付き合っていた幼馴染の彼女が他に好きな人ができたと言ってきてフラれる、という茶番を幼馴染とやった後ダベってみる話
「ごめんなさい巧、私他に好きな人ができたの……あなたとはもう付き合えない」
窓から夕日の斜陽が差し込む放課後の教室。
そこで俺は付き合っていた彼女から突然そう三下り半を突きつけられる。
もちろん俺は納得できない。
「そんな満里奈、嘘だろ!? 嘘だって言ってくれ!」
「お願いよ、巧。もう私に付きまとわないで」
彼女は悲しそうに俺を拒絶するが、その目は冷めきっており、どころか嫌悪のような感情すらもうっすらと滲んでいる。
その反応を見て俺は確信する。
俺と彼女の絆は既に断ち切られてしまったのだ。
視界が真っ暗になったかのような錯覚を起こす。
惨めだった。
やるせなかった。
それでも俺は気力を振り絞って、最後に一つだけ疑問を吐き出す。
「……教えてくれ。君が好きになったっていう男は誰なんだ」
「池面モテルよ」
「そうか。アイツか……クラスの人気者のアイツなら……ちょっと待て! なんだ。その名前!」
そこで俺はたまらずツッコんでしまう。
「ぶっ! あはははは。ゴメーン。いい名前が思い浮かばなくてさ。だからって実際の知り合いの誰かの名前使うのはちょっと罪悪感あるし」
一方で満里奈の方も噴き出した後、限界だったらしく爆笑する。
ああ、もう台無しだ。
とりあえず、俺たちはシミュレーションを終了させることにする。
「……でどうだった?」
一通り爆笑して、目の前の幼馴染……水町満里奈は机に座り、ショートウェーブの黒髪をイジりながら聞いてきた。
「うーん。ビッチっぽさが足りなかったかなぁ」
「ちょっとちょっと。こんな茶番に付き合わせておいてヒドい言い草じゃんよ! つーかビッチっぽさって何よ」
「顔とスペックであっさりチョロりそうな尻軽な感じ。あ、でも普通のビッチじゃダメだぞ。こうデレる相手を間違えて自ら負けヒロインに身を落としてしまった哀愁をだな……」
「面倒くさい。つーか気持ち悪い」
「ぐふっ」
ゴミを見るような目で言葉のナイフを振り下ろす。酷い。
「つーかどうしてもって言うから付き合ってやったのに立場を理解してないよね。だからモテないんだよ。今のアンタの女子からの評判知ってる? 教えてあげようか。今すぐ窓から飛び降りたくなるよ?」
「ぎゃっ、ぐはっ、ごふっ」
容赦ない言葉のマシンガンが俺のハートを蜂の巣にしようとばかりに撃ち抜いていく。
やがて俺は力なく机に突っ伏す。
「うぅ……彼女欲しいよぉ。モテたいよぉ。モテまくりたいよぉ!」
それでも俺……唯月巧はめげない。
突っ伏しながらも高校に入ってから抱いている欲望を垂れ流す。
そんな俺の姿を幼馴染の少女は相変わらず冷ややかな目で見つめている。
「……いい加減、そんな目でみるのやめろや」
「真っ当な感性を持つ女子なら当然の反応だと思うけど?」
くっ、正論過ぎて言い返せない!
俺はモテない。故にさっきの寸劇……モテる男というやつを理解するためのシミュレーション実験を行っていたのだ。
モテるヒントを掴めるものがあればと思い、やってみたのだが結果は全然であった。
そこ、何を無駄なことをやってるんだと思ったな。……ぶっちゃけ俺もそう思う。
でも仕方ないのだ。俺みたいなモテないチキンはこういう心の準備をしていかないといざという時、自壊を起こしてしまう。
もっとも準備してもそんな機会は来ないと当の幼馴染に言われたが。
でも、コイツくらいだ。こんな茶番にギャアギャア言いながら、最後まで付き合ってくれているのは。そういう意味では俺はまだ恵まれているといえよう。
え?
もう、この子にしちゃえよって?
中学の頃に告白して玉砕してるんだよぉ!
