葉をかけられる前にさっさと断ろうと口をひらく。


「これが気に入ったのか?じゃあ着てみろよ。ああ、あとこのジャケットとあそこのワンピースも。」


だけれど仁の言葉に私は口を間抜けに開けたまま固まった。ショップ店員は目を輝かせると、早速用意しますね、と私を試着室へと押し込むようにしてから、いそいそとマネキンの服を脱がし始めた。


「ちょっと仁!値札見なかったの?あんな服買えないよ。」

「うるせえな、俺が気に入ったからいいんだよ。買い物に付き合ってやってんだから、俺の意見も聞け。」


なにその俺様意見。仁の気に入る服よりも私の見合い服でしょう!

とは思っても機敏な動きでマネキンから脱がした服を持ってきた店員の前で言うこともできず、私はそのまま試着するはめになった。


うわ、似合わない。やっぱり見てるだけの服だったんだ。


そう思うほどこのイタリア直輸入の一点ものらしい服は私に似合わなかった。下手な合成写真みたいだ。そんなことを思っていると試着室のドアの向こうから声がした。


「おい、着たのかよ。開けるぞ。」

「ちょっ、待っ。」

「なんだそれ。似合わねえな。」


許可を取る前にさっさと仁はドアを開けたかと思うと、私の格好を一瞥し即答する。

確かに自分でもそう思ってたけど、もうちょっとオブラートに包んでもいいんじゃないの?


「さっさと脱いで、次の服に着替えろよ。」


それだけ言うと仁は足元に置いてあった仁が選んだ服に視線を向けると、またドアを勝手に閉める。


私はぶつぶつと文句を言いながらも仁が選んだジャケットとワンピースに着替えてみる。

そしてそれは悔しいと思うくらいに先ほどの服とは比べ物にならないほどしっくりきていた。

そっと値札を見てみると、これまた驚愕の値段設定で、どうやって仁がこんなショップを見つけてきたのかと思う。

あー、でも仁の着てる服や時計って結構良さそうなものばかりだもんなあ。所詮、私はただのフリーターだもん。


仁の年収は一体私の何倍なのだろうかと思い描いていると今度は尋ねる声もなくいきなりドアが開く。


「ああ、それいいな。すいません、これください。さっきの服?ああ、あれどう考えても無理だからいらないです。」


私の意見などはなから聞く気もないのか、仁はさっさと私に早く脱げよそれ、と一瞥するとドアをばたんと閉めた。


小さい頃からいつもこの調子だった。私の意見などお構いなしに自分のしたいことを優先させる仁。周りからは優しくしてもらっていいわねえ、みたいに言われてたけど、私の意志も関係なしに行動する仁のどこに優しさが見えるのか皆目検討もつかない。


私は昔から何度もついてきたため息をまたひとつ吐くと元の服に着替えた。

仁は試着した服をカード払いで済ませると、行くぞと私の返事を待たずにショップから出て行く。


あのカードの支払い請求って母親のところに行くんだろうなあ。請求額に驚かなきゃいいけど。

まあ私にとっては可愛いワンピースとジャケットが手に入ったからいっか。


「ほかには何かないのかよ。ほしい奴。」


そりゃあ靴とかアクセサリーとか、新しい時計だってほしいけど、見合い写真のためにそこまで買ったら母親に何を言われるかわかったもんじゃないし。


「いい。これで充分。」

「なんだよ、つまんねえ奴だな。」


謙虚して言ったつもりがつまらない奴だと言われた。なんなのよ、まったく。


「じゃあ、あとはついでだから俺の買い物に付き合え。」


そう言うとさっさと買ってもらった服が入った袋を持ってさっさと歩いて行ってしまった。


ちょっとあれがないと私、家に帰れないじゃない。


そんなわけで私は仕方なく仁のあとへとくっついて買い物に行く羽目になったのだ。


向かった先は同じようなセレクトショップ、しかも常連らしく、店内に入るなりうやうやしく対応されてたけど、つまらなそうに端っこに立っていた私に意見を求めてきては、適当にいいと答えたネクタイをあっさりと購入しているあたり、自分で選ぶ気があるんだろうかと疑いたくもなる。


