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楽園の神

     ○


 広大な平原に様々な野菜、様々な穀物、様々な果物が、産地、気候、季節を無視して息づいているのを確認して、『東の森』と呼ばれる地域を後にする。森にも少し入ってみたけど、動物には出会えなかった。

誰が世話するわけでもなく、植物がぽこぽこ育つというのだから、土壌かなにかに摩訶不思議の仰天科学が潜んでいるのかもしれない。神髄は結局のところわからないが、事実を目で確認してしまったから、これも受け入れるしかない謎になった。


「お昼だし、真菜さんの食堂ってとこ行ってみようか」

「うん、その前に教会寄ろうよ。考えてみればあたし、昨日ちゃんとお礼言えてなかった」

 生き返らせてもらったのに、と言う深月もこの世界の論理ロジックに馴染みつつある。新しい環境に慣れるのは女の子の方が早い、とは施設に来る子を見て学んだ。


 教会はすでに賑わっている。

 迷宮探索に出かけていた自警団がちょうど帰ってきたところらしかった。

「まさかいるとはな」とか、「一途さまがいれば問題ない」とか、興奮気味に交わされる会話を縫うようにして祭壇に近づく。祭壇に対峙して膝を折る一途が見えたところで、矢夜也が俺たちに気づいた。

「ちょっと深月ちゃん! ホントにいたわよスライムみたいのん。どうなってるのよもう!」

「ええー、わたしに言われても」

「深月ちゃんの妄言であることをみんな願ってたのに!」

「ひどい!」

 笑いが起こる。


 ――昨日、「不確定名スライムみたいのん」の詳細を深月から聴取した矢夜也は「一途さまに報告しないと」と慌てて教会に帰っていった。 

 迷宮。地下76階の街。蘇る人間。

 ならば、モンスターが二、三匹いたところでもはや疑問もなかったのだが、今まで迷宮にモンスターは存在していなかったらしかった。

 俺には正解が良くわからない。


「矢夜さん。じゃあこの子が昨日モンスターに襲われたって子?」

「そう、深月ちゃん。昨日来たんだって」

 誰かの質問に矢夜也が答えると、深月は自警団の男たちに囲まれ、ちょっとした人気者になった。「若い子だ」「可愛いね」

「私だって若くて可愛いのに失礼ー」と、和やかに憤慨する矢夜也の傍らでは人が死んでいる。昨日の深月のように台座に寝かされていて、同じように一途が祈っているから、死んだのだと推し量る。

 深月弄りのあははわははの喧噪の中、台座の男はむくりと起きあがった。

「あーこれ、俺もしかして死んだっすか?」

「窒息死」矢夜也が答える。「覚えてる? スライムが顔に張りついたの。顔だから武器で殴るわけにもいかなくて。素手で剥がそうとしたんだけど、ぶよぶよしてるからどうにもできなくて……そうこうしてるうちに死んじゃった。ごめんね」

「あー思い出した。問題ねっす。雑魚だと思ってたらこれだもんなあ。アイツ、張りつきだけは要注意すね」

 和やか。


 再生の能力を与えられた少女――桜東波一途おとはいちず


『一途さまには人を生き返らせる力があるの。この楽園ジャンナの神なのよ』 

 昨日、矢夜也は深月の蘇りをそう説明した。

 反論はした。再生。神。納得なんかできるわけない。

『でも、能力は君たちにもあるのよ』

『? 俺たちも再生ができるってことですか?』

『そうじゃなくて。楽園に来た人はみんな変な能力を与えられるの。人によって違うから、何ができるようになっているかは、探してみないとわからない』

『変な能力?』

『地上での思いに何か関係しているみたいだけどね、実際はよくわからない。人を眠らせることができるようになった人や、水を操れるようになった人がいる。歌が上手くなっただけなんて人もいるから、あんまり期待しない方が良いかも』

『じゃあ、矢夜也さんも何かできるってことですか?』

『何かはできるんだと思うけどね。私の能力はいまだにわからないの。結構いるのよ、私みたいな人』

 別にわからなくても不自由しないしね、と矢夜也はけたけた笑った。


「――あら」と、再生の祈りを終えた一途が、輪の中の深月に気がついた。

「深月さん、元気そうで良かった」

「あ、昨日は深月を生き返らせていただいて、ありがとうございました」

 輪を抜け出せない深月に代わって頭を下げる。

「ちゃんとご挨拶もしてなくて、一途さまがここの神さまだなんて知らなかったものですから……」

 一途が微笑む。その笑みには一切を許すような包容力がある。

「神だなんて大袈裟なのですよ。わたくしはこの世界で、たまたま人を再生させる能力を与えられただけ。他にも尊いお力を持っている方がいらっしゃるのに、わたくしだけが祭り上げられて、たいへん心苦しく思っています」

 胸に手を当てて、透き通ったソプラノで、謙虚に整った言葉でそう言われてしまえば、皆がこの人を祭り上げた理由も納得できた。いや。「祭り上げた」という言い方は失礼で、おそらく皆が心からこの人に信頼を寄せた結果、今の形があるのだろう。


「――ところで矢夜也さん。モンスターの危害は深刻だったでしょうか?」

 一転、一途は声に憂いを滲ませた。

「いえ、油断さえしなければ問題ないレベルです。ただ、迷宮にむやみに立ち入らないように警告は出すべきかと」

「そうですね。午後からでも手配をいたしましょうか。今はお疲れでしょうから、矢夜也さんも皆さんも少しお休みになってください」

「お気遣いありがとうございます」

 一途は祭壇脇にある等身大の壁画に向かい合う。その絵をおもむろに押すと、一途が絵の中に消えていった。違う。絵が扉になっていたのだ。


 忍者屋敷のどんでん返しみたいだ、と思う。

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