「まぁやってる事はハーレムラノベやラブコメ漫画の猿真似だしね。それならメンズ雑誌読んだり、ナンパの仕方学んだ方がよっぽど建設的だと思うよ?」
「やかましい」
俺はそういうラノベで速攻かませ犬になりそうなチャラい男になりたいわけではない。陽キャにも陰キャにも波長を合わせられる真のリア充……本物のハーレム主人公になりたいのである。
そんな遠大な野望を胸に、今日も俺は友人から借りた資料という名の漫画・ラノベ・アニメ円盤を参考に俺はずっと涙ぐましい努力を続けているのだ。
「迷走してるけどね」
「だからうるさいよ! はぁ、どこかで不良に絡まれてる金髪美少女はいないものか」
「既にそんな偶然を求めてる時点で色々と末期だって気付けってば」
幼馴染がしきりに無情なことを言うが、まだだ。
まだ慌てるような時間じゃない。
取り返せるはずだ。何を取り返せるか、と聞いたら自分でもわからないが、とにかく何かだ!
「でもさ。不良ほどじゃないけど困り事を助けるぐらいなら幾つかしたよね。ほら、例えば隣のクラスの楠さんとか」
楠胡桃。眼鏡をかけたボブカットと、一見地味な容姿からその眼鏡の下は端正な顔立ちで隠れ巨乳ということで、隠れファンも多い美少女だ。
だが、それが原因で一部の女子たちからやっかまれて、彼女が頼まれたら断れない性格なのをいい事に修学旅行用のしおり作りを一人で押し付けられていた。そこを通りがかった俺が見かねて手伝ったという流れだ。
「いやぁ、フラグが立つにはあの程度じゃパンチは弱いだろ。そもそも手伝ったのも俺一人じゃないし」
「ふうん……まぁ、そうだねぇ」
俺も二人でやるの面倒だったからな。学校に残ってた友達を招集して総動員したのだ。おかげ様で最終的にめっちゃうるさ……賑やかな事になった。
まあ、早く終わったし、その時の事を機に楠さんも友達が増えて、仕事を押し付けられる事も無くなったらしい。ちなみに、その友達というのは俺も含まれており、彼女のお薦めする本はなかなか面白くて、今もちょくちょく彼女に会いに図書室に足を運ぶ。
ついでに言うと彼女の最近のお薦めは恋愛小説だ。ヒロインが地味な眼鏡っ娘だから共感しやすいのだろうか?
「――あの巨乳油断ならねえな――」
「なんか言った?」
「別に」
そっけなく満里奈はそっぽを向いた。
「あーもう、他にいい子はいねえかなぁ。もう時代が終わってるかもだけど、暴力ヒロインみたいな娘でも俺は一向にかまわん」
「こっち見ながら言うのやめてくんない? キモ過ぎるわ」
「冗談です。ごめんなさい」
握りこぶしを作る満里奈から距離をとる俺。
コイツに殴られるなんてゴメンだ。
満里奈は昔から腕っぷしが強く、女子空手部でエースをやっていやがる女傑だ。
小学生の頃、遠くから石を投げてきたイジメっ子を彼女は速攻で追いかけて捕獲。ソイツを泣くまで殴り続けた光景を俺を忘れない。
ちなみにそのイジメっ子は以後すっかり心が折れて、しばらくの間家に引きこもりがちになっていたが、ようやっと家から出てきた時は漫画やアニメにドハマリして立派なオタクと変貌していた。
俺はそれを機に彼と交流を始め、現在では俺の親友の一人だ。
毎回資料提供ありがとう、友よ。
「待てよ? いっそお前が暴力幼馴染になって俺を毎日痛ぶってくれれば、見かねた美少女が同情して俺に近付いてきて……いや冗談っすよ満里奈姐さん、だからとりあえずその持ち上げた机を振り下ろすのは勘弁してください。後生っす!」
まあ今のは本当に冗談だ。
流石に幼馴染の風評や尊厳を犠牲にしてまでモテたいとは思わない。
俺が目指すのはポップで明るいラブコメ世界線なのだ。……というか満里奈のガチ暴力とか俺の身が持たない。普通に死ぬ。
「わかったわよ。アンタが中学のあたしへ送った告白セリフを今ここで復唱するぐらいで許してあげる」
「ヤメテ」
「よろしい」
危ねえ。