気がつけばもう日も暮れており、私はもうそろそろ家に帰りたいと言う寸前のところで、私たちは一軒のレストランの前で立ち止まる。


「腹減った。ここで夕飯食べてから帰るぞ。」

「え?家で食べないの?」

「誰が夕飯作るんだよ。まさか自炊しろなんて言わないよな。」


仁の両親は海外赴任なために、今現在は仁が大きな家で一人暮らしをしている状態だ。お手伝いさんを雇ったという話を聞いたことがない限り、きっと仁が炊事洗濯、掃除なんかもひとりでやってるのだろうけど、暇があればうちで夕飯を食べてたりするので、てっきり今日もそのつもりなのかと思ってたんだけど。


「でも、ちょっと私の格好ってアレだし。」

「なんだよあれって。ちゃんと日本語話せ。」


目の前の仁は不機嫌そうに私の言葉を繰り返す。

でもさ私の今の格好見てよ。自分でも思う、このラフさ加減。それに目の前にあるのはお洒落な感じのレストラン。こういうところってデートとかに使う場所でしょう。私たちが入ったら、というか私が入ったら確実に浮く。


「いや、だからね。仁はそんなんでもちゃんと見えるモトがあるからいいけど。私なんかはちょっと。」

「はあ?何言ってんだ。いいから入るぞ。」


ますます不機嫌そうに仁は私の手をとりひきずるように中に入ろうとする。だけれど、その前にそれを遮る声がした。


「仁先輩!?うわあ、やだ!本当に仁先輩だ。お久しぶりですう。覚えてます?2年下の九条しずかですう。」


私は振り返ると着ているものに値札がついていたら確実に私なんか足元に及ばないだろうと思われる格好をした女の子が、これまた小奇麗な格好をした男の人と立っていた。


私はそのまま仁の顔を見上げる。

あ、絶対に覚えてない。そう直感で私は仁の顔を見て思う。ところが仁はさっきの不機嫌さがどう切り替わったのかゆっくりと微笑んだ。

といっても私には演技している笑顔にしか見えないのだけれど。


「ああ。君たちもここで食事?」

「はい、そうなんですう。仁先輩は、デートです、か?」


なにその語尾の延び方。というかその怪訝そうな表情。

いまだ仁に握られていた手を見て一瞬、彼女は眉をしかめる。

わかるわよ、その気持ち。拉致られそうにレストランに入っていくカップルなんか私だって見たことないわよ。


じろじろと頭のてっぺんからつま先まで私を眺めると、彼女はふっと笑った、ように私には見えた。


「ここは初めてなんだけどね。良さそうな雰囲気だったから。」


ちょっと仁、ちゃんとデートじゃないって否定しなさいよ。それにいつまでこの手握ってんの。


「じゃあ、それだったら一緒に食事しませんか?昔の思い出話もしたいしい。」


自分は確実にデート中だと思われるのに、普通は彼氏に先に伺いとか立てないものなのかな。

まあ私には長いこと彼氏なんていないので最近の事情はどうだか知らないけど。でも彼女の後ろに立つ男の人が少し嫌そうに顔をゆがめたのに私は気づいてしまった。


「えっと。デート中みたいだし、邪魔したら悪いから。ね、仁?」


なんだか妙な修羅場に巻き込まれたらごめん、と私は仁に視線を向ける。


「でも彼女のその格好だと仁先輩、悪目立ちしちゃいそうで。私と一緒だったらまぎれそうじゃないですかあ。」


くすくすと笑うように彼女は言ってくれるけど、私にはそれが親切心にはどうも思えなくて。

やっぱり色気ゼロの格好なんて恥ずかしいだけなのかなと、私は仁に向けそうになっていた視線を地面へと落とす。


瞬間、ぎゅっと握られていた手に力がこもったような気がした。


「悪いけど、こいつ以外、他に気になるものなんてないんだ。格好ばかりに金をかけてても、自分のデートの相手に気を使えないような人とは一緒にいたくないし。」


声音も笑顔も優しいままなのに言葉のトゲはすごかった。言われた彼女は少しぽかん、としたあとに夜目でもわかるほどに顔を真っ赤にさせている。

それでも久しぶりに会った仁との出会いを無駄にしたくないのか、口を開こうとする前に仁が居強烈な一言を放つ。


「っていうか君、誰だっけ?」


うわあ、それはきつい。

そう私が思った頃にはそのまま繋いだ手を今度は逆方向に引っ張られながら、私たちはその場をあとにした。


