一、山奥での生活
私は孤児だったらしい。
私を育ててくれた猟師の父によると、町に下りた時の帰り道に、赤ん坊の泣き声が聞こえて、山の中で捨てられていた私を見つけたらしい。もう少し発見が遅れていたら、声を聴きつけた野良犬や狼に食い殺されていただろう。
そんな男は親切にも私を孤児院に突き出さず、自分の手で私を育ててくれた。
彼は人里離れた山奥で一人暮らしをしていて、生活に必要な最低限の物資は年に二度くらい町に下りて狩りの成果と交換している。
小さい頃からこの山奥での生き方しか知らなかった私は、彼の生活が普通であると思っていた。彼がなぜこのように他の人と接触を断って生活しているのかを疑問に思ったこともなく、当然彼に聞くこともなかった。
恐らく私がこのような誤った常識を持ったのは、育った環境の影響も当然あるが、彼の意図的な仕込みも原因の一つなのだろう。なにせ彼は生前私に町での話を一切してくれなかったし、町に連れていくことも拒んていだ。
ただ、彼は山での生き方を丁寧に私に教えてくれた。刀の扱い方やトラップの作り方。動物の種類や残す痕跡の特徴。食べられるキノコや山菜の見分け方。これらの知恵は役に立った。しかし、彼は狩りをするたびよくわからないことも説いていた。動物を作業のように殺してはいけない、人を殺してはいけない、命は大事だとか。
そんな命の大切さを説いていた彼は、ある日狩りに出た後帰らなくなった。翌日彼を探しに行ったら、動物に無様に食い殺されてた彼らしき残骸が見つかった。
私を拾っていなかったら、彼は人知れず消えていったのだろう。いつ亡くなっても誰も悲しまないように、彼は人との接触を断ち、山奥に住んでいたのかもしれない。まるで手の込んだ自殺のように。
彼の死体を火葬していると、今までの彼の言動がわからなくなってきた。彼は矛盾だらけだ。命の大切さを説いていたが、命を狩りまだ命を狩られた。一人で静かに息を引くつもりだったのだろうが、私を拾って育てた。
山奥で得られる知識だけでは、彼の考えを理解することは到底できない。私を山に縛り付けようとしている彼がもういなくなった今、私は彼のことを知るために初めて山を下りることにした。
そして初めて彼が頑に私から命の恩人である彼の死骸を集めて火葬した時、私は初めて山を下り町に行くことを決意した。