この女、俺の心身の壊し方を共に心得てやがる。
二度と冗談は言うまい。
中学時代、厨二全盛だった俺は色々カッコイイと思って、当時ハマッていた漫画やラノベのセリフを多数引用した怪文書的なプロポーズ台詞を呼び出した満里奈に送ったのだ。ぶっちゃけ過去に戻れたら俺は中学の俺を殺してでも止める。
「ところで、あの時言ってた比翼の鳥ってどういう意味なの?」
「ヤメテって言ったじゃん! 日野会長にでも聞けよ!」
「えー、あの人かぁ」
日野奏里。
俺らの一つ上の先輩で、イギリスのクォーターゆえか長い金髪が目立つ美少女。
加えて、座学・体育共に、成績も優秀。わが校の生徒会長も務める才媛である。
文武両道、眉目秀麗、才色兼備、純情可憐、焼肉定食。
……だが、実はそんな彼女にも秘密があった。重度のオタク趣味の持ち主なのだ。
偶然、同人ショップで鉢合わせ(帽子に眼鏡とおざなりな変装をしていたのを見て、思わず会長と呟いてしまった)した時は凍り付いていたが、最終的にはファミレスで今クールのアニメの互いの私見とお薦めを語り合うくらいには、意気投合した。
そこから両親や教師からのプレッシャー、生徒会長としての業務の忙しさなど色んな愚痴を俺は黙って聞いていた。
語りに語って、どっぷり日が暮れた頃には、外に会長の両親が迎えに来ており、彼女は大目玉を喰らい、その場で外出禁止と言い渡されたのだ。
そこを隣に居合わせていた俺は親ならもう少し自分の娘のことを考えろよ、と思わず怒鳴ってしまった。
何様だろうね、俺。
「結局どうなったの?」
どうも何もない。
俺の言葉を契機に彼女も勇気を出して自分の親と本音を出して向き合った。
初めて反抗されて、最初は狼狽えていた両親も、次第に耳を傾けてくれるようになり、最後は和解したようだった。
後日、あの後どうなったか様子を見に生徒会へ行っていたら、出会い頭に晴れやかな笑顔で「ありがとう」と礼を言われたので、もう問題ないだろう。
まぁ両親に改めて紹介したい、としきりに家に誘われてはいるが、ようやく会えた同好の士もとい友人としてだろう。さすがの俺もそこまで自惚れてない。
彼女もう好きな人いるっぽいしね。
でも、「いつか想いを伝えたい」と意味深な目でこっちを見ながら語るのはやめてほしい。勘違いしちゃうでしょうがよ。
「――家に誘うとか、既成事実作る気マンマンじゃねぇか――」
「何か言った?」
「何でもないっ」
「痛いっ! スネ蹴るのやめてっ!」
やっぱ暴力ヒロインじゃねえか!
しっかし、縁以外に女性を引き付ける物とはそもそも何なのだろうか。
「やっぱ金かなぁ」
「おっと、急に俗物的なコト言い出したね」
「俺はね。見た目とか金とか、そういうのから始まる恋もあっても良いと思うのだよ。この前の後輩ちゃんの騒動でそれを痛感した」
「アンタ全部ないじゃん」
「うるせー」
ちなみに、後輩ちゃんこと金宮理子。
学年一つ下のツインテールが眩しい小動物系美少女。
だが、その実態は男を財布としか思っていない小悪魔である。
「アンタも散々貢がされたもんねぇ。六万ぐらいだっけ?」
「舐めんな! この前、ちゃんと三万返してもらったわ!」
「まだ半分返ってきてないじゃんよ」
こんな感じで学校の内外共に荒稼ぎしていた理子。
クラスでも男子に媚を売り、女子の友達はゼロ。敵を作りやすい典型である。しかも、本人には改善しようという意志も見受けられない。
それ故か。彼女の周囲はトラブルに事欠かず、クラスでも孤立していた。
そういうわけで、貯め込んできた負の負債はついに爆発した。
以前貢がされた男たちが、復讐しようと通学路で待ち伏せして帰宅時の彼女を襲ってきたのだ。
俺はその男たちから以前から「お前も騙されたのだから一緒にやろう」とお誘いをされてたので、ギリギリ駆けつけることができた。
まぁ普通に多勢に無勢でボコボコのボッコにされましたがね!