そのままずんずんと強い力で引っ張られ、私は大きな公園まで連れて来られていた。


「ちょ、ちょっと手痛い。」

「あ?悪い、気がつかなかった。」


そう言って手を離した仁はまた不機嫌そうにそっぽを向いている。


「ねえ、そんなにお腹すいてるんだったら、どこかファミレスにでも入る?」


それだったら私の格好でも目立たないし。っていうか今度は仁が目立っちゃうかもしれないけど。


「お前、なんで怒らないんだよ。あんだけ感じの悪いこと言われてて。」


とは言われましても。ただのお隣さんという関係だけで女子達に昔っから火の粉を浴びてきた私としてはあれくらいの言葉なんともないんですけど。


仁は私を見下ろすと不機嫌な表情はそのままに探るような視線を向けてくる。何が言いたいんだろう、仁は。


「言われたことは事実だから仕方ないとは思うけど。でもアレはちょっときつかったかな。」

「なんだよ、ちゃんと話せっていっただろ。」


またも私の抽象的な言い方に怪訝な表情をしながらも尋ねてくる。


「彼女、高校のときの私のクラスメイトだったんだよね。何度か話もしたことあるんだけど全く私のこと覚えてなかったなあ。」


話したといっても仁のプライベートはどうだとか、そういうことを聞かれてただけだけど。すっかり、さっぱり存在を忘れられていた私って

一体どうなのよ。


「・・・俺だったら殺ってるな。」

「仁が言うと冗談に聞こえないからやめて。」


そうぼつりと呟いた仁に私は慌てて止めにはいる。仁だったら本気で実行しそうで怖い。


「それはそうと悪かった。ちゃんと考えてればあんなこと言われなくて済んだのにな。」

「別にいいよ。私の格好がおかしいのが悪いんだし。それに仁だって彼女に言ってくれたでしょ。あれ結構すっきりした。」


事実だとしても言われて嫌なことだってある。仁は私が言えなかった事をちゃんと伝えてくれた。

それだけで充分だ。


「まあ、こいつ以外他に気になるものなんてない、なんて言われたらさすがに恋人みたいでどきっとしちゃうけど。」


ペット同然の扱いだとしても嬉しかったのは本当だ。私だってときめいたりだって時にはしたくなるものなのだ。


「お前の頭ん中はいったい何が詰まってんだ?クズか藁か?」

「オズの魔法使いのカカシじゃないんだから。なによ、それ。」


私のこめかみに両手をあてると呆れたように声を出す。


「俺はお前しか目にはいらないって言ってんだよ。いい加減、気づけ。」


・・・・・え?なんって言ったの?何を気づけって?


言われたことの意味がわからなくて馬鹿みたいに目の前にある仁の顔をじっと見つめる。

そして、そのまま見ているうちに焦点があわなくなるほどに視界がぼやける。


そして気がついたときにはキスされていた。仁が、私に。


こめかみにあった両手はそのまま頬を包みこむ。仁の薄い唇が熱を持ったように私のそれと重なったかと思うと、軽い音をたてて

離れていった。


「わかったか、この馬鹿。」


私が馬鹿なのがわかったのか、仁のした行動の意味がわかったのか。

・・・・両方なのかもしれない。


「いいか、今日は俺がお前の見合い相手として一日付き合ったんだ。あとはお前が返事するだけだ。わかったな。」


ええ!?もしかして仁が見合い相手だったの?え、っていうか、そしたら返事って。


「結婚したところでお前の手料理を期待してるわけでもないから気にすんな。おばさんにでも習えば上達するだろ。」

「ちょ、ちょっと。結婚って。私、まだ将来のこととか考えてないんだけど。」


この際フリーターだとか、親と同居だとか置いといていきなりすぎる。


「考えるな。お前のことは俺が決めてやる。よかったな、就職先がみつかって。」


それって結婚という名の永久就職なのかと気づいたときには遅かった。

目の前にはにっこりと笑う天使のような悪魔な男が私を見つめている。


最悪な男。

でもきっと最高な人生になるかもしれない。


私はうっすらと思いながら目の前の綺麗な悪魔を見上げていた。








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