最終的に遅れてやってきて全員シバキ倒してくれた満里奈さん、マジパネェっす。
……でも乱闘で相手がわからなかったとはいえ、俺まで二・三発殴るのはちょっと見境なさすぎじゃないですかね?
そういうわけで平等にボコられてクールダウンした俺たちは理子からようやく事情を聞くことになる。
彼女の父が別の女と浮気して家を飛び出した事。
働き過ぎて体を壊した母の代わりに、弟妹のために必死に金を稼いでる事。
父が飛び出す際に、逃亡資金として明らかにヤバそうな金融から金を借りてて、見るからにアカン感じの取り立て業者に付きまとわれている事。
そういうわけで、俺は被害者の男たちを説得してなんとか和解。
皆で法律相談事務所に相談したり、違法な取り立てに来たチンピラ取り立てを数で囲ったり(年代バラバラの男勢にガン睨みされてさすがにドン引いてた)、なんやかんやで闇金業者を追っ払った。
理子は改めて皆に謝罪してお金はいずれ働いて返す、と言い、皆も貢がされた金の返済は君が返せるまで気長に待つと言って、彼女を許してくれた。
その際、俺の方で色々とツテでちゃんとしたバイトをいくつか紹介しておいたりした。……俺の金はくれてやるって言ったのになぁ。
あと最後の最後で、「先輩にだけお礼です」とか言って理子にこっそり頬にキスされたが、俺はもう騙されないからな!
今までの愛想のよい笑顔とは違う感じだったが、そういう笑顔も学んだのだろう。絶対に騙されないからな!
「――そろそろ、あの小娘とは決着つけなきゃね――」
「ねぇ、さっきからなんで殺気立ってるの?」
満里奈様の後ろが視認できるレベルでオーラ的なものが漏れ出ている。
コイツ、もうバトル漫画に出演した方がいいと思う。
やがてオーラをしまい込んだ我が幼馴染は深くため息をついた。
「――とりあえず私から言えることは鈍感主人公も今日び流行らないってことかなぁ」
「はぇ? ……痛っ!」
わけがわからないことを言う彼女に俺は小首を傾げると、デコピンされた。
酷い。
「そもそも彼女なんて一人でいいじゃん。欲をかくと痛い目見るよ。……それなら、ここにいるしとやかでお優しい幼馴染はどうよ?」
「断る」
おどけたように自分を売り込む幼馴染の少女を俺はバッサリ斬り捨てる。
しとやかとかお前。
優しいとかお前。
「そもそも中学で俺を振ったお前がそれ言うの?」
「じゃあアンタはあの電波ワードの羅列を告白と抜かすの?」
「グハッ」
バッサリ斬り返された。
言いながら、あの日のことを改めて思い出したのか、若干、不機嫌になる満里奈。
アカン。
今の彼女の脳内には断ち切れぬ絆の盟約とか、わが半身となる覚悟はあるか、とか言いながら、包帯巻いた右手を顔にかざした俺の姿が映っているのだろう。
これ以上、藪をつついて蛇という名の黒歴史を出すのはやめよう。
……しかし思い返すと、当時の俺酷いな。そりゃ「ごめんなさい」の代わりに鉄拳が飛んできたのも仕方ない。
「……そうか。これが覆盆というヤツか」
「違うと思うよ」
え、違うの?
こういう取り返しがきかない状態を覆盆っていうんじゃないの?
ん、しかし待てよ?
「……じゃあ今告白をし直したらOKくれんの?」
「いや、普通にNOだけど」
わずかに見えた光明を一瞬で奪っていったよ、この女!
「結局ダメじゃんかよぉ!」
一連の会話が無駄じゃねえか!
いや、最初の茶番の件含めて、この教室でのやり取り自体全部無駄だけど!
絶叫してると下校のチャイムが鳴る。
外を見やると、部活連中も帰宅し始めていた。……俺も疲れたし、もう帰るか。
「……せめてそのハーレム状態に決着つければ考えてやるっての」
「え? 何か言った?」
後ろから満里奈が何かを呟いた気がするが、よく聞こえなかった。
「だから、そういうとこだけハーレム主人公かよ」